4話 新たな猫耳、葉月マリ
翌朝、いつもの静かな家の天井見て目覚める。
……ひすいからのモーニングコールなんて、もう期待できない。
けれど、自然と目が覚めたのは、ある意味驚くべきことだが。
「?!ひぐぅぅぅ?!」
起き上がったなら、感じたのは酷い胸の痛み。
もちろん、胸焼けなどではない。
はぅぅ……起きて早々涙が……。
気付けば、瞳からポロポロと涙が流れて。
全ての原因は、ひすいに拒絶されてしまったから?
「うにょほほほん!!おっはようなのじゃ!!」
「!!……ぬぐぅううううううう……!!!」
いいや、この猫神のせいだ!!!
そんな俺を貶す様に、襖を開けて、大層な挨拶をしてきた猫神で。
俺は一転、恨みに歯軋り、そこから唸り声を上げた。
腹立たしい朝の一幕。
腹立たしい元凶との朝ご飯を採ったなら、登校だ。
腹立たしく、足音を荒々しく立てつつ向かえば。
ひすいの姿を見かけ、ふと、荒々しい様子も鳴りを潜める。
つい、見つめてしまい。
それで、あっちも、俺の存在に気づいたのだが。
おかしなことに顔を背け、足早に俺の前から去っていった。
「?!」
おかしい。
いつもなら、お節介にも挨拶とか、服装を見て、正してくれるのに。
「!」
ああ、そう。
もう彼女は俺に振り向いてはくれないだろう(涙)。
……ふと、周囲の視線がやけに痛く感じるのだが?
見渡すと、俺に対して非難の目を、俺の近くにいた人たちが向けていた。
昨日の今日、どうやら、噂は校内に広まっており。
もう俺は有名になっているのだろう。
……ひすいが拒絶するほどの性癖を持った、変態であると。
勘付くと、また胸が痛んだ。
うぅ……。帰りてぇ。そう思いつつも、だが、学生である。
学問に従事せねば……。
教室にいても、正直自分が嫌な思いをするだけだった。そんな昼休み。
俺は、誰も来ないことで有名な、資料室の中に身を潜めていた。
ここなら、少し自分を落ち着けることもできるだろう。
……というか、今日といい、視線が痛いんだ(涙)。
それを避けるためにも、だ。
1つだけある椅子に腰掛けて、ふぅ……と1つため息を。
さて、どうしよう。
乙女の心を傷つけたようなものだ、一体どういう風にして謝ろうか。
目を瞑り、頭を巡らせてみるけれども、解決策は全く思い浮かばなかった。
はぁ、とまたため息。
誰かに相談しようかと考えるが、思いつくのはあのメスゴリラだけだった。
……彼女に聞いたらどういうことが起きるのかを想像してみよう。
質問!乙女の心を傷つけました、私はどうしたらよいでしょうか?
クリスさんの答え。
「ふぅん……。それでひすいを泣かしたのね、このド変態。まずその性癖をどうかしたら?」
……。
質問!ひすいの機嫌を直すためには、どうすればよいでしょうか?
クリスさんの答え。
「腹を切れば?」
……。
……あの、もう少しソフトな方法はないのでしょうか?
「無理。あんた、それだけ酷いことをしたんだから。大丈夫よ、骨だけは拾ってあげるから。」
……。
俺、死ぬことになってるの?!
クリスさんの答え。
「当たり前でしょ?下手したら、自殺しかねないほどつらいのよ?」
……。
ええい!!!メスゴリラに聞いたのが間違いだ!!
何の解決にもなりはしない!!くそったれ!聞くんじゃなかったわい!!
頭の中で悪態をつき、ついクリスに辛く当たってしまった。
クリスさんの答え……ってちょっと待て。
待って!!!俺は質問してない!!してない!!
「ふぅん……。私に喧嘩を売るなんて、いい度胸よね?じゃあ、その性癖直すついでに、馬鹿な頭の方も矯正してあげるから、感謝してね?」
ボキボキと腕を鳴らしながら、クリスは答える。
その表情は、至って冷静だが、俺には彼女の背後に青白く燃える炎が見えた。
あ、俺死ぬ……。
そう思った瞬間、俺の体は宙を舞い。
蜂の巣にされるかのようなガトリングキックを浴びせられた。
……。
無理!
ああ、無理な話だよな、あのメスゴリラに聞くのは。
そう思い現実に戻り、色んな意味で項垂れてしまう。
そう、無理な話。クリスになんて聞いたら、俺の命がなくなる!トホホ。
もう俺には、仲直りすることがもうできない。
そういう思考に至るなら。
次第にこのようなことにしてしまった猫神を、恨みたくもなってきた。
第一、俺はあいつに何も悪いことしてないのに。
なぜあんな目にあわなくちゃいけないんだ!
もし、校内で見つけたら、いっちょ言ってやり。
場合によっては俺のソウルがこもった拳を食らわせてもいいだろう!
ああそうだ!この際言わせてもらうけど。
乙女の顔に何てことを、なんて意見は一蹴させてもらう。
とにかく俺は、そうしないと気が済まないんだっ!!!
「!」
そんな折、願った通りか。
俺は資料室の奥で蠢く、猫の耳を見かけた。
ただの猫なわけがない。大きさは、丁度人と同じぐらい。
そんな猫の耳をつけた存在なんて、俺が知っている中では、猫神以外いない。
これはまたとないチャンスではないか?
俺はゆっくりと立ち上がり、その猫耳人間へと歩み寄った。
「おい、クソ猫神!!」
「ふぇっ?」
肩を思いっきりがっしり掴み、心に溜まった悪態を吐き出すように切り出す。
いきなりの出現に、その人は驚いたようで。
体をびくりと跳ねさせ、ゆっくりとこっちを向いた。
「あ……。」
その人、少女の顔をよく見れば、猫神とは全くの別人だった。
薄暗い中、よく分からないが。
その長い髪の色は、黒の色ではなく、赤茶色かな。
動く本物の猫耳。
別人かも。気付くと、俺は先の勢いいずこ。
キョトンとした表情をしてしまい、また、気まずいような。
……。
しかしそれ以前に、何で猫耳?
思考が止まりそうになるものの。
猫耳だとすると、この娘も、猫神?だが、分からない。
傍ら。
少女は驚き、警戒する様子なんて見せなかった。
ぱぁと、顔を明るくし、俺を見つめてくる。
……え、どういうこと?
「わぁ!素敵な人が来たぁ!」
「?!」
いきなりそう言うと、少女は俺に抱きつき、胸に頬擦りを始めた。
俺には、少女の突然の行動が理解できなくて、慌てふためく。
その頬擦りはエスカレートし、喉をゴロゴロ鳴らし始めた。
……この子、何者?!猫?!
俺は理解できなくて。
待て、落ち着け。
これは、何かの罠の可能性がある。
そう心に言い聞かせ、冷静になるようにした。
考えてみよう。
俺は資料室にいた。この猫耳少女もまたいた。
俺はその存在に気づかない。
猫神への鬱憤から、側にいた猫耳少女に当たってしまう。
でも、その少女は、怒ることはなく、いきなり俺に抱きつき、頬擦りを始めた。
なぜ?
俺はこの目の前の少女に、知り合ったのは今日。
それどころか、この少女をこの学校で見かけたことは、一度もない。
見ず知らずの少女の抱擁、その裏には、美人局的なことがあるのか?!
俺は、ちらりとその少女を見るが。
その純粋無垢な笑みと姿には、とても腹黒い何かを感じることはなかった。
では、あれか?
ドッキリか!
俺をドッキリさせて、校内に放送、笑いものにするという作戦か!!
……警戒は少女から、周囲へと切り替わるが。
とてもカメラを持ったスタッフとか、隠しカメラがあるような感じはしない。
さすがに、うちの部活である、映画部とか、そんな無茶はするまい。
まさか、本当に俺のことを待って?
ひとしきり頬擦りを終えた少女は、じっと俺の顔を覗いた。
頬は赤く、潤んだ瞳 で。それはそう、恋する乙女のような。
え?まさか、本当に?……恋してる?
俺は、どうしよう。
……カモン!!俺の心!
今から会議を始めよう!そう、この場は置いて、思考世界へと飛ぶ。
現れたのは、仏のような心の俺、良心
現れたのは、ゲスな笑みを浮かべる、悪心
それぞれが議論を交わそうとしていた。
良心的な俺は、フリップにて。
ひすいのことが解決していないのに、他の女にときめくなんて。
不謹慎も甚だしいと書いていた。
反対に、悪魔な俺は、フリップにて。
この場合は切り替えが大事だろう。そもそも、俺には呪いがかかっている。
それを早く解くには、女の子と早く付き合う。
まして、相手は俺のことを想っているのだろう。
これほどよい条件はない、と書いていた。
中心にいる俺は、その2つの意見を聞いて、唸った。
判断に難しいことだ。ただ、やや俺は良心的な方に傾いている。
何せ、俺はこの少女を知らない。
知らない人に、俺は心を許すわけにはいかないのだ。
そのようなこと、悪魔な俺は理解していた。
にんまりと笑い、こんなことをフリップに書いた。
だが、なかなかの美人だぜ?発育もよさそうだし。
思うに、ちっとやそっとじゃ嫌いにならない、素晴らしいほどの純粋さだ。
こんな逸材、なかなかいない。
と。
その時、俺の心が一気に悪魔の方に傾いたのは言うまでもない。
……悲しいオスの性。安全に子供を産める体の女性を、本能的に求めてしまう。
現実に戻り。
少し、舐めるように彼女の体を見れば。
ここに忍び込むために用意したであろう制服で隠れている肢体だが。
それでもその発育具合が分かるぐらいである。
顔は純粋無垢な少女。
そのことを改めて認識したならば、俺の心臓は不意に高鳴った。
異常な興奮が俺を襲い、もう自分が自分でいられなくなりそうだった。
ぽー、としている顔は、俺を求めているのか?
ずっと俺を見つめる瞳から、ついそう考えてしまう。
「……。」
その時、音もなくどこかで感じたことのある気配が現れたのを感じ取った。
しかし、興奮している俺は、その正体を知っていても。
目の前の少女に夢中であり、警戒することを忘れてしまった。
こ、このままでは、イチャイチャルートへ突入してしまう、そんな状態。
「どーん!!」
「うげっ!」
やはり、それを邪魔するかのように、聞き覚えのある声が響き。
その人物は、俺と少女の近くの棚を押し倒した。
俺は咄嗟に、少女をかばうような体勢を取った。
ズガガガァァン!
「にゃぁ?!」
そんな大きな音が室内に響き、埃が舞った。
ゲホゲホと咽て、背中から来る痛みに顔を歪めるが。
その痛みもそれほど大きくはなかった。
ただ、顔に感じる感触は、柔らかく温かいものであって。
「?」
ちらりと視線をやれば、目の前にあったのは、少女の大きな胸だった。
「?!?!い、いやこれは?!」
俺は慌ててしまう。
やってしまったかと、内心感じていた。
それは、杞憂だったようで。
少女は、押し倒された形であっても。
抵抗することなく、俺を受け入れる心の準備をしていた。
頬は恥ずかしさと期待に赤く染まり。
潤んだ瞳は、たとえ俺に何されても構わないと。
むしろそうしてくれと言わんばかりである。
唇を指で隠しているが、その様子は、何かを欲しがり。
指を咥えている子供のようにも見て取れた。
……もしかして、俺のことがますます好きになったっていうの?
確かに、咄嗟に彼女をかばったけれど。
いや、これはチャンスだろう。これを逃したら、もう後はないかもしれない!
俺はごくりと唾を飲み込み、このままの勢いで言ってしまおうとした。
「俺……その……。ぐぎゃぁ?!」
また邪魔するかのように、ガァンと酷い衝撃が俺の頭を襲った。
空気の読めないことに、崩れたはずの棚から、崩れ残った本が今、崩れたか。
言いかけた言葉は消失してしまい、俺の意識も飛んでしまう。
「!にゃん?!」
消える意識の中、俺はまた彼女の胸に顔を埋めてしまった。
結果として彼女の匂いを嗅ぐことになるが。
香ってくる彼女の匂いは、やけに優しく、俺は甘えてしまいそうになる。
ペロリと、誰かが俺の頬を舐めた感触が、次に続いた。
意識はその時戻り、目を開けたなら。
教室のような天井を見つめていた。香る独特の。
フェノールの匂いから、保健室かもしれない。
また、やけに静かな校内は、もう放課後であるのを感じさせる。
体を起こして周りを見渡すも、誰もいない、か。
そう思ったが、保険の先生はいた。
俺が気づいたことを察知するなり、感心してこちらに向かってくる。
「おお、気がついたかね。いやはや、『葉月マリ』という生徒が君を連れてきてさあ、何でも自分をかばって気絶したとかで。いやぁ、驚いたよ。まさか女の子が男子生徒を1人で担いできたんだからね、全く。ああそうだ、君にお礼を言っていたよ。まあともかく、何ともなくて私もよかったとおもうぞ。」
優しく笑む先生。
俺は、はあ、と生返事だけをした。
傍ら、なるほど、あの少女は『葉月マリ』というのか、そう思っていた。
その時には、気まずさなんてよそに、むしろ、あの感覚にいい気がして。
その少女の色香残るまま。
薄暗くなった学校を後にして、俺は帰路へとつく。
微かに残った、あの少女の感触を噛み締め、意気揚々と。
……ああではあったが、もしまた会ったら、その時は。
期待に胸高鳴る。
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