第38話 俺だけを撮って【青木くん視点】

 写真集撮影会当日。

 あぁ、めちゃくちゃ眠い……。

 3日間あけるために、仕事をキツキツにしたせいで、目を閉じたら眠りの世界に行けそうである。


 「よろしくお願いしまーす」眠気の中だが、期待を滲ませながら、俺は紗枝の元へ駆け寄る。


 「うわぁ、眠そうだね」紗枝が心配そうにこちらを見る。うっ、やばい。周りからみても、そう見えるかな。今日の撮影大丈夫だろうか。

 「ちょっと日陰で、目瞑って休んでなよ。マネージャーさんの方とも話したいことあるから」と労わってくれる……。紗枝は優しい。


 30分程だが、仮眠することができ頭がすっきりする。

 よしゃあ、頑張るぞ!


 それからは、ずーっと紗枝に撮られてた。めちゃくちゃ、嬉しい。

 海の波打ち際で、水をかける。

 砂浜で寝転んで、甘えるように見つめるポーズ。

 南国っぽいハワイアンブルーのジュースにストローを2本差し、片方のストローから飲む。

 紗枝は黙々とシャッターを切ってる。隣にいるアシスタントの子はキャーキャーいってるけど、紗枝は真剣な表情で撮影に取り組んでいる。


 ど、どうしよう。

 思ってたより、仕事っぽい。

 そりゃあ、仕事だけど、てっきり甘々な雰囲気の中、撮影に取り組めるのかなぁと思ってたんだけど、紗枝の本気がヤバイ。


 でも、こういう芯がしっかりしている所も、好きなんだよなぁと思う。


 しっかり、紗枝の仕事に答えなければと俺も本気を出していく。

 俺の目が一番生かせる表情。

 骨格が綺麗に見えるポージング。

 彼女の仕事に答えるために、海外で勉強してきたんだから。


 紗枝はPCで撮りためた写真を見ている。

 俺もそれを一緒に見ていた。肩が触れそうな距離で少しドキドキする。

 「これもいいね。あと、どうするこれも入れる?」アシスタントの子とマネージャーも含め、皆で大まかに取捨選別していく。


 「うーん。どうしよう。写真集にするには、もうちょっと枚数欲しい?」と言われ 「まだ時間あるから、今度は浴衣デートな感じを撮りたい」と駄々をこねてみた。

 ってか、なんなら紗枝とデートしたい。

 マネージャーも、アシスタントの子も乗り気だったので、急いで浴衣をレンタルする。


 「紗枝は着ないの?」と促したら「え、何いっちゃってんの。着ないよ。撮りづらいじゃん」と当たり前のように言われてしまった。そうだよね。うん。知ってるよ。なんで、期待しちゃったんだろう俺。ってか、昔の紗枝の浴衣姿を思い出す。可愛かったな。あの時、一緒に写真に撮れば良かったと今頃思う。


 俺の肌色に一番合いそうな藍色の浴衣を身にまとう。

一人で浴衣って何か空しいとぼつりと呟いたら、マネージャーの新藤が「俺で良ければ」とノリノリで声をかけてくれた。

 「んー。大丈夫」

 嬉しいけど、まっちょな新藤の浴衣姿を見てもなぁ。


 今の紗枝は以前より大人っぽい。

 体つきも出ている所はでていて、それでいて腰つきは細く、以前より、そそるなぁと思う。

 浴衣似合うだろうなぁ。って俺どんだけ紗枝に浴衣着てもらいたいんだろう。思考が顔にでないように気を付けたい。


 ちょうど、近場でお祭りが行われているようなので、主催団体に撮影許可をもらう。沖縄は撮影場所になることが多いからか、わりとすぐ許可をもらえるから助かると紗枝が言っていた。


 はぁ、撮影もいいけど、お祭りを純粋に楽しみたい気持ちになってくる。

 そういえば、もう随分休暇をとってない。


 お神輿の中で、太鼓を叩いている人がいる。楽しそうだ。あと、赤い提灯も沢山ぶら下がっている。


 俺は、恋人を誘うように、手を伸ばす。カシャ。

 かき氷をあーんしてあげる。カシャ。

 腕筋が格好良く見えるように、射的をする。カシャ。

 たこ焼きをあーんしてあげる。カシャ。

 金魚すくいを失敗して、困った顔。カシャ。


 すかさず撮ってくれるのは嬉しいけれど、ちょっとは意識してくれたら良いのに。

紗枝は黙々と写真を撮っていた。


 綿あめを食べたあたりでお腹がいっぱいになる。

 また眠い。そして、新藤が残った綿あめ「俺好きなんですよねー!」と嬉しそうに食べている。


 金魚すくいをしていて、思う。

 これが、デートで、金魚を紗枝にプレゼントできたら良いのにって。


 予想から外れ、紗枝は俺のらぶマジックにかすりもせず、PCを眺めながら取捨選択をしている。

 あぁ……、胸が苦しい。


 一緒にいられて嬉しかった。

 紗枝が仕事頑張っているのが、よく分かった。その熱量も。

 だけど、思ったより、紗枝が遠い。



 「お疲れ様でしたー!!」

 そして、三日間はあっという間に過ぎてしまった。

そりゃあ、ちょっと皆でご飯を食べにいったりした。ソーキソバ食べたり、ラフテー食べたり。あと、二日目の泊まったホテルがラグジュアリーな砂浜付きのホテルだったから、紗枝を夜に誘おうかなと思ったら、爆睡してしまった自分……。悲しい。



 「良い写真集になりそうですね」そうマネージャーの新藤に言われて「そうだな」と俺は返す。紗枝の後ろ姿を見送る。一緒に仕事を出来たの、純粋に嬉しかった。


 そして、俺がこの仕事を頑張っている間、紗枝もカメラマンのお仕事にひたむきに取り組んできたのが分かった。

 ―――紗枝にとって、良い被写体になれたかな。


 「なーに。切なそうな顔してるんですか」そうバシっと新藤に背中を平手で叩かれる。「痛ぃ……」


 「この写真集、売れますよ。絶対に。だって、あんな瞳の青木くんみたら、皆堕ちるはずですから」

 「んー。本当に堕ちて欲しい子は中々堕ちてくれないんだけどね」そう自嘲気味に言うと、「仕事相手ですから、彼女だって気を付けていたんだと思いますよ」と謎の励ましを受けた。


  ふぅ。次の接点はどうしよう。

 「いっぱい売れたら、祝賀会やりましょうよ。鈴木さんも呼んで」そう含みのある笑いをしながら新藤が俺を奮い立たせる。

 「あー、そうだな。なんかやる気出てきたかも。ありがとう新藤」目標って大事だな。

 「どういたしまして。こちらこそ、青木くん聖人みたいに色恋沙汰まったくないので、逆に心配していたくらいです。高校生から一緒ってことは、もしかして―――ずっと片思いだったんですか?」そう新藤に言われ、「あの時は両想いだったと思う」とぽつりと俺は話す。


 離れてしまってからも、俺の心の中には、紗枝がいたと思う。

だから、キツい稽古も耐えられた部分がある。だけど、いざ紗枝に想いを伝えようとすると酷く臆病になってしまって、仕事で自信をつけてもそれは変わらない。

 もしかして、今更モーションをかけても意味がないかもしれない。仕事相手にしか見てもらえない未来も容易に想像できる。

 

 「俺には、今でも両想いに見えますけどね」

 「は?紗枝は俺に興味ねぇだろ」

 「だって、すっごく楽しそうでしたよ。撮るの」

 「そりゃあ、カメラマンだからじゃねぇの?」

 「そっかなぁ。俺には、青木くんだから撮りたくて堪らないって顔に見えましたけどね」そう新藤は、紗枝たちが去った通行口を見ながら、言ってくれる。


 「まぁ、こんな空港で話す話でもないんで、帰ったら飲みにいきましょう」そう促されて、確かに空港で話すには、長すぎる内容だな、と俺は思った。


 東京に帰ってきて、俺は新藤とお酒を飲む。

 「うーん。青木くんって、本当に惚れさせるしか能がないよね」と新藤はあきれている。だよな……。

 「その時、鈴木さんは、青木くんから将来のこと聞きたかったんじゃないかな」急に進路を変えたことで後ろめたい気持ちがあったけど、紗枝は聞いてくれようとしていたような気がする。

 

 「……もう、駄目かな」そうデーブルにうなだれる。

 「根性あるんですから、プライド捨てて、ぐいぐい行くしかないんじゃないですか」とマネージャーらしからぬアドバイスを頂いた。

 「新藤マネージャーなのに、そんなこと言っちゃっていいの?」

 

 「変に未成年の女の子や、人妻に手を出すよりは、一人の女の人をずっと愛しているほうが、今の時代好印象ですからね。しかも、貴方、かなり綺麗な女優さんやカワイイアイドルの子にモーションかけられているのに、全然相手にしていないじゃないですか。このままだと、ろくに誰とも付き合わないまま人生終わるんじゃないかと思うと不憫で……」と、明らかに可哀そうな眼差しでこちらを見る。

 

 「俺だって分からねぇよ。なんか、紗枝以外……欲しくなんないんだもん」そりゃあ、この女優さん目鼻立ち整っているなぁと思ったりするけど、俺だって整っているし、ただの仕事相手だしなと思う。


 「うまく……いくといいですね」そう新藤に言われて、「いく気しない」と弱音を吐く。考えてみたら、昔紗枝に好きって言われて、今夢に夢中だからと断った癖に、その美容師の夢をいとも簡単に捨て、こっちの仕事しているから、本当俺ってどうしようもないなぁと思った。

 

 でも、紗枝を好きなの、どうしてもやめられないんだ。

 「素直に気持ち伝えた方が良いですよ」と貴重なアドバイスを頂く。


 素直な気持ち。

 俺だけを見て欲しい。俺だけを撮って欲しい。俺とずーっと一緒にいて欲しい。

 気軽に話すには、内容が重たすぎるよな。


 でも、もし紗枝が俺の気持ちに答えてくれるならば、今度は絶対に――離さない。



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