7話 コンサート、その熱は高く
それでも俺は、何度も立ち上がり、気絶しまいと振舞い続けた。
学校の中は、戦場と化す。
最早、授業どころではない。
俺は、身の安全を確保するために、こっそりと物陰に隠れながら息を潜めていた。
教室に戻れば、たちどころにやられる。
奴らの気配を察知せよ。
奴らの追撃を掻い潜れ!
と、3階の空き教室の中で思っていた。
ケータイを広げ、現在位置を確認……。
するような機能なんて、付いていなかった……。
このままでは、奴らの位置も知ることはできず。
俺は袋のネズミ状態になってしまう。
仕方がないと、ケータイで誰かを呼んでみた。
「大佐!聞こえるか?!今、俺の位置が分からない!」
しーん。
ありゃ?返事がない。というか、ぷつりと切られた音がする。
見れば、番号はひすいのケータイの番号だった。返事しないのも、当たり前か。
ていうか、何で俺は咄嗟に……(涙)。
くぅ、誰か、情報をくれる人間はいないものか?!
メスゴリラを真っ先に浮かべたが、うん、無理。情報ばらされそう。
そして俺は、見事に捕まって、フルボッコされましたとさ。
……GAME OVER……。
CONTINUE?←→EXIT?
とか、なりかねない。ああ嫌だ!そんな結末嫌だ!!
「!」
ふと、強くケータイのバイブレーションがした。
知らない番号からの連絡だ、怪しむ以前に、方法がない今、出てみる。
「……こちら、蛇一号!大佐か?!」
「にゃ!文彦君!」
「……。」
聞こえたのは、あの猫耳娘、マリの声だった。
俺は硬直する。
待て、どうしてあの猫が俺のケータイを知っている?!
というか、俺がどういう状態か分かっているのか?!
「まず色々と突っ込みたい。どうして俺のケータイ知ってんだ!!」
「にゃ?勘にゃ!乙女の、ラブラブ状態の勘で当てたのにゃ!」
「……。」
ナンデスカ、ソレ?
何と精度のいい勘なのでしょう、俺は感心しましたよ。って、もうそれはいい。
勘で当てたろうが何だろうが、もういい。
今はこの状態をどうにかすることが先決だ。
これを、助け舟と思って、話をしてみよう。
「まあ、いい。それよりも、俺を助けてくれ。お前の勘が頼りだ。どこか、安全に、それも放課後自由に抜け出せる場所はないか?!」
少し急かすように、エルに要求した。
「にゃ!分かったにゃ!それじゃ、家庭科室なんてどうかにゃ?」
焦っている様子はなく、マリはいつもどおりの様子で答えた。
少し、間を空けて、考えてみる。
家庭科室は、1階にあり、また非常口があるので。
そのまま隙をついて外へと抜けることができる。
さらには、今日どのクラスも、家庭科室を使っていないときた。
これは利用しない手はない。
「分かった。いいアイデアだ!ありがとう!」
「どーいたしましてにゃ!」
それがいかに素晴らしいアイデアか。
俺は助けてくれたエルに、感謝をして空き教室を抜け出した。
廊下には、何人かの生徒がうろうろしている。皆親衛隊だ。
物陰からこっそりと見れば、その人数は少なく。
互いの隙をカバーするには不十分なようだ。
意を決して、俺はその隙を突きつつ、移動して見せる。
さながら、某潜入ゲームだぜっ!
親衛隊の監視を振り切り、俺は家庭科室に辿り着いた。
「あ。」
と、ここで俺はあることを思い出す。
使われていない場合、家庭科室は施錠されているのだった。
振り返るものの、監視を振り切るには、運に頼る部分も大きく。
正直俺は職員室に向かうまでに、ボコられないという自信がない。
ここまで来て、悪態をつきそうになる。
と、振り上げた拳を一時収める。
もし、もしもだ。
運が俺に味方してくれるのなら、この家庭科室の鍵は開いているかもしれない。
……ん?そう言えば、今まで運が味方したっけ?あ、それはいいや。
さて、そんな思いがよぎった。
ごくりと唾を飲み、一縷の望みを託して、俺はドアノブに手を掛けた。
「!」
施錠されている感触がなく、扉はゆっくりと開いた。
その瞬間、俺は感謝したくなった。
神様(猫神ではない)に、ここを提案してくれたマリに。
光は溢れ、まるで祝福してくれているかのようだ。
……と、思ったのはここまで。
福音に酔いしれていた時間が過ぎると、思考が蘇ってくる。
「んにゅ……。待ってたにゃ……。」
「!?」
そして、視線の先に何があるのかを、理解できるようになる。
艶かしい声と共に。そう、そこにいたのは、マリだった。
制服ははだけ、胸元を強調するかのように前は開いている。
とろりととろけた瞳は、異様な魅力を彼女から引き出していた。
力なく開く、股は、もう俺を誘っているとしか言えない。
開いた口が塞がらない。……何で、お前がいるの?!
「にゃあ。私と愛の逃避行をしたいんでしょ?にゃら、ここが一番にゃ……。」
「ねぇ、まずここでしちゃお?んちゅ!ぺろぺろ……。」
「~~~○×▲□?!」
擦り寄ってきて、彼女は魅了しながら俺にキスを、舌で舐め出した。
背筋に異様な緊張が走り、ついぴんと体を張ってしまう。
「んちゅ!ちゅ!ぺろぺろ!んにゃ……。今度は、大人のキス、しようよ?」
ひとしきり舐めたなら、彼女は俺に向き直り、とろけた視線を俺に向ける。
俺はガチガチに固まり、どうしようか考えられないでいる。
一体どうして、こんなことに?
どうやら、この猫耳娘、とんでもない勘違いをしてくれている。
ああ、まあむっさい男どもの攻撃よりはましだが、これはなかなか効く……!
いつまでも、こうしていたい……わけがあるか!!
「待てっ!やめろっ!今オスを目覚めさせたら、色々とまずい!!やめろ!!俺は隠れて、放課後に出て行く、それだけでいいんだ!!」
「うにゅ?……文彦君、私のこと、嫌い?」
「……。」
自らの高ぶりを抑え、何とか彼女の誤解を解こうとした。
マリは潤んだ瞳のまま、俺を見据えてくる。
……そんな風に言われると、少し困る。
いや、嫌いではない。むしろ、こんな女の子は大好きだ(はぁと)!
でも今は、間が悪い!
放課後には、NGS48のコンサートに行かなくてはならないし。
今は親衛隊の追撃をかわさなくてはならない!
何もかもが、特にタイミングが悪過ぎだ!
「嫌いじゃない!だが、今はまずい!!だから、我慢してくれ。俺は追われているんだ!」
「みゅー!いいもん!襲っちゃうもん♪にゃぁぁん!!」
「聞いてねぇえええええええええええええええええ!!あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
グギギギギギ……!
諭そうにも、彼女には通じていない。
挙句、俺はエルの剛力抱擁を喰らう羽目に。つい、その痛さに絶叫してしまった。
「!」
遠くて、音と共に『!』マークが頭に浮かび。
こっちの絶叫に気づいた人間が多数。
ジリリリリリ……!
何をとち狂ったのか、あいつらまで呼び寄せる始末。
沢山の足音がこっちに向かってくるのを感じた。
って、をい!!
またあのKKKよろしくの集団かよ!!!
何度目だよ!もう散々だ!!
などという嘆きが、天に通じるわけがない。
その集団は、あっという間に俺とマリを取り囲んだ。
木刀『イケメン殺し』を、いつもどおりに掲げている。
「待て!話せば分かる!これは……。」
「不順異性交遊許すまじ、死刑!」
「不順異性交遊許すまじ、死刑!」
「……はははははは……。だよね~?」
やっぱり弁明の余地はないのだな。というか、俺よ、いい加減気づこうぜ?
乾いた笑いの傍らで、他人のことのように俺は思っていた。
紫のオーラを纏った木刀が、俺に向けて放たれる。
ベチドカバキグシャ!!
ガキン!!
ドゴォ!!
ベキャ!!
「いやぁああああああああああああああああああああああ!!もうしません、許してぇえええええええええええええええええええ!!神様(猫神に、ではない)ぁああああああああああ!!」
最大の大絶叫が、校内に響いたのは言うまでもない。
「何事だ!」
「見つけたぞ!レアチケット持っている、変態文彦だ!!」
「会員番号230から本部、対象を発見!直ちに討伐許可を!」
「……ああ……。」
当然ながら、親衛隊を呼び寄せるわけで。
俺をボコし終えたあいつらは、満足そうに。
また、面倒なことには巻き込まれまいと、去っていく。
それよりも、討伐許可って、俺は化け物か何かか?
そう考えると、だんだん自分が悲しい存在に近づきつつあると思え。
涙が溢れそうになった。
当然ながら、奴らにもボコられたのは言うまでもない。
どれくらい、家庭科室で気絶していたのか分からない。
どれくらいの時間が経ったのか分からない。
今が何時なのかを理解することもできない。
それでも俺は、ボロボロの肉体でありながらも立ち・
よろよろと歩きながら、杏の待つコンサート会場へ向かった。
チケットは奪われただろうか?
いや、なぜだか、チケットは俺のポケットの中にあって。
あの親衛隊が、血眼になって探していたはずなのに。
ああ、きっと途中で、誰かが止めに入って、それで収まったんだろう。
その誰かとは、多分、マリじゃないかな?
でも、せめて寝かせるなら、保健室にしてくれたらよかったのに。
「ごほっ!」
咳き込むと、血痰が地面に零れ落ちた。
うは……これは。
少しだけ、青冷めてくる。命の危機であるのを、本能的に察知してしまった。
肉体が、悲鳴を上げている。
しかし、動けないはずなのに、なぜ俺は動いているのだろう?
誰かに、導かれるまま。
何だか、こうなると自分がかっこよく思えてくる。
誰か、自分を好きでいてくれる人が、俺を待ってくれる、と考えると。
約束だ。あの会場へ。
辿りつく頃には、既に太陽はなく、夜の帳の中。
それでも、おそらくオープニングのド派手な演出が終わったのか。
会場の外にまで、歓声が聞こえてきた。
もう少しだと、俺は自分の体に言い聞かせ、体を引きずった。
チケットをボロボロの姿のまま見せ、会場の人に怪訝そうな顔をされても。
俺は中へと進む。
会場のドアをくぐれば、歓声が何十倍にも増幅されて聞こえてきた。
中はすし詰め状態。それでも奥へ、彼女に渡された、ステージギリギリの場所へ。
人を掻き分け、時には痛む部分に体をぶつけられつつも、そこへと辿りつく。
はっきりと見える位置から見ると、杏はグループの先頭に立って歌っていた。
その姿は、輝いていた。
普段見る、地味な姿とは打って変わって、白鳥のように美しい姿であった。
明るく、時には観客に目配せしながら歌う。
視線を向けられた人は、時に大きな声で歓声を上げていた。
あるいは、『杏ちゃ~ん!!』などと叫ぶ人もいた。
すごい熱。夏の蒸し暑さも相まって、俺の意識を奪うほど。
ただ、辿りつく。その時点で、おそらく俺は意識を失っていたのかもしれない。
もう自分が、立っているのかさえ、分からなくなって……。
彼女を見ているんだ、と強く自分の意志が声を掛ける。
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