3話 世話焼きのひすい

 翌日。

 きっとあれは、夢だっただろう。

 そう思い、目を開き、天井を見つめて。

 耳を澄まして、生活音を聞こうとする。

 「……?」

 静か。

 誰もいないかのよう。

 「……。うぐぐ。」

 それはそれで寂しいが。 

 寂しいより先に、あれが現実であると予感させることに、胸が痛む。

 「おはようなのじゃっ!ほれっ!早速あさげを用意せいっ!」

 「?!うげぇぇ……。」

 ……現実である、と決めつけられる。

 俺が天井を見つめているなら、そんな俺の視界遮るように。

 昨日見た猫神が、ニマニマしながら覗いてきて、催促してきた。 

 俺は見て、現実だと改めて理解して、朝から早々、げんなりとしてしまう。

 

 「にょほほ~っ!いってら~!」

 「……。」

 朝ご飯を手短に用意して、猫神と一緒に採ったなら。

 すぐさま制服に袖を通して。俺は、家から学校へ向かおうとする。

 その際に、見送ってくれはするが。

 返事ができないでいる。

 だって、呪いを掛けたであろう張本人なのだ。

 ……俺は一体どういう顔をすればいい?

 見送られつつ、学校を目指す。 

 坂を下っていくなら、らしい建物が見える。 

 大きな体育館を備え、グラウンドだって併設された。

 いかにも、らしい、ザ・普通の高校。 

 現に、普通の高校だし。

 例えば、名だたる大学に合格させたとか。

 そんな有名なものはない、普通。

 目指すか。 

 通学していくうちに、学生服の人影をよく見るようになっていく。

 「……。」

 目にしていて思うなら、幸せだなって。  

 俺なんて、猫神に呪われてさぁ……。

 「……はぁぁぁぁ。」

 挙句、空しい溜息が漏れ出た。

 まあ。

 何はともあれ、俺は急いで誰かとゴールインしなくてはならない!

 そうして、奮い立たせて。

 だって、俺何やら変な呪いを解かないといけないんだもん(汗)。

 しかし、そうしようにも相手がいません、俺。

 ……くそう!!!

 と朝から早々悪態をつき、校門をくぐった。 

 ……端から見たら、おかしいかも。でも、今の俺じゃ、そうするしかない。

 

 とはいえ、何もしないわけにもいくまい。

 そんな時思いついたのは。

 何かと世話を焼いてくれる、ひすいと付き合うことだった。

 彼女とは、長年馴れ合っている。互いのことも知っている。

 事情も話せば、きっと真摯に受け止め、頷いてくれる。

 そうとも。

 ……彼女ほど、最も適した人間は、今俺が知っている中でいない。

 ならば、と俺は襟を正し、登校時の悪態はどこへ行ったやら。

 珍しく真剣な表情をして、いつも見るひすいの席へと向かった。

 話は、どう切り出そう?

 途中そう思う。

 が、それは面と向かった時でいいだろうと、これ以上考えるのをよした。

 ひすいの席に、彼女の友人がいるが、気にも留めない。

 彼女へと接近すると、見たひすいは珍しい俺の表情に目を白黒させた。

 「……。」

 いつもなら交える、挨拶を交えない、俺の様子。それは、場をより真剣にする。

 「!」

 ひすいは、珍しく真剣な理由を、おそらく感じており、顔を赤くした。


 ……何も考えなくてよい。

 こう切り出せば。

 「……話がある。昼休みに、屋上でどうだ?」

 「!……うん……。」

 と。

 そう言うと、ひすいはもう何を言われるのか理解しているようで。

 顔を先ほど以上に赤くして、でも覚悟をして頷いた。

 その様子を、勘の鋭い彼女の友人たちは、黄色い歓声を上げたり。

 ひゅーひゅーと冷やかしたりした。 

 俺は、彼女の友人のそんな振る舞いを、気にも留めずに、颯爽と去った。

 らしくないや。

 らしくなく、格好つけるなんて。

 下手すりゃ、俺ぁ明日から冷やかしの嵐だ。

 とはいっても、どうのこうの、躊躇してられない。

 ならばと俺は、余計に姿勢を正すのだ。


 そんな昼休み。ひすいと約束した時間に屋上へ行けば、すでに待っていた。

 転落防止の柵に寄りかかることなく。

 中央で、まっすぐ屋上の入り口を見つめていた。

 いつもきれいに整えている美しい黒い髪や、制服は。

 どうやら覚悟を決めた後に、なおさら手を入れたようで、より美しかった。

 「……。」

 俺は、無言で近づき、彼女と面と向かった。

 「ふぅ……。」

 息を1つ吐く。少しだけ感じる緊張をほぐすために。

 「……もう分かっていると思うけど、俺、お前のことが……。」

 「……うん……。」

 切り出せば、たどたどしい自分の言葉。

 だが、ひすいはちゃんと分かってくれていた。

 もう理解していて、その顔は嬉しさと、恥ずかしさに染まっていた。

 潤んだ瞳は、もう俺と一緒でありたいと願う、そんな感じ。

 考えると、これ以上、言葉はいらないんじゃないか?

 それでも、彼女の期待に応えよう。

 また、1つ息を吐く。もっと、彼女のための言葉を紡ごうと。

 息を今度は吸った。その言葉を言うために。


 俺と、付き合ってくれ。


 その、一言を。

 その、覚悟のために。

 だが……。

 「そんな恋路に、インターセプトぉおおおおおおお!!!」

 「つき……?!うげっ!!げほっげほっ!!」

 「きゃぁ?!!」

 ぼふん!という音と煙と共に、聞き覚えのある声、かつ、その主が姿を現した。

 いきなりな登場に、発生した煙を吸ったことに俺はむせてしまった。

 というか、その前に、絶好のタイミングでお邪魔虫登場に、つい苦言を呈したい。

 では。

 俺とひすいの間を邪魔するかのように発生した煙とその主。

 それは、紛れもなくうちにいる猫神だった。

 ……何だこの間の悪さ?!

 俺はそう思ってしまう。

 最早ムードはぶち壊し。言おうとした言葉は、腹へと逆流してしまった。

 と言うか、待て、ここにはどうやって来た?!

 関係者以外立ち入り禁なんだけどな。……ああ、あれか。神様特性ってやつ?

 「にょほほほほほ!!早々我の呪いを解かせはせぬぞよ!いやはや、愉快愉快!!」

 大笑いする猫神、ひすいはその突然の光景に、パニックを起こしかけていた。

 俺も、正直冷静でいられない。

 「ね……猫の耳?!尻尾?!誰……?!誰なの文ちゃん!!」

 「あ、いやこれは、その……。」

 猫神の姿を見てのひすいの言葉は、パニックでまともじゃない。

 俺はもうしどろもどろして、上手く答えることができない。

 「にょほほほほ!そこの女子や。こやつには早々結婚はさせんのじゃ!我の約束、解かせぬぞい!」

 その様子を愉快そうに見つめ。

 さらにひすいに追い討ちをかけるような言葉を呟く。

 「約束……?文ちゃん、どういうこと?猫耳な人と……。」

 ああほら、ごらんの通りひすいはどんどん混乱していく。

 ……頼む。

 もうただでさえ混乱しているんだ、これ以上混乱させないで!!(汗)

 ああどうか、神様、見ていらっしゃるならどうかこれを止めてください!!

 ……そう願ってしまうが。

 そう言えば、目の前の人物も神様だったと祈るのをやめ、項垂れる。

 一方で、上手く答えられない俺に、次第に痺れを切らしていくひすい。

 見る見る内に、顔を赤く染めていく。……怒りの赤を。

 「~~~文ちゃんの変態!!!ばかっ!約束って何よ!!!ばかぁあああああああああ!!ヘンタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアイ!!うわぁああああああああん!!」

 とうとう混乱した彼女は、もう何が何だか分からないようで。 

 俺に対し、彼女らしからぬ暴言を叩きつけ、涙を散らせながら走り去って行った。

 「○×△☆■□……?!」

 俺は、そんな暴言を浴びせられ。

 わけの分からない言葉を吐き、泡を吹きだしそうになっていた。

 ついでに、俺の頭の中で、色々なものが音を立てて崩壊していく。


 それは、楽しかった記憶。

 いつも俺を起こしに来てくれた。

 いつも料理を作りに来てくれた。

 いつも一緒に帰ってくれた。

 いつもの光景。

 それは、当然なことと思っていたが、そうではない。特別なことだった。

 喧嘩したこともある。

 それでも仲直りした、懐かしい幼い頃の日々。

 それらは全て特別で、そう気づいたのは、……ひすいが離れていって初めて。


 俺は理解していた。……もう、彼女は放れて行ったと……。

 ショックが大きすぎた、なにせひすいが相手だと。

 あまりに、頭脳が、思考が崩壊を始めてしまい。

 「……おふぅ……。」

 息を吐いたような音を口から発して、やがて姿勢が崩壊してしまう。

 それは、決してため息ではない、気がとうとう口から抜け出た音だ。

 脳髄は、このショックに耐えられなかったのだろう。

 「およよ?余程ショックが強かったようじゃの?にょほほほ!これも試練だと思うがよい、青少年よ!試練を乗り越えてこそ、愛は強くなるのじゃぞえ!」

 そんな俺に、元凶は、さも真っ当な言葉を述べた。

 それは、あんたが言っていい台詞じゃない!!

 それが消えゆく意識の中、最後に浮かんだ言葉である。 

 謝りたいとか、そんなことよりも。

 元凶への恨みにつらみの言葉が浮かんでしまう。

 ……ああ、ひすい……。


 ……。

 一体いつ目が覚めたか分からないが。

 あるいは、どうやって戻ったか分からないが。

 気が付けば、俺はとにかく教室にいた。

 が、ひすいから浴びせられた暴言と。

 フラれたというショックで俺は集中もできず、顔すら上げることもできない。

 ひすいはというと、ずっと顔を伏せたまま。

 時折聞こえる鼻をすする音が、泣いているのだろうと理解できた。

 それが原因で、教室中は、無言で俺に圧力をかけてくる。

 ……俺が、彼女を泣かした元凶だと言っているのだ。

 その無言の圧力は、今の心には、非常に痛く突き刺さってくる。

 思わぬ痛みに、身を痙攣させながら。

 俺もまた机に顔を埋め、だらしなく涙を流す。

 もう、学校が終わるまでずっとそのままだった(涙)。 

 当たり前だが、その日の夜、ひすいからの連絡はなかった。

 ああ、俺は嫌われたんだな(涙)。

 そう感じたら、また涙がこぼれてきた。

 うぅ……。

 泣きじゃくりたい、子どもみたいに。

 そうして、心が洗われるなら、泣きたい。

 そうして。

 そうしてさ、また、ひすいと仲直りして……。

 しかしその淡い期待もなく、ひすいは学校が終わったら。

 そそくさと帰ってしまい、声を掛けられずにいた。

 「……。」

 その背中を見るしかなく。

 また、俺の背中にはとげとげしい視線が突き刺さった。

 「アホ文彦。デリカシーなし。」

 「?!」

 ああ、ついでにとげとげしい言葉も。 

 優しいものじゃないが、誰からも避けられた俺としては、マシだと。

 ……して、振り向いて見れば。

 マシじゃないと思う。 

 何せ声の主は、あのメスゴリラだもん。

 ああ。

 最悪に最悪だ。

 なお、流石に手は出してこなかったのは幸いだが。

 面と向かって、突き刺さるような。 

 非難するような視線は、軽く傷を抉った。



 …………

 ………

 ……

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