6話 アイドル!白河杏

 その翌日。

 まさか、マリと再会したらあんなのが待っているとは思わなかったよ。

 正直、いきなりのことの同様が大きく。

 また俺は、変態という不名誉な称号を払拭しようと躍起でもあった。

 ……とは言ったものの、もう既に遅く、俺の変態を解消するのは無理そうだった。

 どうしようかと項垂れながらの登校。

 そんな俺を待っていたのは、マリの抱擁ではなく。

 地味な女の子からのラブレターだった。

 下駄箱で上履きに履き替えたその時に、いきなり手渡される。

 本人は恥ずかしいようで、何も言わない。

 顔も上げないでいて、見えないでいる。

 「ああ、ありがとう。」

 と、一旦、俺はお礼だけは言っておいた。

 頬を赤くした少女は、足早にその場から去っていく。


 「……。」 

 ぼんやりと思いながら、改めて差出人名を見て。

 「?!」

 息を呑み、ぎょっとする。

 意外な人物からのラブレター。

 名前は、白河杏。

 ああそうだ。学校では真面目で、何の面白みもない女の子を装っている。

 して、その正体は。

 長崎の現役女子高生で結成されるアイドルグループ、NGS48のメンバー。

 髪を整え、化粧をした彼女は、全くの別人に思えるほどだ。

 もちろん、これを知らぬ者はいない。


 その彼女から、まさかのラブレター。

 突然のラブレターは、確か昨日にももらったよな。

 しかし今日は、アイドルである。

 

 えーえー!てすてす。

 アイドルってお付き合いできるの?!

 できねー!!!

 世界が傾く!!これを貰ったら世界が?! 

 世界が、崩壊する!!

 

 思って俺は、やがて手が震えだして。

 これでは、あいつらだけじゃない、白河杏のファンまでも?!

 あわわわわわ……。

 などと、一人怪しく立ちすくんでいたら。

 「?!視線?!」

 嫌な悪寒と共に、視線が。

 たちどころに俺は、何かデジャヴを感じる。


 ジリリリリリ……!

 また鳴り響く、KKKよろしくの集団が登場する警報。

 「くそぅ!!千夜、羨ましすぎるぞぉ!!っじゃなくて、この馬鹿!!何あいつらを呼び寄せてんだよ!!この疫病神!!」

 「きゃぁああ!!」

 「……アホ文彦。全く、迷惑だわ。」

 「?!や、大和ちゃん!!逃げよっ!」 

 「!……ええと、あ、うん!」

 「これは、嫌な予感がするわ……。」 

 的中!(にっこり!)

 当然、皆戦々恐々として立ち去る。

 はて?逃げる集団の中に、クリスの姿を見かけたような。

 ……はて?逃げる集団の中に、また見慣れぬ奴らを見た気もするが?

 おおっと、のん気に構えてはいられない。

 あっという間に俺は、その白装束の集団に囲まれて。

 挙句、身体を拘束されてしまい、身動き取れず。

 まあ、折角のラブレターはそうなる前にこっそり隠したけれどね。

 「はは……。弁明の余地は、まだあるはずだけど?」

 「死刑。」

 「えー?!」

 冷静を装い、ここは話し合いで解決しようとしたが。

 こいつら、よっぽど『イケメン殺し』を使いたいのか?!

 聞く耳を持たない。

 紫色に輝く木刀が、俺を滅多打ちにするのに、時間は要さなかった。

 ベチドカバキグシャ!!

 ガキン!!

 ドゴォ!!

 ベキャ!!

 「ぐぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?!?」

 そして今日も、俺の悲鳴が木霊するのだった。


 「……。」

 誰も助けてはくれないので、1人教室へと、満身創痍で辿り着く。

 こうなっているのに、誰も助けてくれないのは、正直傷つく。

 ボロボロの姿で自らの席にしがみつき、何とか座った。

 顔を上げる気力はなく、机に伏せていたら。

 その瞬間、俺はどうやら夢の世界へ飛んだようだ。


 夢の世界、それは幼い頃の記憶。

 俺は地味な女の子と遊んでいた。

 小学生に上がるくらいだというのに、メガネを掛けていて。

 正直身なりもよくなく、あまり目立たないような女の子だった。

 いじめられていたと、記憶している。

 俺は、この時は勇敢で、いじめっ子どもを蹴散らしていた。

 それは、単なる人助けだったのかもしれない。

 あるいは、誰かを守るヒーローになりたかったのかもしれない。

 当時見ていたアニメは。

 やはり正義のヒーローが、極悪非道な連中をこらしめ。

 平和にするというものだった。

 といっても、現実の社会に横行する汚職事件やら。

 卑怯なやり取りと比べれば可愛い方だったがな、〝悪〟の奴らも。

 ま、その影響で、きっと誰かを守りたかったのかも。

 そんなことをやっている内に、その女の子の、俺の見る目は変わっていた。

 言うなれば、恋?

 でもその恋は実らなかった。彼女は、転校してしまった。

 音信不通となっても、この思い出は忘れない。彼女の名前と共に。

 『白河杏』……。


 そういえば、と。俺はここで夢の世界から帰還する。

 彼女と再会したのは、高校の入学式だった。

 相変わらずの地味さだったが、それは世を忍ぶ仮の姿。

 彼女はいつの間にやらアイドルグループの一員になっていた。

 その背景から、ちょっと話しづらくなっていたと思う。いや、もう1つ。

 あのメスゴリラといい、お節介焼きのひすいといい。

 周囲が少々騒がしくなったために、気にする時間がなかったのかもしれない。

 でも、だからこそ、彼女は勇気を出して、俺にラブレターを渡したのだ。

 長年によって築かれた溝を埋めるために。

 「……うへへ……。」

 そう思うと、健気でかわいい!

 俺は伏せていたながら、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべてしまった。

 「じぃー……。」

 ……むむ?誰かの鼻息と視線が、俺の思考を邪魔する。

 「ぺろっ。」

 「らぁあああああああ?!」

 そう思ったら、今度は舐め舐め攻撃を放った。

 そのこそばゆさに、俺は思いっきり声を上げて、がばっと顔を上げた。

 その視線の先にいたのは、猫の耳をピコピコと嬉しそうに動かし。

 俺を見つめるマリの姿があった。

 「……なあおい、何してる?」

 「文彦君の寝顔を見たり、ラブラブしようかなと考えたり!」

 聞いてみれば、彼女は頬を緩ませ、嬉しそうに答えていた。

 ……その時になって、周囲の視線が痛いことに気づいた。

 ああ、後ろのクリスからの視線なんて、心臓をえぐるぐらい痛いぜ!

 ジリリリリ……!

 本日2回目の、警報が鳴る。

 「?!まずい、奴らが来る!!」

 「アホ文彦!!!ラブラブをこんな所でするんじゃねぇええええ!!」

 「アホ文彦、後で殴るからね?」

 火災報知器の誤作動?……なわけがない。

 皆の反応から、これはあいつらが登場する警報だ。

 俺とマリを除いた全員が、一斉に教室から出て行った。

 反対に、どかどかと靴を鳴らしながら来たのは、あいつら。

 今朝もそうだが、相変わらずの服装で、その中身が分からない。

 あ、まあ、分かったら、1人1人を通報してやるのに……。

 それはそうと、木刀も、同じように所持だ。

 「なあ、やっぱり弁解とか、誤解を解くとか、できないものなのか?」

 「死刑。」

 「……なのね。」

 ここでも弁解の余地はないものかと尋ねたものの、やっぱり無理らしい。

 というか、こいつら死刑しか言わないんじゃ?

 木刀は既に紫に輝いており、いつでもその力を十分に放てるみたいだ。

 「はは……。」

 俺は、乾いた笑みを浮かべた。


 ベチドカバキグシャ!!

 ガキン!!

 ドゴォ!!

 ベキャ!!

 「あぎゃぁあああああああ!!三回目ぇええええええええええええ!!!」

 空の教室に、俺の悲鳴だけが響き渡る。


 皆が戻ってきた時には、俺の屍が吊るされていたのは言うまでもない。

 そんな俺に、誰かは冷淡に一言。

 「自業自得よ、アホ文彦。」

 もちろん、こんな俺を見ても、哀れに思わない冷血女は。

 他ならぬメスゴリラのクリスだ。

 おのれ、ぜってーヒィヒィ言わせてやる。

 ああ、エッチな方じゃねーぜ?厳しい方で、だ。

 

 こんな状態で、まともに授業を受けることができるはずもない。

 近くにいたマリが、俺を1人で担いで、保健室へと送っていった。

 ……素晴らしいスキンシップが俺を待っていたよ……。

 ご想像にお任せしま~す!

 

 ボロボロの姿で家に帰る。

 その手には、あいつらの主力兵器、『イケメン殺し』があり。

 途中どこかで拾い、杖代わりに用いた。

 まあ、あいつらを見かけたら、片っ端から己の兵器でボコボコにしてやる。

 そんな気持ちもないわけではない。

 それはそうと、身体ボロボロであっても、杏からのラブレターは死守した。

 家に帰り、俺だけの空間、部屋にこもって、その手紙を恐る恐る開ける。


 手紙とチケットが、顔を覗かせる。

 手紙の方には、ぜひ来てください、とだけ書かれていた。

 チケットは、NGS48のコンサートの旨が書かれてあり。

 それも、最前列で見ることができるという、レアなものだった。

 これだけで、何となく彼女からの意志が伝わったような気がする。


 彼女は、俺に見て欲しいのだ。

 明るくなれた自分。

 強くなれた自分を。

 感じて欲しいのだ。

 俺への感謝を。

 そして、大好きだという気持ちを。

 想像してみると、分かる。

 彼女はこのコンサートに、自らの想いを込めて歌うに違いない。

 それは、普段やっているコンサートとは全く違う。

 本当の気持ちを込めたコンサート。

 その日だけしか、行われない素晴らしいコンサートだ。

 そんなことを考えると、ふっと俺は笑んでしまう。

 なるほど、俺も嫌われたものじゃないなと。

 「?!」

 が、その気持ちをぶち壊しにするように、悪寒が襲う。

 誰かが、この機会をぶち壊しにすることを狙い。

 目を輝かせている、そんな感じに。

 他ならぬ、あの猫神だ。

 うん、そうだ。あの猫神以外、そんなことやらかそうとは思わないだろう。

 少し、きつく言っておこう。

 と思って振り返ったものの、その姿を見ることはできなかった。

 ……ちっ!

 いつもいつも、飯だけ喰いやがって!

 舌打ちをする。 


 で、コンサートは翌日の、NGSの本拠地で行われる。

 そんな、当日の朝。

 起きては。

 一体どういう方法で、猫神はいたずら(及び、恋愛ぶち壊し作戦)を敢行する。

 ……のかと警戒したが、今朝はそういうこともなかった。

 さて、ほっと平和に、は早計だったようだ。

 校内に入ると、その視線はいつも以上に痛い。

 ちらほらと、一部の男子生徒の視線が特に強く感じられた。

 ああ、と俺は何となく理解する。

 彼らは、NGS48の親衛隊。それ以上に、白河杏の親衛隊でもある。 

 その男子生徒ら、普段、俺を狙うことはしないが・

 昨日の件といい、今日は獲物を狙っている感じがする。

 ああいや、違う。

 狙いはおそらく、俺の持っているレアなコンサートチケットだろう。

 ここで、あの猫神がしようとしたことが理解できた。

 噂を流布して、俺を痛めつけることを画策していたのだ。

 ちぃ、と舌打ちをする。


 平和に終わるわけがない。

 待っていたのは、ここ最近以上の地獄だった。

 親衛隊の追撃は凄まじく、俺はボロボロになるまでボコされていた。

 

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