2話 猫神の呪い

 ん?

 猫の耳?

 少女はゆっくりと瞳を開き、俺をまっすぐ見つめる。

 「!」

 このまっすぐな瞳はまさか、さっきの設定だったら。

 俺に告白をしようという表れか?!

 つい期待に、口角が上がりそう。

 他方。

 現出して、俺を見るや、口の端が、にやりと笑んでいるように吊り上る。

 「我こそは、猫神。お主が7代目か。なかなかよい男に育ったものよの!我も嬉しいことよ。さて、7代目、千夜の名を継ぎし者よ、期限は近いぞえ。我が盟約、忘れたとは言わせぬ。今日までの栄えは、我が力と知れ。さあ、今後の繁栄のためには、古よりある盟約を果たすのじゃ!さもなくば、貴様を猫にしてやろうぞえ!!」

 獲物を見つけ。

 今にも飛び掛らんがごとく瞳を輝かせて嫌な言葉をその少女は紡いだ。

 「?」

 ん?

 今この少女、猫神とか言わなかったか?だとすれば、ザ・のじゃロリ。

 聞くや俺は、先ほど上げた口角が下がり、不可思議に首が傾げる。

 確か、親父の手紙では、だ。

 俺たちの一族に呪いをかけたのは、確か猫神と言ってなかったか?

 まさか。

 まさかとは、思うが、しかし、彼女自身も言っている。

 ならば、本当に俺たちに呪いをかけたのが、この少女。

 何だか、古い口調をしている割には。

 その姿とのギャップが可笑しく思えて、実感が湧かない。

 「……。」

 まさかな?と。

 少しだけ、ため息が出てしまった。

 「む!お主、我を馬鹿にしておるようじゃにゃ?!完全に信じておらんか!ならば、見せてやろうぞえ、お主の1年後の姿を。」

 「はあ、まあ……。」

 自称猫神さんの言うとおり、俺は従ってみる。

 一瞬光が俺を包み、通り過ぎたなら。

 頭に、スクリーンに映し出されるような映像が浮かび上がってきた。

 それは、俺の未来。

 そこで俺は、……猫にさせられていた。

 

 「……。」

 口ごもる俺。 

 マジで?そういう言葉だけが、今頭に浮かんでいた。

 どうやら、話を信じないといけないようで。

 従わなかった場合、俺は最悪その未来の通り、猫にさせられてしまう。

 「どうやら、理解したようじゃの!にょほほほ!ほれ、さっさとせぬと、お主は我の呪いによって、猫になってしまうぞえ。まあ、励むことじゃの、子作りに。今日の今日まで、我は何もせず見守っておったのじゃがの、それも限界じゃ。」

 「えー……。」

 威張る猫神、それを聞いて俺は怠惰な感じがした。

 その態度に対し、猫神は少々腹を立てたようで、眉間に筋を浮かべた。

 「まだ分からぬか、この痴れ者!お主は、このままだと猫になってしまうと、我は言うとるじゃろうが!」

 「はぁ……。」

 言われても、いまいちピンとこない。

 しかし、呪いを解こうとか、そういうの以前に。

 俺には恋人になれそうな人、とかいない。真剣な話、どうしようもないし。

 「……?」

 ん?

 ふと、何か考えが頭をよぎる。

 いや待てよ。

 この機会だから、誰かと近づき、カップルになって。

 結婚とか、そういうルートも悪くはないよな。

 少しだけ、にやりとしてしまう。

 なら、と頭を動かしてみようか。


 さて、誰がいいだろうかと考えて、最初に浮かんできたのは、幼馴染。

 家庭的で、いつも一緒にいた人物。

 よく家に来ては、俺の家を強制的に片付けたり。

 そして、見つけたエロ本について、小1時間説教があったり。

 料理を作ってくれたりする。

 もしかしたら、結婚してくれなんて言ったら、素直に頷いてくれるかもしれない。

 ……あ、いや。ここで留まっておこう。

 いきなり言ったら、当たり前だが、頬をはたかれたり。

 泣かれて脱走されたりする可能性がある。

 この場合は、冷静にことを運んでみよう。

 次に浮かんだのは、クリス。

 あのメスゴリラである。

 が、俺はその先、何か言って恋人、最終的には、結婚とかそういう想像をやめた。

 うん、ありえないな(キランッ!!)。

 あの男女、告白しようものなら、地雷原に自ら足を突っ込むようなものだ。

 俺だって、地雷がここにありますと書いてあって。

 足を踏み入れるほど馬鹿じゃない。

 あの女に告白したら、俺は絶対空中でバラバラになるほどボコられるだろう。

 ……それは、容易に想像できた。


 想像し終え、うん、全く脈ないやと、笑顔で改めて開き直った。

 ……はて、なぜだか涙が頬を伝うのだけれども。

 「……猫神さん、もう少し楽な方法はないの?無理です。ちょっと俺、あんまりモテませんので、もう少しソフトにしてくださいませんか?」

 「……お主、我が折角ここまでの道のりを説明していたのに、他の雌のことを考えておったのか?この、痴れ者がぁあああああああああああ!!!」

 このままでは、自分では達成できないと踏んで。

 猫神に頼んでみたのだけれども、彼女は余計額に筋を浮かべて、怒鳴り散らした。

 俺、どうやら自分の世界に入っていたようで。

 途中から猫神の話を聞いていなかった。それが、癪に触ったのだろう。

 「ええと、すみません!!すみません!!どうか、お命だけは!!

 「黙れ痴れ者!貴様に喋る舌なぞ持たぬ!!散れ!!」

 弁明するが、どうやら猫神には届かない。

 猫神は顔を伏せ、その闇から瞳を輝かせる。

 怒りの炎に満ちた色を発する瞳は、確実に俺を殺さんとしている。

 猫神が唸れば、空気は急激に圧縮されていく。

 一声咆哮したら、圧縮された空気は一気に膨張した。

 さて問題。

 急激に圧縮された空気が、解放され、一気に膨張するとどうなる?

 答え。

 俺がいる範囲を消し飛ばす衝撃を放つ。

 その急激な膨張により。

 俺の家は、いや俺自身は、その衝撃により吹き飛ばされていく。

 「ぎゃぁああああああああああああああ!!!」

 悲鳴上げる自分が、どうやら無事である。

 全く不思議なものだと、その中で思っていた。

 結果として、全身打撲を負った。

 家が倒壊する、派手な音が立ったと思い、命までも……。

 

 「……うぐぐ……いででで……。」

 と思ったが、はたと気が付いて、立ち上がる。

 あんな派手な音を立てられると、俺の命がなくなってしまうや。見渡すが。

 「……?」

 まるで、何事もなかったかのよう、家は静かな様相であり。

 何も壊れていない、隣の家の物音さえ、聞こえるほど。

 ついでに、あんな派手な音がしたにもかかわらず、誰も訪ねてこない。

 まるで、何事もなかったかのよう。 

 なぜにと、首を傾げて思案すれば。

 猫神が修復した模様、ということか。その結論を出す。

 あるいは、単なる夢か。夢であって欲しい。

 あんな猫神なんて存在、いるわけがない。現に今、いないし。

 「……はぁぁ。」

 溜息一つ。

 夢であるなら、何て悪い夢だ。

 現実であるなら、……なんてこったい!

 どちらにせよ、心地よくはなく、吐息として吐き出すが、いまいちだ。 

 「……で?決まったのかのぉ?」

 「?!ぎぇあああああああああ?!」

 残念……現実だった。

 背後からそっと話しかけられて。

 この静かな空間に、俺は絶叫を上げてしまう。 

 飛び上がって、見れば、先の猫神。

 ニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら俺を見ていた。 

 「き、決まったって?!」

 ……今現実だろうが夢だろうが関係なく。

 聞かれたこと、俺は反芻して返す。  

 「……決まっておろう?お主の恋人じゃ!」

 「?!……そんなの……!!!知るかっ!」

 なお、返答としては、やはりさっきからの続きだ。

 俺の恋人について。 

 もちろん、知らない。

 そう返すしかない。 

 半ば投げやりで、悪態だって続けそう、そんな雰囲気。

 「ほほぅ?んじゃ、今からお主を猫にしても、文句は言えんかいの?」

 「?!うぐっ!!……うぐぐぐぐ……。」 

 だが、動じることなく猫神は、呪いとやらをそのまま繰り返すだけで。

 俺は悪態を引っ込めてしまい、呻くだけに。 

 この、猫神が実在するってことは、現実?

 現実だろう。

 呻きの先に、俺は絶望を感じてしまい。 

 「ぬぅぅぅ……はぁぁぁ。」 

 だが、やはり絶望に俺は、溜息しか出せないでいた。

 

 ううむ。

 高校生活最後の夏は、どうやら波乱の予感がする……。

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