第39話 どうしよう【青木くん視点】



 「写真集週刊売り上げ抜かれて悔しいです」テレビ収録で一緒になった某アイドルグループの女の子に話しかけられる。女の子はもじもじしながら「収録終わったら、ご飯でも一緒にどうですか?」と、潤んだ大きな瞳で話しかけてくる。


 「ありがとう。ちょっとね、今は大切な時期だから異性の子とは一対一でご飯にはいかないようにマネージャーから言われているから」そういって俺は断る。

 別に言われていないけど。


 紗枝が俺を撮った写真集は、予想より売れた。

 ファン投票1位になったアイドルグループの女の子の写真集より売れたもんだから、俺のメディア露出はさらに増えていく。


 「あー、紗枝に会いたい」

 そう用意された楽屋で、マネージャーの新藤しかいない場所でぽつりと言う。


 「いいですよ。祝賀会やりましょうよ。鈴木さんと青木くんと私で」と新藤に提案を受け、紗枝の仕事用の連絡先へ電話する。




 「祝賀会をやろう。マネージャーも呼んで」

 本当は二人っきりが良かったのだけど、ちょっと勇気ないからマネージャーの名前も出してみる。アシスタントの子も呼んで良いよといったら、アシスタントの子は南アフリカで撮影しているのでこれないらしい。


 「あ、実は俺も……出版社と打ち合わせ、間違っていれちゃったんでした。青木くんすみませんが、鈴木さんと二人で飲みに行ってもらっても良いですか」と新藤が気を効かせてくれたようだ。ありがたいけど、俺大丈夫かな。


 紗枝と二人。紗枝と二人……緊張する。


 悩み悩んで、昔スタイリストさんから買い取ったグレーのウィンドウペンジャケットに、ネイビーのパンツを身にまとう。フォーマルだけど、重くなりすぎない服装である。すっごく似合うと各所から褒められたから、俺に似合ってはいるだろう。


 「あー、青木くん。居た居た。お久しぶり、あれ、マネージャーさんは?」と紗枝がこちらへ寄ってくる。


 ――すっげぇ、綺麗……。


 髪の毛を珍しくまとめている。そして、ホルターネックワンピースだろうか。女性らしい綺麗なシルエットをしたシンプルなデザインのワンピースが、紗枝のスタイルの良さを際立たせている。ワンピースからでた肩から腕のラインが、美しく、俺は息を飲んだ。


 そういえば、こういう大人っぽい服装をした紗枝は初めてかもしれない。

昔はどちらかというと、可愛い系の服装だったしな。可愛くて、それも好きだったけど。


 撮影の時はシンプルな黒いジャケットとパンツスタイルばかりだったから、何ていうか、とても女性らしくて、いつも以上に意識してしまう。


 新藤に高級ホテルのラウンジを貸し切りにしてもらったから、ゆっくり酒を飲める。良かった。こんな綺麗な姿の紗枝は誰にも見せたくない。


 ぼーっとしていることを心配したのか、紗枝が首を傾げている。

見蕩れていたなんて、言えない。


 「あー、何か急用ができたみたいで、帰っちゃった」照れくさくて目線を若干反らしながら俺は返答する。


 「へぇ、忙しいんだね。マネージャーさんって」今回は気を効かせてくれたけど、実際マネージャーも忙しいんだよなぁ。



 「それにしても、今日の服―――よく似合ってる」

 俺は深呼吸をしてから、紗枝の服装を褒める。本当はもっと、細かく、褒めたいんだけどな。もう、俺、どうしちゃったんだろ……。頭、あつっ。


 「ありがとう。仕事の時は、かなりカジュアルだからね。私もこういうの久々に着たから緊張したよ」


 「髪の毛もアップしているけど、自分でやっているの?」


 「うん。簡単なのは自分でも出来るよ。くるりんぱとか」俺のために、ヘアセットしてくれたのかな。いや、別にこういった場所だからだろうか。あぁー。


 「――うなじ、細い。華奢で可愛い」

素直になりたい、そう思って俺は紗枝を褒める。ちょっとは、俺を意識して?


 「青木くん、どうしたの?!少しは自分の顔自覚した方が良いよ?軽はずみに女性にそういうこと言うもんじゃないよ。ったく、今日は沢山飲む!」

 そういって、紗枝はイスに座った。全然軽はずみじゃないし、こんなこと紗枝にしか言わないんだけどな……。ふぅ。俺も一緒に飲もう。元から酒には強い方であるので泥酔することはないだろう。俺は、マスターに、初めの一杯を頼む。


 「それでは、かんぱい!青木くん、写真集売り上げ、週刊ランキングトップおめでとう!」

 「かんぱい!いや、写真家紗枝だからね!俺一人じゃ、写真集は出せないから」


 「うふふ。おかげ様で私指名の撮影依頼いっぱい来て、嬉しいです!」 

 「俺は知名度さらに上がって、忙しくて、死にそうだけどね。いくつか、CMの仕事ももらったから楽しみ」


 二人きりでどうなることかと思ったけど、話すことは尽きなかった。

 近況については勿論のこと、卒業後のお互いの生活についても話をしていた。

 

 とっても、紗枝の話は面白かった。

 あれから、彼女も色々と刺激的な出会いがあったようだ。中には絶対紗枝目当てな男の話もあったが、鈍い紗枝だから問題はなかったようだ。

 俺としても、ヨウに誘われて海外に拠点を移して良かったと思う。語学に強くなったのもあるし、演技力についても格段に向上した。

 紗枝も短期プログラムで、マンハッタンにいっていたらしい。俺も同時期近くにいたからちょっと会ってみたかったかも。小心者の自分が悲しい。


  そして、高校の頃のことを二人で思い出す。

 「あの時さ、弟くんが入ってこなかったら、紗枝と付き合っていたのかなぁって思うよ」と、酔った勢いでいってみる。さて、どう反応するだろう。と思ったら、


 「そういえば、弟、結婚したよ!!あとさ、びっくりしないでね。楓ちゃんと高木が結婚した!!」と流されてしまった。しかし、楓さんと高木が……。

 「うわっ、何故?!楓ちゃんと高木って、すっごい険悪じゃなかった」

 「ねーー、びっくりした。高校卒業してからも連絡とってたことにも、びっくりしてる」


 「まぁ、男女の仲は色々あるもんなぁ」そういや、よく高木と楓ちゃんが裏庭あたりで逢瀬しているの見かけた。

 「そうだ。そういえば、青木くんを追いかけていたあの先輩……名前なんだっけかなぁ」

 「あー、鴨川先輩?」

 「あ、そうそう。鴨川先輩だ。この間、赤ちゃん連れて歩いているのを見たよ。優しそうな旦那さんと。なんかすっかり落ち着いちゃってて、本当に鴨川先輩か、二度見しちゃった」

 懐かしい。今だったら笑い話だけど、昔は鴨川先輩で胃が痛くなるくらいには悩んだな。そっか。同級生や上級生でも、もう、結婚していたり、子どもがいたりする人がいてもおかしくない年齢だよな。


 「あとは、タロウは亡くなっちゃったかな」そっか。胸にずーんとくる。

 「うん、でも長生きできたよ。それに、子どもがいるから、実家には今フレンチブルドッグが二匹。騒がしいよ。相変わらず泣き方下手だけどね」

 思ったより、紗枝が落ち込んでなくて安心した。


 「不思議だね。昔より、青木くんおしゃべりになった気がする」

 考え込むような青木くん。

 「無口な方なんだけど、なんでだろうな」


 「青木くんもお酒を飲むと、テンションがあがるタイプなのかなぁ」

 俺はザルなので、酒を飲んでも何も変わらない。目の前に好きな子がいて、いっぱい話したいからテンション高めだと言いたい。


 「紗枝、そういえば――まだ名前で呼んでくれないの?」

 砕けた話し方でも、相変わらず青木くん呼びされて、少し悲しい。


 「うーん。仕事と使い分けるの苦手だからなぁ」紗枝が複雑そうな顔をする。でも、善一郎って呼んで欲しい。距離を感じて切ない気持ちになる。


 「そういえば、ここの窓ガラスすごいね。夜景がまるで、大きな絵画みたい。カメラ持ってくれば良かったなぁ」そう紗枝に話を移されてしまった。これは、しばらくかかりそうだなぁと思った。難しい。どうしたら、俺を名前で呼んでくれるんだろう。


 確かに今日は大気も澄んでいて、夜景が一層綺麗にみえる。窓ガラスの縁が額縁に見えないこともない。俺はカクテルを口に含む。


 「紗枝は根っからのカメラマンだね。一緒に仕事してさ、すごいなぁって思った。俺の中で、紗枝はのほほんとした雰囲気だったからさ。きりっとしててカッコよかった。――お互い変わったね」そう、紗枝はかっこ良い。レンズで見つめられると、逆に俺がゾクっとするくらい。


 「スタジオにはいって、のほほんとできるほど私、心臓強くないです。カメラマンの仕事はやりたい人が沢山いるからね。結構な競争社会なんだよ」


 「そっかぁ。紗枝も色々あったんだね。俺の知らない時期に」

  自分が悪いのは分かっている。ヨウに指摘した通り、俺は自分の将来について紗枝に打ち明けることができなかった。嫌われると思っていたから。


 「それにしても、青木くんの写真集すっごい売れ行きだね。発売日本屋でファンの人が長蛇の列で並んでいたのをみて、びっくりしちゃった」


 「俺もびっくりした。日本での活動再開したばかりだから、そんなに売れるとは思ってなかったんだけど。マネージャーも驚いてたよ。今日の急用もそれについてらしい」増版が決定しており、所属事務所も出版社も大喜びである。


 「そっかぁ。眩しいなぁ。でも、こうして、一緒にお仕事できるんだから、カメラマンという仕事選んで良かったよ。―――青木くんと出会ってなかったら、この道、選んでいなかっただろうし、本当に感謝している」そう、紗枝がこちらを見て笑う。

 

 すごく、嬉しい言葉をいってもらっているのに、胸が締め付けられそうに苦しい。

もしかして、俺は、紗枝にとっては過去になりつつある?


 「はは。そうなの?それは、嬉しいかも。―――じゃあ、写真集の第2弾出すときに、またお仕事依頼していいかな?」そう俺は、頼みの綱と言わんばかりに、次の仕事を紗枝に依頼する。


 「もちろん」そういって、紗枝は目の前のカクテルを一緒に飲み干した。


 紗枝の中の俺って今、どんな感じなんだろう。

 仕事の依頼主?過去の友人?ねぇ、俺を好きだったこと思い出して?


 「あのさ……。紗枝が撮った写真だから、こんなに売れたんだと思うよ。―――はい。ご褒美」といって、俺はカクテルに浮いているスタッドオリーブを人差し指と親指でつまんで紗枝にあげる。


 紗枝は自然に目を閉じている。そして、口を開く。


 「懐かしいな」

 「そういえば、青木くんご褒美で飴やチョコを口の中にいれてくれたよね。だからか、反射的に目を閉じちゃった」紗枝が懐かしむようにくすくすと小さく笑う。


 「もっと欲しいくらいの量で止めてくれるのが、またご褒美っぽくて良かったよね」


 「あー、俺は、また紗枝の作ってくれたお弁当食べたいなぁ」そして、一緒に食べたい。一緒にいたい。


 「お弁当かぁ、そういえば作ったなぁ。あの時は一生懸命だったなぁ。早起きして、青木くん喜んでくれるからなって、毎日そればっかりだった」


 「そうだよね。紗枝はあの頃、俺のことばっかり見ていたよな」それが、嬉しかった。見られれば見られるほど、積み重なるように、紗枝を好きになっていったのを思い出す。

 ねぇ?もう、前みたいに、夢中で仕方ないって感じで俺のことを見てくれないのかな。その黒目がちな瞳で、俺をずっと見ていてくれたら良いのに。


「ね。一歩間違えれば、ストーカーみたいだったよね」紗枝がばつの悪そうな顔をしている。


「俺は、嬉しかったけど」もっと、見てくれ。夢中になってくれっていつからか思うようになった。


「そっか。ふふ。若かったなぁ。ああいう風に誰かを想えることって、貴重だって今は思う」


「今は好きな人……いないの?」


「うん。いないかなぁ。仕事も詰まっているから、そういう相手も欲しいとも思わないし」良かった。


「そっか。俺もだよ。仕事が充実していて、8年間突っ走るように過ごしてきた」だから、紗枝しか好きじゃない。


「そっかぁ。お互い夢を叶えたもんね」紗枝が、ふふっと笑う。


「俺さ、紗枝は美容師を目指す俺が好きなんだと思ってた」


「あの時は、あんなに美容師になるために猪突猛進していたのに、どうしたんだろうと思ってたよ」やっぱりそう思うよな。急に進路変更しすぎたよな。自分でもこんなに芸能界に惹かれるとは思ってもみなかった。


「そうだよな。俺自身も、美容師をあんなに目指して頑張っていたのに、ヨウの仕事ぶりを見てたら鳥肌が立って、ああ、俺は人を変身させるほうじゃなくて、こっちがしっくりくるって思った。それに、ヨウに話しかけられるまで、芸能界をかなり無理やり引退したことを思い出して、芸能界は俺には無縁のものにしていたんだけど、戻ってみたら、ここが俺の居場所だって思ったんだ」

 そう素直な気持ちで、あの時、紗枝に伝えれば良かったんだろうな。


「無理もないよ。カメラマンの私からしても、青木くんは最高の被写体だもの。それに、舞台も見たけど、かっこよくて鳥肌たった。青木くんは求められているものに気付き期待以上に叶えるがすごいよ。それに演技力も凄かったよね」

 

「ヨウには感謝しているよ」そういうと、紗枝がちょっと切なそうな表情でこちらを見る。あ……れ。俺、間違った?


「―――そろそろ、帰ろうかな」

「もう帰るの?」と引き留めると、紗枝は「うん。明日も仕事だから」といって、席を立ってしまう。


「そっか」これ以上、引き留めるのは難しいと思った。そして、自分が言葉選びを間違ったのだろう。

「うん、何だか撮りたい欲が青木くんのおかげで湧いてきたよ」重版おめでとうといって紗枝は、流れるような動作でジャケットを羽織って、去って行ってしまった。



「ああ……俺やっちゃったかな」そうバーカウンターに突っ伏す。火照った頬が冷たくて気持ちいい。何でだろう。伝えたい気持ちが、たくさんあったのに、全然伝えられなかった。


まだ好きなんだ。

ずっと一緒に居たい。


言おうと思ってたセリフのほとんどが、本人を目の前にすると口に出せなかった。


仕事以外で会ってもらうのは、もう難しいかもしれない。


「うっ……ぐっ……」なんで、泣きそうなんだろう。俺。

初老のバーテンさんはそれを見ぬふりして、グラスを拭いている。


苦しい。欲しい。紗枝のことが。

嗚咽が止められなくて、かっこ悪いな俺。―――そして、次の撮影が、紗枝に自分の気持ちを伝える最後のチャンスかもしれないと思った。



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