第40話 忘れられない

 


  あれ以来、青木くんと会ってはいない。

  しかし、青木くん自体はTVにも引っ張りだこだし、雑誌の表紙を飾っていたりするから、どうしても目に入ってしまう。


 これじゃあ忘れられるものも忘れられないなぁ。

国外でも行こうか。そういえば、唐妻さんに、撮るだけ目的で一回南半球ぐるーっと旅行してきたらって助言もらったっけ。確かに見たこともないものを見たいし、撮りたい気持ちもある。

 

 案外、忘れるのって難しいなぁ、と紗枝はベッドに横になり天井をみた。




◇◆◇


 今日は結婚式の撮影だ。

 式場で雇われたカメラマンではないので、紹介がてら新郎新婦と式場に打ち合わせにいく。


 こういう幸せな撮影は、やっぱり楽しい。

 新婦さんは綺麗にとってあげたいなぁと思う。


 今回の式場は、コンサートや、それこそ祝賀会や、大きな会社の歓迎会なども行われる大きな複合施設である。

 高級感のある装飾や調度品に、華美な美術品は、上品で通るだけで目を楽しませてくれる。この虹色の光沢のある壁は、螺鈿らでんだろうか。綺麗だなぁ。自然物を撮るのも楽しいが、人の手がかかった物を撮るのも紗枝は好きだった。



「よろしくお願いします」

 新婦さんは妊娠中なようで、席をたち、トイレへ向かってしまった。つわりが酷いらしい。そのため、妊娠中でも無理のない進行でいこうという話になった。


 粗方、当日の流れについて話がついて、その後はウェディングケーキや、花、引き出物の話になったので、その施設の中にある石庭の庭を歩きながら話を伺う。小川にそっくりな演出がされており、黒や赤、白の色とりどりの小さめの鯉がひらひらと優雅に泳いでいる。

 新郎さんの溢れんばかりの笑顔を見ると、こちらも朗らかな気持ちになる。

 


 「楽しみですね」と新郎さんに話しかけていると、後ろから腕を掴まれる。


「ねぇ、結婚するの?」

 そうこちらを見つめるのは、青木くんだった。珍しく真剣な表情である。

 どうしてここにいるんだろう、と首を傾げると、「俺は……、仕事の関係でここに来てる。ねぇ、紗枝は?」只ならぬ雰囲気を感じたためか、新郎さんも「妻の体調が心配なので席を外しますね」といって、来た道を戻っていった。


青木くんと二人っきりになってしまった。

「もしかして、式場見学?」

「あ、うん。仕事でね」というと、青木くんはやっと、ほっとした顔で、腕を離してくれた。でも、見て。私どうみても仕事用の服装だし……ね。


「そっか。結婚式関連の仕事もするんだね」

「もちろん。そうだそうだ。そういえば、この間、実はね、最近は高木と楓ちゃんの結婚式の撮影もしたんだぁ。高木ガチガチに緊張してたよ。楓ちゃんはウェディングドレスがとってもかわいくて、もちろんイエロベースのカラードレスも最高に似合ってたよ」

「へぇ、いいなぁ。今度見せてよ。高木のガチガチが気になる。っていうか俺、呼ばれなかったなぁ」

「そりゃあ、高木は、ちょっと青木くんにはトラウマあるんじゃない?というか、呼んだら新郎新婦より目立っちゃいそうじゃん。青木くんが」

 青木くんのお披露目会になってしまったら、改心した高木も流石に荒ぶるだろうね。っていうか、案外甘い雰囲気でラブラブだったから、楓ちゃんの親友としてとても安心した。


 じゃりじゃりと玉砂利を踏みながら、青木くんと話す。


 そして、「あぁ、あの人は」と、青木くんに気付いた人がこちらを指さすのをみて、やばいと思い私は「またね」といって、彼の元を去る。


 青木くんは、少し寂しそうな表情をしていたが、そのあと、マネージャーの新藤さんが来てくれたみたいだ。上手くフォローして欲しい。


 彼は目立つ。以前より、もっと。

 そりゃあ、そうだ。CMにも出ているんだから。

 青木くんを見かけない日なんて、ないぐらい。

 接触も気を付けなければならない。週刊誌なんかにのったら恰好のネタである。


 さっきの新郎さんにも、口止めしとかないとなぁと紗枝は思う。


 スクープされたら困るから離れたね、と青木くんにメッセージを送っておいた。写真集を出してからの青木くんのメディア露出はかなり激しくなった。ちょっと売れているとかの次元ではない。


 あぁ、すっかり遠くなってしまったなぁと思う。

 しかし、びっくりした。偶然とはいえ、仕事中に青木くんと会えるとは。


 なんていうか、キラキラが凄かったな。

昔より、オーラが強いというか、あの凄んだ感じの表情もすっごく素敵だった。


 そして、何だかんだ青木くんの載っている雑誌は必ず購入してしまっている私。カメラマンとして良い被写体と思っているけど、普通に女子としてキャーキャーしてしまっている感が否めない。

 それに、なまじに連絡をとれているだけに、欲張りになりそうで嫌になる。彼女になったことはないけど、芸能人のモトカノってこんな気持ちになるのだろうかと分かった風に思う。


 家に帰ってから、ビールを片手に青木くんが出ているドラマを見る。青木くんは少しエロい犯罪者役だった。濡れ場もあって、しなやかな筋肉のついた上半身も露わになる。これは私だけじゃなく世の中の女子皆キャーキャー言うんだろうなぁと思う。青木くんの色気はある意味犯罪的だから、役柄にとても合っているとも思った。


 これ、この私の大事な一眼レフがあるから、こうして関わることになったけど、そうでもなければ、青木くんと話すこともなかっただろう。


 それに、一緒に出演している女優さんも、とても綺麗な女の子だ。学校に一人いるかどうかの美人な子である。青木くんと並んだら、すっごく絵になるなぁと思う。羨ましく思う。


 自分を鏡で見る。最近食生活も適当で、やや肉付きの悪くなってしまった体型。髪の毛も最近伸びてきて結っているので、その部分が痛んでいるような気がする。これといって、特徴の乏しい顔。外での撮影もこなしているので、日にも焼けている。


 あぁ、良くないと思った。気持ちが落ち込んでくる。綺麗どころの女優さんと、自分を比べたら気持ちが落ちることくらい分かるのに自分の馬鹿さ加減に悲しくなってしまう。


 まだ、昔の頃の方が、一途で素直で可愛らしかったような気がする。

この間、ホテルで青木くんと一緒に飲んだ時に、青木くんがお弁当食べたいなぁといった時に、昔の私だったら「作ってくるよ!」と速攻で返事を返していただろう。


 今の私は、そんな勇気もいない。

この恋心は、うまく消化もできず、かといって勝手に終わってもくれない厄介なものだと紗枝は思った。

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