17話:社会人として最低限度の能力
「ふむ、貴様が『超えし者』かのぅ」
「はぁ」
間に合わなかった森脱出から30分後。
俺は一人の老人の前に立っていた。
場所はギルドの一室。
ギルド、というのはプレイヤーを始めとした冒険者を取りまとめる施設であり、冒険者がこなす依頼や様々な相談を受け付けている。
その中にある、個人同士で話をするための少し狭い一室。
そこで俺は待たされ、入ってきた老人から話しかけられて今に至る。
ここまでの経緯を大袈裟に時を遡る必要はない。
困ったときのギルドに相談。
↓
なんかMPマイナスになってるんですけど、HPも死にそうなんですけど
↓
お待ち下さい
↓
老人登場
いやそれだけ、ほんとそれだけ。
「……確かにそのようだのぅ」
「はぁ」
社会人の経験から来るはいともいいえとも取れない返事。
これなら後であの時ーとはならないので便利である。
……はっきりしろと怒られることはあるが。
「あの、この現象ってどうやったら治るんでしょうか」
「あぁ、超えるのは始めてかの?」
「ま、まぁ」
超える、というのはMPがマイナスになることなのだろうか。
おそらくはそれを指していると見て間違いないだろう。
「……お主、なぜそこまで……」
「そこまでっていうのは……」
「良い、言わなくても良いぞ。
そこまでなると、となればよほどの修練を積んだのかのぅ」
いやホント言わせたほうが良いですよ?
見た目からして魔道士っぽい老人ですけど、恐らく俺のことを魔道士的な何かだと思っているのだろうか。
まぁ、初期の装備なのでどう見られても大丈夫であろう。
というか今日までの稼ぎを利用して装備を新調しようと思っていたんだけど。
「それならば、お主には『超える』ということを説明しようかの」
「あ、はい」
説明するにしても、話を聞いてからでもおかしくはない。
というか確実イベントだろうから、話は聞いておきたい。
魔道士系はあまり調べなかったので、これが既出のイベントなのかどうかは分からないが、魔道士系に興味がないわけでもない。
「超える、というのは数字で言えば、今の貴様のようにMPがマイナスになることを示す。
これは本来であればありえない現象じゃの。
所持する魔力以上の量を使っているということは」
「確かに、俺もこんなことができるとは思っていなかったですよ」
「そうじゃの。
本来であれば、魔術の使用には魔力を使い、魔力が足りない場合には発動するに足り得ない」
自分の知っていること以上は話さない。
それっぽいことを話して場を繋ぐ。
他社の人と話すときはこれが非常に重宝する。
「しかし、時として人は己の存在を使用してそれ以上の魔力を生み出すことができる。
それが超える、ということじゃよ」
「……だから、HPが減っている、ということですか」
「数値としてはそこに異常が出るのぅ。
そして体を動かすのに非常に弊害が出るのぅ」
「あぁ」
『脱力』だ。
徹夜明けの体というのは存外動かしづらいが、これはこれで動かし方にコツが居るのだ。
体を糸で操っているという感覚でやれば良いのだ。
「お主は今その状況じゃが、なんでそんな無事そうなんじゃ?」
「死ぬよかマシです」
「ほう」
あ、やめてその期待できる新人を見る上司の目。
前に横山部長にもその目されて無茶売りされたの思い出す。
「まずはその状態の直し方じゃが、これを飲むがよい」
「っとと」
老人は懐に持っていた小瓶を投げ込む。
俺はそれを危うく受け止め、まじまじと見る。
緑色の液体が入った小瓶。
なんか健康に良さそうだ。
「それは魔力回復剤。
それを呑むことにより魔力は増大し、マイナスを打ち消すことができる」
「魔力回復剤……」
「魔力がマイナスのときは、己の魔力が増えるたびに存在へと補填をするために働く。
そのため、マイナス分のMPを回復するまではMPはゼロのままじゃの」
「だからこの薬を……」
「それと、魔力回復剤を持っていないときの対処法は、自然回復するしほかない。
本来ならその脱力の状態で戦闘などは避けたほうが良いから、しっかりと休むのが良いぞ」
まって、ということはこれから俺はあの強制発動する先見スキルのためにMPをマイナスにしなきゃならないのか?
HPが1で止まるのは確認できたから死なないのは理解できたのだが、常時オワタ形式というのは少し笑えない。
パリィできるけど100パーできるわけじゃないのよ、俺。
「あ、えっと、ありがとうございます」
「それを使用したら、少し休むが良い。
少し教えたいものがある。
知りたかったらもう一度ギルドの役員へと話をしなさい」
「あ、はい」
「私の名はトーガ。
しがない魔術師じゃ」
そう言うと老人は部屋から出ていった。
一方的にしゃべる人だったなぁ。
小瓶を開け、中身を飲み干す。
だけど、
「調べ物して、用意してから行くか」
こんなイベントに胸が踊っているのも事実だ。
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