第一章 幼年期
001唐突な目覚め
惑星ジュラには幾つかの大陸があり、その最大の大陸であるデイン大陸には人間達がしがみつくように国家を運営していた。
その辺境にジーマ王国の版図があった。その辺境のさらに辺境、国境近くにあるのがクラーク村であり、直也の転生した場所であった。
直也はアンディ・クラークと名を変え、村長の三男として暮らしていた。
現在三歳のアンディは見た目通りの子供で、転生したようには見えなかった。やんちゃでいたずら好き。外に出れば泥んこになって帰ってきて。バッタを見ては追いかける。そんな毎日を過ごしていた。
実際アンディの意識は三歳の子供のそれであり、地球で生きてきた鈴木直也の記憶も意識も混ざっていなかった。
そんな夏の日のことである。
アンディはその日も外を駆け回り、村長宅の裏庭に入り込む。そこにはたくさんの洗濯物を干してあった。洗濯物は庭木と庭木の間にロープを渡していて、そこに簡易な洗濯物ばさみで止められている。
アンディはその洗濯物の一つに大物のカブトムシが止まっているのを発見すると、一目散に庭木にしがみつき、三歳とは思えない腕力で登り、ロープに取付いたところで……。
落ちた。
普通であれば、庭は踏み固めた土なので、大泣きしておしまいなのだ。しかし運の悪いことにそこには石があった。後頭部を石で打ち付けたアンディは一度大きくはねると動きを止める。
数分後、メイドの一人がアンディの異常に気づき、村長の屋敷は大騒ぎになった。
神殿からは村でただ一人の神官が汗をふきふきやってきて、村長夫人であるターラは得意の薬草の準備をする。村長のレナードは不安でうろうろしてはメイドやターラに怒鳴り散らされて書斎に引っ込む。上の兄二人と妹は屋敷の雰囲気を怖がって大泣きし……。
それはもうすごいことになっていた。
そして、神官デイブが治癒の呪文を掛けてもターラが薬草を使い看護をしても、アンディは目を覚まさない。
「正直、頭をこれだけ打って生きているのが奇跡的だ、というのはレナードもターラも分かりますね?」
と、暗い雰囲気になった部屋の中で、デイブが言葉を発した。デイブ、レナード、ターラも同じパーティで冒険をしてきた仲間だ。たくさんの死体も見て来た。
頭からの血が危ないというのはよく分かる。それにアンディの頭蓋骨にはヒビが入っていた。
「だが、この子はまだ生きている」
レナードは苦渋に満ちた声でつぶやく。同意するようにターラもうなづく。
「わかりました。しかし、覚悟はしておいてください。……それと、後は私が見ましょう。レナードもターラもひどい顔ですよ。ちょっと休んできてくださいよ」
デイブは汗をぬぐいながら部屋から二人を追い出した。
メイド達も昼間から止まっていた仕事を再開するために部屋を出て。
部屋にはアンディと神官のデイブだけになった。デイブは井戸水の入った洗面器に治癒を促進させるポーションを入れる。それに布をひたすと、軽く絞ってアンディの額にかける。
部屋に気持ちの良い匂いが拡がった。
夕食の時間、普段賑やかな食卓も、この日はお通夜のように静かだった。おかずを取り合って喧嘩する上の兄二人も、ご飯を食べたがらずにぐずる妹も静かに食事をとっている。
父親であるレナードも、母親であるターラも黙って食事を取っていた。
時間が経ち、就寝の時間になってもアンディは目を覚まさない。
重い沈黙が屋敷を覆っていた。
翌朝。
まだ、メイド達も起きてこない早朝。真夏のため日はそろそろ登ろうとしている頃。
アンディがベッドで目を覚ました。
自分の手を目の前に持ってきて指が動くか確認し、頭の傷が塞がっていることを確認する。毛が抜けてハゲてることが分かるとちょっとだけむっとした顔になった。
足に力が入るか確認した後、部屋の中を確認する。
ベッドサイドには母親のターラが椅子に座ったまま居眠りをしていた。
それをみたアンディは「ママ……」と声を漏らす。
その声に反応したターラは目を覚まし、アンディの目が開いているのを見ると「アンディ!」と叫び、そっと抱き寄せた。
そこから先は大騒ぎになった。
およそ助かるまいと思っていた子供が目を覚ましたのである。それも調べる限り後遺症らしい後遺症もない。調べ尽くしたデイブは「正に奇跡!」とつぶやいた。
村人も、昨日からアンディが大変な事になっているというのは知っていた。人口百人余りの小さな村のことである。口に戸を立てることなど出来やしない。およそ無理だろうということも聞いていた。
それが奇跡の回復である。村を挙げての大騒ぎとなった。収穫祭のために取っておいた酒瓶を開ける者、肉をふるまう者、まるで収穫祭が早めにやってきたかのようだった。
主役であるアンディは、まだ様子を見ると言うことで屋敷の中でメイドが看護していた。メイドは、いつもならすぐに逃げ出そうとするアンディが大人しくしているのが不思議だった。だが、まだどこか痛いのかも知れないと、思いなおした。
さらに翌日。
特に問題が無いと判断されたアンディは、ベッドから出ることになった。
いつもなら解き放たれた猟犬のように屋外に出るアンディが外に出ず、屋敷の中を探検する様子を見せた。両親もメイド達も不思議に思ったが、原因は分からず。
一方アンディも困惑していた。
何故なら昨日目が覚めたときから、自分が転生者である事を自覚したからだった。しかし、自分は飽くまでもアンディ・クラークであり鈴木直也という「前世」の人格も感じることは出来るし、大きな影響も与えた。今こんなややこしいことを考えられるのも「前世」の影響。
今、急に魔術に対する興味がわいてきているのも「前世」の影響で間違いない。なにせ、ついこないだまで神官の術も魔術師の術も区別が付いてなかったのだから。しかし、アンディの両親、レナードとターラはそれぞれ戦士とレンジャーで、魔術師ではない。
魔術師は村に一人いるのだが、アンディは話したこともない。しかし、魔術は習ってみたいし、「前世」の経験が活かせるかどうかも試したい。それでどうしたものだろうかと悩んでいたのであった。
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