5話 僕っ娘、月城歩
胸の高まり、それから一週間。
『葉月マリ』……その名前だけを頼りに散々探したものの。
そのような生徒はこの学校には存在しないことだけが分かった。
無理言って、全学生の名簿も見せてもらったが、存在しないことは明らかだった。
……では、彼女は一体何なのだ?どういう存在なのだ?
同じ猫の耳を持っているから、彼女もまた猫神だというのか?
そんなことを考える。
最初に思いついたのが、実は死んだ猫が化けて現れている説。
俺には思い当たる節がないが。
学校七不思議に数えられるぐらいのお化け、みたいな存在と考えてみる。
……のだが、あの感触は明らかに本物で、霊体ではないと伺える。
んふぅ♪
あの押し倒した時の柔らかさ、ついでに蘇ると。
俺はまた、期待に胸膨らませてしまう。
さてさてさて。
じゃあ、あの娘は、わざわざここの学校の生徒に扮して侵入してきた。
さしずめ、謎めいた少女ということか。
ではではでは。
その目的とな、俺の頭は邪推を返す。
あの娘、実は男を漁りに高校を転々としている、物凄くエッチな娘だったり。
……などと考えると、ただでさえ高まっているのに鼻の下を伸ばしてしまった。
いやはや、傍ら思うと、ひすいをあんなにしたのに、今の俺は何やってんだか。
あ、このままだと呪いでやられちまう!
そんなんじゃ、ひすいに謝れやしない。それよりも、謝れるままにやらないと。
ぬぐぐぐ。
許せ!!ひすい!!
俺は、そうしないといけないんだぁ!!!(泣き
……後ろめたさは、そうしておいた。
変わって。
不思議とこの一週間は災難もなく、過ごせたと思っている。
猫神はどこにいるか行方不明で、その姿を見ない。
おかげで俺は、不思議と意気揚々としていたよ、ここ最近。
そんなある朝。
相変わらず、周囲の視線は痛いが、もう気にすることはない。
モテる男はつらいぜ。
もう、俺はあの、葉月マリとやらにぞっこんかも?……心の支えだぜ。
そのような軽やかな気持ちのまま。
かつ、ニマニマしながら俺は下駄箱の戸に手を掛けた。
すると、中から、ぱさりと手紙が落ちた。
「?」
拾い上げ、つい挑戦状か何かなどと面白いことを考えたが。
ハートのシールで封をされている様子から、挑戦状などの類ではないだろう。
では、何か?
もう分かっている。
「これは……世に聞く、幻のラブレター!!」
「……ラブレター……。」
「……ラブレター……。」
「……ラブ……。」
つい大声でそいつを言ってしまった。
よく響くホールのような高校の。
下駄箱でそのような声を上げたので、その声は大変よくエコーし響き渡った。
しまったと、自分の口を押さえてしまう。
恥ずかしい、それはある。しかし、それ以上の問題がここにはあった。
通称、KKKよろしくな。
非モテ同盟こと『イケメン殺し』という組織がこの高校には存在する。
そいつら、読んで字の如く、モテない人間の集団だ。
奴らが何をしているか?
それは、KKKよろしくの部分を読めば想像できるかも。
まあ、見てのお楽しみってことで。
要するに、ラブレターなんぞもらおうものなら。
そのような連中に捕縛され、地獄を見るということだ!
俺は、つい大声でラブレターのことを言ってしまったことを、そう後悔したのだ。
ジリリリリ……と火災警報のような音が鳴る。
「!!まずいぞ、奴らが来る!!」
「に、逃げろ!!関わるとろくなことがない!!」
「ば、馬鹿文彦!!ひすいに嫌われただけなく、あの忌まわしき集団を呼び寄せるなどとは!!」
その音を聞いた瞬間に、近くにいた生徒は散り散りに逃げていく。
……途中、俺に対して恨み節をぶつけた奴がいたような。
「!!な、なになになに~?!」
「逃げましょう。大和。」
「?!って、わぁぁ……。」
「……ん?」
……ついでだけど。
見慣れぬ生徒がすれ違って逃げていくのを見た。
葉月マリ、みたいな毛色だが、ショートカットの女の子や。
不思議な色合いを示す毛色の、長い髪の女の子。
その二人に連れられて。
引きずられていく、こちらはどこか、赤茶色と縞模様の毛色の少年だ。
こちらの学生服を着ていることから、生徒ではあると思うが。
……だが、転校生か、どちらにせよ。分からない。
……少年は別にいいとして、あの二人となら、俺付き合ってもいいかなぁ?
うへへへ。
……じゃない。
それはともかく、皆それだけ奴らの存在を恐れている。
だと知っているのに、俺は、逃げることができなかった。
まさか自分が、襲われる側になるなどとは、思ってもいなかった。
そのため、思考が遅れ、動けずに。
そうこうしている内に、集団の足音が聞こえる。
白装束の集団に、逃げる間もなく取り囲まれる。
顔は同じ白の頭巾で覆われており、把握することはできない。
そうとも。
彼らこそ、かの有名なイケメン殺しである。
ああだが。
いかにも怪しく、ヤバいと言われつつも。
彼らが持っている武器は、鎌や槍、斧など物騒なものではなく。
さすがサムライの国だ、木刀である。
だが、また、だが、である。ただの木刀じゃない
その木刀には、荒々しい木彫り文字で『イケメン殺し』などと書かれていて。
つまりは、己をそこに投じるという、表れと捉えられようか。まあ、分からんが。
……ここからは、聞いた話だが。
あのイケメン殺しと言われる木刀にやられると。
たちまちに〝魅力〟を失うと。
……が、やられた奴を見たことがないために、結局噂レベルで。
実態なんて分からない。
して、俺は、乾いた笑みを浮かべた。
この集団に囲まれたこの状況にて。
かつ、一部の人間は、俺を拘束する。
同時に、なぜあんなことを口走ったのだろうかと、改めて後悔する。
ああ、俺ここで死ぬかも(キラン)。
さようなら、俺の青春。
「ラブレターを受け取った……。」
「受け取った……。」
「許すまじ。」
「許すまじ。」
「はぁああああああああああああああああ……。」
奴らは罪状を述べ、持っていた木刀を天井に向け掲げる。
気を集中させれば、その木刀は不気味な紫色のオーラを出し始めた。
う~ん。
……もしかして噂って本当かも。てか、あれ何?
……マジで?
はは。
ははははは……。
乾いた笑いしか浮かばないや。
「死刑。」
「死刑。」
弁明の余地はない。彼らは言って、木刀を構える。
逃げることのできない俺は、それに成されるがままに。
ベチドカバキグシャ!!
ガキン!!
ドゴォ!!
ベキャ!!
「ぐぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?!?」
俺は、彼らからの制裁を与えられ。
腹の底から校内全体に響き渡るような大絶叫を放った。
それでも。
それでも、もらったラブレターは死守して見せた。
……ふっ。
男だ!(キラリン!!)
……と、俺は軽く意識を失い。
冷たいリノリウムの廊下に、倒れ込んだ。
ボロボロの姿のまま、俺は教室へと入った。
もし、ひすいが見たなら軽く悲鳴を上げ。
お節介にも絆創膏なり、何なりで治療をするだろう。
しかし、肝心の姿を見かけても、彼女は俺に見向きもしなかった。
嫌われたな、と俺は思い、悲しいかな、涙を一筋流しそうになる。
「……アホ文彦。」
ポツリとそんな俺に呟いたのは、後ろの席のクリス。
……今俺は、怒る気になれないでいる。
痛くて授業なんて集中できるわけがない。
んで!そんなわけだから、俺は教科書で壁を作り。
ひっそりと今朝もらったラブレターを読みふけった。
書き出しはベタなものである。
『いつも君を見てました……。』と、女の子らしい、文字が並ぶ。
僕は3年3組の月城歩です。
いつも文彦君を影で見ていて、とても羨ましく思いました。
噂で、文彦君は彼女を作るのに必死なのだと聞きまして。
ここに筆を取った次第です。
もしよければ、僕と付き合ってください。
……放課後、待っています。
はい!これを見て、投げ出そうなどとしてはいけない。
この手紙の主は、決して男なのではないのを俺は知っている。
月城歩というと、一人称が『僕』という変な奴。
こんな一人称を女子で使うのは、彼女をおいて他にいない。
その容姿は、小学生の男の子と間違われるほどで。
年齢に対して発育はよくない。
あ~、栗色の髪は、まあよしとして。
一人称の件といい、折角の髪を短くしていることといい。
正直女の子らしい印象を俺は受けない。
まあそれでも、メスゴリラよりはましだと俺は思う。
あれは、女子の皮を被った化け物だよ!
決してあの女を、女と思ってはいけない。
女の子らしからぬ言動や行動しかり。
容姿に対してのギャップから、俺は一切の魅力を感じない。
それと比べたら、大分にマシだよ。
……と無駄話はこれくらいにして。
とにかく女の子と仲良くなれるなら、いや、恋人になれるなら。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
というわけで放課後!
イケメン殺しの攻撃もなく。
よくこの時間を迎えられたなと、少しだけ神様に感謝したくなった。
あ、猫神ではないぞ。
放課後、人気のない庭に行けば、中央にひっそりと佇む、小さな女の子。
目印のベレー帽は、外せないものなのか。
俺が来たことを察知したならば、歩は俺に振り向いた。
「……文彦君、来てくれたんだ……!」
「……おう。」
面と向かうと、その顔はすでに潤んでおり。
いつOKの言葉を出してもよさそうだった。
俺は、最初に来たことへの返事から言葉を切り出すことにした。
にしても、別に女の子らしい魅力のない歩を前にして、俺はなぜか緊張する。
それは、恋とは無縁そうな少女からの告白だったからか。
それでも答えを言おうと、ため息1つ、決心をつけた。
「歩、俺……。」
なのに、どうしても言葉が途切れて。
この躊躇は何なのだ?!言ってしまえば、俺は楽になれるのに。
……まさかこれも、猫神の呪いとやらのせいか?!
ならばと、俺は頭を振り、その邪魔を振り払う。
「答えを言おう。俺、お前と付き……。」
「あーーーーーーーーーーー文彦君見っけっ!会いたかったにゃぁああん!!」
「……うげぇ……。」
やっと言葉を紡ごうとしたら、なぜだか邪魔が入ってくる。
その声の主、覚えはある。葉月マリだった。
……いきなりな登場、俺は折角決めた意志も。
その空気の読めない登場に押され、消失。
俺自身は、嫌な予感で顔が青冷めていった。
何だろうな、この登場。これは、猫神の差し金か?
それとも、猫耳娘は、皆こう、KYな連中なのか?
冷静に考えていたのは一瞬。後は、向こうから走ってくるエルの成すがまま。
俺は、思考停止状態で、動けなかった。
土煙を上げながら走ってきて、エルは俺に嬉しさのあまりの抱擁をし始める。
そんなマリの眼中には、月城歩は映っていないようで。
見たら恥ずかしいほど、頬擦りを始めた。
グルグルと喉を鳴らし、また会って嬉しいといった感情をより露にしていた。
「にゃ~~。会いたかった。グルグル!!あの時、私のこと、助けてくれたんだよね?だよね?んー、ちゅ、ぺろぺろ、ちゅ、ぺろぺろ?!」
「?!を、をい!!それは、やめっ!!」
エスカレートし、エルは嬉しさのあまり、頬に口付けを。
更には舌を出して舐める。そんなことを繰り返した。
こそばゆい感じが、なぜだか恥ずかしい。
嬉しいのに、恥ずかしい!
いや待て。
にしても、この娘、何て破廉恥な!!
よく人が見ている前で、堂々とそのようなことができるのな!
「あ……。ああああ……。猫?猫の耳?猫の尻尾?……誰?!誰?!ふ、文彦君、誰なのぉ?!う、うわぁあああああああああああん!!変態変態!!文彦君のド変態!!!うわぁああああああああああん!!」
「あ?!」
その様子を見て、当たり前だが見ていて耐え切れるわけがない。
歩はデジャヴを感じさせる言動を紡ぎ、泣きながらその場を走り去っていった。
……はっ?!デジャヴ?!
とすると、この次には。
『猫耳好きの、ド変態男子生徒・千夜文彦』などという看板が・
俺の写真と共に掲げられるのか?!
その様子を想像してみた。
文化祭があったなら、俺の顔はこの地域一体に広まるだろう。噂と共に。
ああ、まずい、たちどころに、昔の友人などの耳に届いてしまう!!
って、そうなるのが嫌なら、今から追いかけるんだ!!
そう思い、俺はマリを振り払おうとしたが……。
「にゃん!逃げちゃだめ!私と文彦君とのスキンシップだよぉ?」
グギギギギギギ……。
「がぁあああ?!」
マリは笑顔で、思わぬ力を俺の体に加え、決して離すまいと締め付けた。
そこで思い出すことが1つ、確か、倒れた俺を1人で保健室まで運んだんだっけ?
その力が、弱いわけがない。
その後俺は、息苦しくなるほど彼女に抱き締められた。
当然、歩の姿は遥か彼方に消えており、もう追いつくのも無理だった。
そんな俺らを尻目に、どこかの影から舌打ちをする音が1つ。
その様子、明らかに猫神だろう。
……待て、お前また邪魔しようと画策していたのか?!ずっと、見ていたのか?!
しかし、俺はエルの素晴らしく強烈なハグにより、身動き1つできない。
猫神を咎めようとしても、俺にはできなかった。
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