9話 魔女の琥珀

 翌日。

 なぜだろうか、俺は心にぽっかり穴が開いたようで仕方がない。

 こんな空虚な感覚は、初めてだった。

 涙も、感情も溢れない、不気味に空虚な感覚。

 沢山、涙を流し続けたからだろうか?

 強引に、マリのスキンシップを受け続けたからなのか?

 そのどちらもだろう。

 俺は、何かを失くしてしまったんだ。

 ……そう失くしてしまったんだ。

 人望も、何もかも……。

 故に空虚。

 そんな状態のまま、俺は登校する。


 感情すら沸かない。

 驚きすら沸かない俺の様子は、他人視点なら、さぞ不気味に映ることだろう。

 空虚な瞳で、どこにも視点が合わないこんな状態、きっとそう思われている。

 この前からの噂から、誰もかもが避けるが、今はそれ以上に避けられている。

 道行けば、皆驚き、道を譲ってくれる。

 譲ってくれる……とは語弊があるな。避けられている。

 「?!うわっ?!お化け?!」

 途中俺を、寝起きの状態で見た人は、幽霊のようになった俺を見て。

 吹き出し、慌てて校舎へと入っていった。

 ああ空しい。

 ああ空しい!

 誰か、この胸の内を埋めてくれる人はいないのか?


 あ、そうだ、誰かに相談すればいいんだ♪

 悲しいかな、心の声は明るくて。

 そう俺に提案してくる。

 ……と楽観的になってみた。

 では、誰が適任か?こっそりと指折り数えてみる。


 ひすい……は無理。連絡すらしてくれない。連絡しても、返してくれない。

 ははは。俺嫌われているね。

 月城歩……の場合は連絡が取れないな。あれ以来、一切姿を見かけないし。

 白河杏……はだめだ。やめておこう。今は、そっとしといてやろう(涙)。

 相談に乗ってくれと言っても、今の彼女では無理だ。

 というか、待て。今俺が挙げた人たちは、フラれた人間たちじゃないか!

 のうのうと、ちょっと相談に乗ってよ♪

 ……何て言って、はいはいとしてくれるわけがない!!

 と、思考したなら、今度は無気力症が増幅し、憂鬱になった。

 机に辿り着くも、そのまま俺は伏せてしまう。

 いいや、それでも、俺はどこかで救いを求めていたのかもしれない。

 再度思考を開始していた。

 ああ、後残っているのはろくなのがいないよ!

 メスゴリラのクリスと、謎の猫耳娘の、マリ。

 マリについては、どうも相談を聞いて理解してくれる人に思えない。

 絶対、曲解し俺に突撃してくるに違いない。

 まあ、ぞっこんなのはいいことなのだけれども。

 クリス……論外。

 以下略。考えたくなくなったよ。彼女だけは勘弁してくれ。

 ただ、人のことをよく理解してくれて。

 相談にもいくらか乗っているのを見かけたことがある辺り。

 相談には絶対向いている相手だ。

 ただし!!!!!俺以外(涙)。

 しかし、もう手はない。この際、何かとこの胸の空しさを聞いてくれる人なら。

 誰でもいい!例え、最終兵器と呼ばれている人間だろうが、メスゴリラだろうが!

 「!!!!!!」

 いいや待て!!早まるな!!千夜文彦!!!!

 お前は今、最悪の選択をしようとしている!!

 それはダメだ!それは、即死の選択肢だ!!

 考えてみろ!

 ……思考すると。

 相談したら早々、ボコボコにやられて、空中に放られる様子が目に浮かんだ。

 おぉ……。

 おぉぉぉ……。

 まだ正気だ。

 よかったよ。

 おまけに、そのおかげか。

 まだ一人、相談できそうな人がいたじゃないかっ!

 琥珀さんだよっ! 

 ……魔女だの何だの言われ放題だが。

 そうであっても、昔からひいきしていたのだ、相談の一つ、聞いてくれるかも?

 

 そうと決まれば、俺は放課後、すぐにいつものお店まで行くさ。

 相変わらず、寄り難い雰囲気の店、誰も客はいず。

 ま、おかげで俺は、気兼ねなく入れるんだけど……。

 そんな怪しすぎの店、入り口くぐれども。

 〝いらっしゃい〟とか、〝ようこそ〟とか。

 挨拶なんてのは、……ない。

 そんな人だし。

 「!」

 そんな中、俺の登場を待っていましたと、ローブ姿の〝主〟が現れた。

 「……。」 

 果たして、ためになること言うか?

 あんまり期待できないでいるが、何せ、フリップだけで話するのだから。

 滑らかな会話は……なぁ。

 しかし、俺は選択肢がない。

 この場合、致し方ないや。

 「その……。」

 俺は、重苦しい感じながら、今までの経緯を説明した。

 結局は猫神(一部マリ)のせいで、滅茶苦茶だと。

 このままじゃ、俺は猫にされちまう!

 ……妙な呪い、どうにか解けるか?

 救いはあるか、最後はそう聞いた。 

 「……はぁ、ま、何も言ってくれないし、無理か。」

 が、俺としてはらしくなく、諦めムード。

 がっくりと肩を落とす。 

 無口な人であるがため、言うだけ無駄だったかもと、言った後後悔。

 顔を上げても、ああやっぱり、聞いているかどうか分からない様子。

 「無理か。」 

 俺は、話をした後、立ち上がって。

 用も終わったと、帰ろうとした。

 「待ちなさいな。」

 「?!」

 と、その瞬間に、誰かが声を掛けた。

 いや、琥珀さんだ。

 今まで聞いたことのない、……何だか可愛らしい声で。

 というか、琥珀さん、喋れたの?!

 今この時に、訳の分からないことが起こって、俺は目を丸くし、混乱。

 「……まあ、馴染みだしね、よくよくあなたを見てあげるわ。」

 「!!」 

 やがては、ぶつぶつ言いつつも、その、顔さえ分からないローブを拭っていく。

 ローブから頭を出すなら。

 だが、俺は息を呑んだ。

 綺麗と思えるほど、輝きを感じる銀色の髪に。

 ……ぴょこんと可愛らしく弾む、猫耳。

 猫耳……。

 猫耳……?!

 「ぎぇぇぇぇ?!猫耳?!あひゃぁぁぁ!!!!!」

 「?!ちょ、ちょっと!!」

 さてはて、猫耳と感知した瞬間に、突然俺は発狂して。 

 飛び上がるなら、見た光景を忘れたく頭を振り回し、床に伏せ、転げて。

 ……我ながら、よく分からないが。

 トラウマなのかも、思ってしまう。

 見ていた琥珀さん?は、ぎょっとしてしまった。

 「……トラウマね、それもかなりの……。聞いた限り以上だわ。さてさて、どうにかできるかしらね……。」

 「あぁああああああああ!!!!」 

 それでも、しばらく、俺の発狂は続く。

 琥珀さんは、しばらく待つことにしたみたい。

 

 「ぬぐぅぅぅぅ……ナニコレ?」

 「……。」

 そのためにか、琥珀さんは、妙な匂いのするのを、蝋燭を立てて熱して。

 香りを充満させてくれていた。

 だが、妙すぎて、正直どうなのか。

 ただまあ、落ち着いてはきたために、そんな効能のお香なのかも。

 あ、あるいはアロマ?

 ……かもしれない。

 「……落ち着いたかしら?」

 「!……あ、はい。」

 俺が落ち着いてきたのを見たなら、琥珀さんは声を掛けてくれた。

 返事に、俺は頷いて。

 「……それじゃ、あなたの願い、叶えてあげましょうか?ええ、気にしないで。いつも私を贔屓してくれているし、ね。」

 「!」

 「要するに、というか、原因であるその猫神を排除すればいいのでしょ?だって、そうすれば、丸く収まるのですし。」

 「あ、……はい。」

 そうなら、話を進めてきて。

 かいつまんで、な感じだが。

 ……言われて、さもありなんと納得してしまう。

 確かに、あの猫神を排除すれば、丸く収まるね。

 ……マジで?

 思うと、本気かとつい思ってしまう。

 「……もしかして、本気?」

 「……というか、あなたこそ、本気になりなさいな。あなたこそ、どうにかしたいと、と本気で思っているのでしょ?」

 「あ、はい。」

 確認に、俺は本気かどうか、つい聞いてしまう。 

 繰り返すついで、それをしないと自分がどうなってしまうか分かっている以上。

 頷かざるを得ない。

 「じゃ、早速しましょう。」 

 「!」

 そうと決まればと、琥珀さんは徐に羽織っているローブを脱いだ。 

 俺は見て、まさかここで、裸でも?!などとつい思ってしまうが。 

 「?!なん……だと?!」

 驚くべきことに。

 どういうわけか琥珀さんは。

 そのローブの下に、うちの高校の制服を着ていたのだ。

 ……突っ込みたいが、野暮だな。 

 もう、猫耳の時点で……。

 「……って、ちょっと待て。」 

 「あら?」

 それよりもと、俺は待ったを掛けたくなる。

 手で、制して。

 琥珀さんは、意外そうな顔をしていて。 

 俺は、怪訝そうにその顔を見つめた。

 ……一体、早速と言いつつ、なぜにそのような姿に。

 「……その、琥珀さん?」

 「何かしら?」

 「何を企ててらっしゃいますか?ちょっと、分かんないですが。」 

 一体、何を企てているのか。

 俺は、聞いた。

 ツッコみたいこと、数々あるけども。

 何を、企んでいる?

 「決まっているじゃない。デートよ。」

 「は?」

 ……答えは、〝デート〟だと。

 言われて、一瞬俺は、ポカンとしてしまう。

 「……あの、琥珀さん?何でですか?」

 ここにおいて、俺は残念ながらつい聞いてしまう。

 この際、ひゃっほーいっ!……と元気よく言えないのは、これまでのことが。

 俺の心に伸し掛かってか。 

 「あら?分からない?」

 「……ええ、はい。」 

 それは、気付いているから前提か、琥珀さんは質問で返してきた。

 俺は、だが、よく分からないでいる。 

 「要するに、デートすれば、その猫神が出現するんでしょ?で、私がその後、その猫神を倒せばいいんでしょ?どうかしら?」

 「!……あそっか。」 

 俺がそんな様子だから、察するなら琥珀さんは回答を言ってくれる。  

 このデートをすることで、相手である猫神を誘って。

 その後、とっちめるという。まあ、罠にはめるようだと。

 分かると俺は、大きく頷いた。

 「その様子なら、理解できたみたいね。じゃあ、早速行きましょうか。」

 「!あ、はい。」 

 そうして、俺が理解したならと琥珀さんは、腕を差し出してきて。 

 俺に、エスコートしてくれとしているよう。

 気付くなら俺はその手を取って。

 琥珀さんはそっと、笑みを浮かべてきて。

 優雅に歩み寄るなら、……そうだな。 

 まるでダンスでも始めそうな、そんな前置きを感じて。 

 年の功……とは表立って言えないけど。 

 見た目によらず、知っているだけはあるかもしれないね。

 俺は琥珀さんの手を引き、それこそエスコートするみたいに店を出た。

 あ、その際琥珀さんは、指を弾いていたけど。 

 「!」

 面白いことに、呼応してか。 

 店が閉店をするように、サンシェードが勝手に閉まり。

 扉だって、〝close〟となってしまう。 

 ……猫神……とその様子からつい思ってしまうが。 

 いや、この人は、以前に、魔女と呼ばれているだけはあるねと。

 内心思う。

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