第19話 この世の肥溜めみたいな場所 その8

 アークランドからの応援は、わずか数分後に現着した。

 一部は自称偉人たちの事情聴取をはじめ、一部は円卓のボウルを壊して中のミニチュア人間を助け出していた。

 ボウルの人間は外の空間に出ると、元の大きさを取り戻す。そして治安維持局の隊員に掴みかかり、「次はどんな使命を遂行すればいいんですか!?」と、嬉々としながら訪ねていた。隊員は気のない様子で、「社会復帰プログラムをこなすんだ」と呟いた。


 青服たちが円卓を解体して、外へと運び出していく。その流れに逆らって、一人の男が城内に入って来た。

 豪奢なマントを羽織った青年だ。彼の引き締まった顔つきと無駄のない動作は、周囲に大人の余裕を感じさせた。男は真っ直ぐアイレム王を自称した老人にかけよると、頭ごなしに怒鳴りつけた。

「親父! こんなとこで何してるんだ! 承認判子を押す仕事が残ってるだろ! 隠居しても親父の肩書は王なんだ! 肩書に相応しい事が出来ないなら、王の座を降りてくれ! ったく。アークランドさん。後でこの件でお話をさせて頂きます」

 男は老人の腕を引くと、近くの隊員にそっと耳打ちした。

「はい。書類は作成しませんので、ご安心ください。公務の最中だと言うのに、御足労頂きありがとうございます」

「いえ。迷惑をかけますね……帰るぞ!」

 二人は城内から出ていく。


 入れ替わりに男女のグループが入ってくる。かなり酷使された薄汚れた鎧を纏っているのだが、かなりの名品なのか妖気に似た威圧感を放っている。それが装備者の覇気と溶け合って、無視できぬ存在感を醸し出していた。

 彼らは勇者を自称した男にかけよると、思いっきり殴り飛ばした。

「アーガス! 反省したかと思ったらこんな所に居やがったか! 英雄になったからと言って、何でも許される訳じゃないんだよ! 俺らの名誉は汚れてもいい! だがその名誉を騙る事で人を傷つけやがって馬鹿が! アークランドさん。こいつに公正な裁きを下してくれ」

「はい。英雄であろうとも量刑に影響はしません」

 男女のグループは、隊員に深々と頭を下げた。そして殴り飛ばした男から剣を回収し、引き返していった。


 またもや入れ替わりに、白衣を着た一団が入って来る。

 彼らの白衣は泥で汚れており、土と汗の混ざった凄まじい臭気を辺りにばら撒いている。だが瞳はここの誰よりも高い志に輝いており、芯の通った気高さを感じさせた。

 彼らは真っ直ぐ飢饉を救ったと主張した賢人にかけよると、嘆願を始めた。

「リュウ・ケンデン博士!? ここにいらしたのですか? あなたの功績は古いものですが立派なのですよ! 今でもあなたの教えを請いたい人はいます。古いトロフィーを見せびらかすのさえやめれば、何時だって引く手数多ですのに! アークランドさん。どうかこの通りです。一つお目溢し頂けないでしょうか? こんな姿他の人に知られたら……」

「ええ。元々ここにいること自体は罪ではないのですし、事情が事情ですので記録は封印されると思います」

 こんな調子で次々に偉人たちに引き取り手が訪れる。そしてそれすらない孤独な者は、聴取が済み次第逃げるように城を後にした。


 聴取は定則たちにも及んだ。

 赤服の指揮官がメモをペンでつつきながら、この場に相応しくない定則一行に近寄って来る。胸には勲章がちりばめられており、その下に『ギャレット』と書かれたネームプレートが刺してあった。手にするノッカーは次元治安維持局の中でも一番長く、そして多彩なリングが取り付けられている。

 どうやら彼が、この場の最高責任者の様だった。


「はぁい! 私、雁木真理ぃ!」

 真理はニンマリ笑顔と共に、ギャレットに挨拶した。

「良く分かったボーダーランド王家だな御咎めなしだ私に話しかけるな死ね。次。君は?」

 ギャレットは定則をペンの先で指した。

「あの……常盤定則です。地球と言う星のある次元の――これ通じますか?」

「問題ない。え~と……次元コードTDN11の惑星だな。だが分からんのは、君がここにいる理由だ。君ンとこの惑星、次元超越者協定に登録されていない。という事は次元の壁を破っていないという事だ。拉致されたのかね? あの娘と殴り合っていたように見えたが……」


 ギャレットは自分の背後を親指で示す。そこではククルーテが威厳も何も殴り捨て、別の赤服に顔を真っ赤にして叫んでいた。

 赤服は適当な文句を並べて受け流し、横目で隊員たちの作業の進捗を見守っている。俗にいう相手にされていないという奴だ。

 ルガマーテはと言うと、ククルーテが暴走するのを抑えるだけである。どっちが権威的か分かっているのだろう。


 定則は視線をギャレットに戻した。

「あの……真理の友達で――ここには自分の意思で来ました」

「何故自分の意思で――え? 雁木真理の? オトモダチ?」

 定則が頷くと、さっとギャレットの表情から感情が消えた。

 まるでゴミの分別をするように、定則を真理の方へと押しやった。

「行って良し」

「えぇ~。聴取とかなさらないんですか?」

「ほう。まともだな。でも雁木真理のお友達だろ?」

「そ~だよ。ホームステイ先だよ!」

 真理が定則と手を繋いで、腕をぶんぶん振り回す。

「うん。良く分からん。行って良し。御咎めなしだ。行け。お願いします」


 ギャレットは残ったエニスクへと向く。

「え~と君はオルべ……いやケルベか? 悪いがどっちか分からん。身分証明書を見せてくれ」

 エニスクはおどおどしながら、ククルーテが投げ捨てた履歴書を拾い上げた。それは隊員の雑踏にもまれて、くしゃくしゃになってしまっている。彼女は読めるようになるまで丁寧に、手で紙を伸ばしてから渡した。

 ギャレットは履歴書を流し見て感心したようだ。驚きに舌を巻いている。だがすぐに気まずそうに視線を伏せた。


「種族は了解した。それで君はここで何を?」

「あの……儂……仕事が欲しくて……ここには偉い人がいると聞き及んで、参ったですじゃ」

「そうか。履歴によると王家勤務経験があるようだが――どこの王家かね。ひょっとして君が、ボウルの中の人間を調達していた訳ではあるまいな……」

 ギャレットはエニスクを、訝し気に細目で凝視した。

「と……とんでもございませんじゃ。でも……その……儂が仕えていたのはボーダーランド王家ですじゃ。えと……十年……」


 ギャレットが瞠目した。

「ボーダーランド王家に十年仕えてただぁ!? え? ちょっと待てよおい! お前ボーダーランドは好きか!?」

「嫌いですじゃ。あの……そこのボンはまともなんで、邪険にしないでくだされ」

「ンなこたぁどうでもいい。次元超越者協定百十七条は何を定めている?」

「次元超越移民ですじゃ。ボーダーランド移民侵攻事件で、廃止になりましたじゃ」

「おま……おまちょ……えっ? マジで十年!? しゅごい! まともに受け答えしてるし、そこそこ優秀だぞ! しゅごいぞコレェ!」

「あの……誤解があるようですが……儂は七年しか仕えておりません。残りの三年は放置されてたので……」


「七年!? それでもしゅごいぞ! 普通あそこに仕えたら、その倍の年数を精神病院で過ごす羽目になるからな! あのクソ王族のマジキチな所は、それで職員ぶっ壊しても見舞金も何も寄越さねぇで、次の犠牲者を寄越せと宣うことなんだよ! なぁお前ェ!」

 ギャレットは真理に指を突きつけた。

「それはお父様に言ってよ」

「そいつは豚箱で臭い飯食ってるよ! ここ最近の俺の朝の日課が何か分かるか!? お前の親父の飯に唾を混ぜる事だよ! 言っとくが俺一人じゃないぞ! ジョッキ一杯の唾のカクテルが出来るほど、お前らへの憎しみが次元治安維持局に渦巻いているんだよ!」

「でも次元超越者協定に参加させてくれるじゃん」

「お前らが居なかったら次元超越者協定が維持できないからだよ! お前ンとこの次元を介さないとどこの次元にもいけねぇもんなァ! 何時かお前の次元を占領してやるから覚悟しておけよォ! それよりこっちが先だ! エニスクさんだったな! 仕事探してるんだってェ!? 嬢ちゃん! 次元治安維持局に入らないか!」


「じ……次元治安維持局……次元超越者の花形ですじゃ。身に余る光栄ですじゃが、儂……一度ハネられておるんですじゃ。オルべとケルベの雑種で……相応しくないと……じゃから……」

 ギャレットはエニスクの言葉を遮って、彼女の腕を掴む。そして城外へと引きずっていった。

「だから何だってんだ! 純血統しか誇る事のない口だけのカス共にこちとら給料盗まれまくってっからよ! 上のボケが何言おうか知るか! 血反吐撒き散らしてんのは現場の俺たちなんだ! いいから来い面接すっぞ! 悲願の対ボーダーランド部隊作り上げてやる! お前覚悟しておけ! アザトースの末裔だか何だか知らないが俺は絶対貴様らを許さんからなァ!」

 鉄扉を通る時、ギャレットは真理に中指を突き立てて喚き散らした。


「俺も数年後ああなりそう」

「ボウズ! 入隊枠開けといてやる! 今のうち情報収取に励めェ!」

 エニスクも鉄扉の先に消えていく。しかし廊下に出る直前で、定則に手を振った。

「ボ……ボン! ありがとう!」

 彼女は明るい笑顔を浮かべていて、定則を嬉しくさせた。


 ギャレットが去ると、残りの治安維持局の隊員も仕事を終わらせて、ぞろぞろと引き上げていく。最後に赤服の女性が、定則たちに声をかけた。

「あなたたちは解放よ。早く元の次元に戻りなさい。この子は暴行でしばらく拘置だから」

 彼女は杖を引いて、鉄扉を過ぎていく。

 杖のリングにはイエナが嵌められたままだった。彼女はリングを掴んで千切ろうとしているが、不思議な力を宿しているのかイエナの怪力をもってしてもびくともしなかった。


「旦那。私は強い雌だ。必ず自力で脱走するからな。手出し無用だからな。留置とかフザケンナ。雄が私の雄に手を出したのが悪いんだ! 聞いてるのかおい!」

 そうしてイエナは雄叫びの尾を引いて、赤服に引きずられていく。現場には定則と真理、そしてルガマーテ親子が残された。


 あれほど賑やかだった城内は静まり返り、円卓を失くしてがらんどうになってしまった。残されたククルーテは凍り付いたように固まり、焦点の定まらない眼を円卓のあった場所に向けている。ルガマーテは隊員たちの雑踏で、乱れた絨毯を整え始めた。

「ルガマーテ……ククルーテはショックですわ」

 おもむろにククルーテが言った。ルガマーテは仕事を放り出して、ククルーテにかけよった。

「そうですか……そうか! だが父さんがいるからな! 父さんが何でもしてあげるからな! だからお母さんの所に行かないでくれ! 私が全部面倒を見てやるから! ホラ。何して欲しいか言ってごらん!」

「ルガマーテ……お腹がすきましたわ」

「今すぐ用意する! 何が食べたい? 和食か? 洋食か? 中華か?」

「美味しければ何でもいいですわ」

 ルガマーテは急ぎ足で城の奥に引っ込んでいく。そしてすぐさま両腕に、寿司が盛られた皿を乗せて戻って来た。ククルーテは皿の寿司を一瞥すると、忌々しげに払い落とした。


「和食なんて、こんな贅のない食事食べられませんわ。肉を食べたい気分ですの」

「そうか、気付かない馬鹿な父親でごめんなア! すぐステーキを用意する!」

 ルガマーテはわたわたと落ちた寿司をかき集めると、城の奥へと引き返していった。

 定則はその背中を見送りながら、ポツリと呟いた。


「真理……俺もこのオッサン嫌いだわ……」

「でしょう!?」

「帰るか。ここにいてもしゃあねぇしな」

「でしょう!?」

 定則と真理は、城の噴水の前までやってくる。

 定則は疲労して、ぼぅっとたおやかな波紋を広げる噴水を見つめていた。しばらく時間が経ったが、真理は噴水にノッカーを浸そうとしない。定則は気になって真理を見ると、彼女は食い入るようにじぃっと定則を見返していた。


「なんだよ」

「ねぇ。何でククルーテに手加減したの? 定則顔赤いんじゃなくて、青くなってるよ。それ絶対内出血してるよ。なのにククルーテの頬、軽く赤くなってるだけだもん。ねぇ。どうしてどうして? 多分定則、殴り倒せたんじゃないの?」

「俺はぶち倒したかったんじゃなくて、あの高慢ちきな天狗の鼻――違うな、イカれたピーターパンのピノキオッ鼻をブチ折りたかっただけだよ」

「全然意味が分かんない。それじゃ殴られるために殴ったみたいじゃん。ムカつかないの? 殴られっぱなしでさ」


 定則は拳を掲げると、誇らしげに腕を叩いて見せた。

「は? 俺が勝ったんだぜ? 最高の気分だよ」

「はぁそれ何? 負け惜しみ言ってる訳でもなさそうだし、どうゆうこと? わけわかんない」

「ま。ゆっくり学べや留学生。お前にその気があるならな」

「あ。そだね。これからもお邪魔するよ」

 真理は噴水にエターナルノッカーを浸す。そして地球へと続くゲートを開けた。

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