転生壱号~神様の手厚いアフターサービスで人生楽勝?!~

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プロローグ

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 その夜は満月だった。

 東京郊外の一角を一人のスーツ姿の中年男が歩いていた。げっそり不健康に痩せた三十台。普段は温厚そうに見える顔には、きついしわが刻まれていた。

 月夜のお陰で、街灯の少ない通りでも男は不自由なく歩くことが出来た。しかし、その男の足取りは重く、片手で引きずるスーツケースはいかにも重そうだった。

 そこに背後から近づく女性の姿。

 普通、夜道で女性が男性に近づいていくことはない。しかし、女性は男性の背中から近づくと、不意に声をかけた。


「すいません。鈴木直也さんですね」

「……は?」


 中年男は声に振り向いてあっけにとられた。古代ギリシャ風のトーガを着た金髪の美女が、背後からいきなり話しかけてくればそうなるだろう。


「あ、はい。そうですが、あなたは?」

「私は異世界の女神をしているアリアドネと申します」

「はぁ、女神……?」


 中年男こと鈴木直也の女性を見る目が一気にうさんくさい物になった。

 それはそうだ。コスプレまがいの格好をした女性に、いきなり私は女神ですなんて言われたら頭の中身を疑わざるを得ない。


「その女神様が何のごようで?」


 思い切り胡散臭い者を見る目を自称女神に投げかける中年男。


「あなたに異世界転生のモニターをしていただきたいのです。あの、その。私はコスプレイヤーでも、おかしい人でもありません。その証拠に、あなたのことをたくさん知ってますし、魔法を少し使えます!」

「私のことですか? 何をどこまでです?」

「た、例えば鈴木さんは三日前に会社を首になり、同棲していた彼女から家を追い出され、ここ二日はネットカフェで過ごしてる、とか」


 鈴木直也、直也は顔を青くした。そしてその次の言葉でさらに驚愕する。


「それで、その。鈴木さんは、金の美神という魔術結社に属していますね。そして今、なぜそれをと。さらに他の団員の嫌がらせか? と思って居て。あ、私の口をふさごうとしてますね」


 言うなりアリアドネは一歩下がる。

 直也には何も言うことが無い。なぜならそれはあたっているから。占いとかそんな次元ではない。まさに読心術。会社を首になったのも、いつの間にかマンションの所有権が彼女に移っていて追い出されたのも、零細魔術結社に属しているのも、そして彼女の口を発作的にふさごうとしたのも。


「それと……、今から自殺しようとしていることも」


 直也はぎくりと身を震わせる。


「……そこまで分かってるならあながち本物かも知れませんね。で、魔法というのは?」

「えと、その。そうですね。あなたは左手の甲に大きな傷跡がありますから、それを治します」

「え? しかしこの傷は十数年前のもの……」

「はい、それくらいの傷を治せないと信じられないでしょう?」

「わかりましたよ」


 直也は左手を差し出した。そこには中学校の時、変質者に切りつけられてついた、大きな傷が残っていた。そこにアリアドネが手を重ね何事かつぶやくと、あわい光が拡がった。数瞬後に光が消え、彼女が手をどけると、そこには何の傷もない左手があった。


「わかりました、ここまでされたら降参です。つまり、あなたはどこかの女神様で私を転生のスカウトにきた、と。まるで小説の出来事のようですが、信じますよ」


 直也は魔術書を読むのも好きだが、転生物と呼ばれるライトノベルを読むのも大好きであった。

 とはいえ、これを冷静に受け止められるのは、自殺を目の前にして妙に落ち着いていたのも有ったのかも知れない。


「ではどうします?」


 直也が尋ねると、


「こ、こうします」


 アリアドネが直也の目の前でパチンと指を鳴らす。

 直也は力なく地面に崩れ落ち、アリアドネはいつの間にか姿を消していた。

 行き倒れとして直也の死亡が確認されるのは3時間ほど後になる。


 直也は唐突に意識を取り戻した。アリアドネが目の前で指を鳴らしたのは覚えている。しかしそれからどれくらいの時間が経ったのか全く分からない。

 周囲を見ると品の良い、しかし、どこの様式かよく分からない部屋だった。全体的に白とベージュで統一されていて、ソファの一つに直也は座っている。自分の姿を確認すると、さっきまでと同じスーツ姿。

 もう一度周囲を確認しようとすると、目の前のソファにアリアドネが座っていた。さっきは確実に居なかったはずなのに。


「それで、その。どうして私が選ばれたのでしょうか?」


 直也は尋ねる。確かに自殺しようと決意するくらいには追い詰められていたが、こんな状況では逆に冷静にもなろうというものだ。


「はい。そうですね。一つには居なくなっても不思議ではないこと。次に行き先に適応しそうなこと。最後に、魔術との親和性が高いこと」

「魔術、ですか。確かに私は魔術結社に属していて多少の心得もありますが……」

「大丈夫です。あなたの苦労は異世界で報われるでしょう」

「つまり、実際に物理的な力を持つ魔法を使える、と?」

「そうですね」


 アリアドネと直也はにっこりした。互いの心の内は違うかも知れないが。


「さらに質問ですが、なぜ異世界転生をするのです?」

「ええと、それは端的に言えば、あなた方の世界に居る創造主が死に瀕しているからです。

 私たちの世界は、あなた方の世界から派生した子供のようなもの。そして、その子宇宙や孫宇宙はすごく多いのです。それらの全ての宇宙は親であるあなた方の宇宙とへその緒で繋がっていて、様々な形でエネルギーをやり取りしていました。

 しかし、親宇宙の心臓にあたる創造神が死に瀕したために、我々の宇宙へのエネルギーの循環が滞るようになってきました。あなたには、私たちの世界をかき混ぜ循環の助けになって欲しいのです」

「なるほど。しかし、心臓である創造神が死んでしまってはどうしようもないのでは?」

「大丈夫です。近々地球には様々な神が降臨して、創造神を蘇生しますから」


 微妙に不穏なことを言うアリアドネ。直也はスルー。


「では、私は何をすれば?」

「えと。まずは生き残ってください。できれば老衰で死ねるくらいに。次に、できるだけ目立ってください。この二つを頑張って下さいね」

「生き残って、ですか。つまりはあまり安全な世界じゃないのですね」

「そうですね。いわゆる剣と魔法の世界といえば話が早いかと思います」

「目立つ事でどうなるのですか?」

「詳細については省きますけど、私たちの世界に活性化の波が起きやすくなります」

「たった一人の行動で?」

「……そうですね」


 アリアドネはちょっとためらうそぶりを見せた後、続ける。


「それでその。直也さん。あなたは私たちの世界での転生者第一号なのです。なので、できるだけ手厚くフォローしたいと思っています。ご希望されるものはありますか? あ、ええと、私は地球に長く居たので、大体のことは理解出来ると思いますよ。お好きなものを仰ってください」


 直也は目の前の女神を見直す。部屋の様子にマッチしたトーガに金髪。ちょっと困ったような太めの眉をしている。目は優しげでちょっと気が弱そうだ。

 ちょっと押したら色々な事を教えてくれそうな気もする……。


「あ、その前に。転生したら今の人格はどうなりますか? 今の私の人格がそのまま連続するのでしょうか?」

「ええと、その……。転生先の肉体や環境に影響されていくらかは変質すると思います。完全に今の人格のままだと生きていくのに難しい側面があったりしますので……」

「その、あなた方の世界というのはどんな場所で?」

「いわゆる剣と魔法の世界です。ただ、レベルとかスキルとかステータスのような分かりやすい指標はありません。しかし、いわゆるモンスターは居ますし、冒険者ギルドもありますよ」

「……それで、その希望というのは何個くらいかなえてもらえるので?」

「いくつでも、と言いたいのですが。その。5つくらいまでにしていただけますと助かります」


 なんたること。


「では、まず魔法の才能的なものと武器に関する才能」


 直也はためらうことなく続ける。


「それと肉体と精神面の無限のスタミナ。それとインベントリー的な物を。後は普通でいいです」

「そ、そうですね。ええと。剣と魔法の才能については問題ありません。スタミナは無限は難しいです。

 この世界にはインベントリーとか収納に該当する物は有りません。ですので、代わりにあなただけが入れる隠し部屋を差し上げます」

「隠し部屋、ですか?」

「あ、その。違うんです。何と言ったら良いのか。キーワードを唱えると、どこでも部屋の入口のドアが出てくるんです」


 そこから二人(?)の話し合いは続き、結局条件について折り合いがついたのは三十分後であった。


「では、この条件でいきましょう」

「満足いただけたようでよかったです。ではそろそろ魂を送りますね」

「はい、ではよろしくお願いします。ではまた」

「はい、ではまた」


 直也の体が光を発し、光が消えるとともに姿も消え、アリアドネの姿が消え、部屋の明りも消え、暗闇だけが残った。

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