第37話 傍にいるための嘘【青木くん視点】
舞台をしながら、観客席にいる彼女の存在に気付いた俺は深く安堵した。
「――紗枝!!」舞台を終えた後の高揚感に加え、紗枝が来てくれたことが嬉しくて、マネージャーの新藤が連れてきてくれた彼女を抱きしめようとするも、寸での所で避けられてしまう。
「ど、どうしたの青木くん?」
不思議そうな紗枝。何故、ここに呼ばれたのか分からないんだろう。でもさ、そんなにびっくりしないでよ。高校の時、己惚れるくらいには仲が良かったと思うんだけど。はぁ。
そして、俺なりに、紗枝のアパートから自分のマンションへ帰っている間に、必死に考えた。どうしたら、紗枝との繋がりを失わずに済むのかということについて。
「え、昨日の約束覚えていないの?」
幸い、演技は得意分野だ。紗枝を騙すのくらい簡単だ。俺は少しショックそうな表情をし、縋るような目で紗枝を見つめる。
「ほら、紗枝、俺が写真集出そうか迷っているっていったら、私が撮るよって言ってくれたじゃん」
真っ赤な嘘だった。そんな会話をした事実は、勿論ない。
覚えていないという紗枝に「困ったなぁ」と勿体ぶって言う。
「スケジュールもう確保しちゃったのに」そう言った時、紗枝の後ろにいる俺のマネージャーが「何いっちゃってるの。こいつ」という、非常に困った顔をしていた。新藤……本当、ごめん。
どうにか、紗枝を丸め込むことに成功した俺は、メイク室でメイクを落とす。新藤には、「スケジュールいっぱいですよ。どうするんですか」と言われたが、どうするも、こうするも、そんなのスケジュールキツキツで頑張るしかないに決まっているだろ。
はぁ、俺はため息をつく。すげぇ、必死だな。自分。もちろんカメラマンの夢を叶えた紗枝に写真集をとってもらうのは俺の夢でもあった。だけど、それ以上、会えなくなるのが嫌だった。接点がなくなるのは、嫌だ。
今日は写真集の打ち合わせの日。来い。早く来い。そう思いながら、紗枝を俺は自分のマンションで待つ。
「……え、えっと、カメラマンの鈴木です」来た。
俺は慌てる気持ちを落ち着かせ、サンダルを履いて、エントランスホールへ降りる。
紗枝は黒い襟付きのジャケットに動きやすいパンツ姿で現れる。今日は打ち合わせなのにも関わらず、何というか隙のない姿である。まぁ、かっこいいけどさ。
迎えにいった俺は、「え、大丈夫だよ。迎えにこなくても」と素っ気なく言われ寂しくなる。すっげぇ、楽しみにしてたから。俺。
「だって、もしこんなの記者に撮られたら」って周囲を確認しながら、焦っていて、ほっとした。そういうことか。でも、大丈夫だろう。そんな首からカメラ下げている女性がまさか、交際相手だと思う人はいないだろう。
機材を持ってるので、「少し撮るの?」と言ったら、「マネージャーさんに、雑誌で使いたいから写真集への意気込みの原稿を渡しつつ、写真撮ってきてと言われた」と言っていた。新藤め。俺を通して連絡させてくれれりゃぁ良いのにと、ちょっと恨めしく思う。
まぁ、マネージャー通すのが、当たり前なのは分かっているけど。ずるい。
俺は、紗枝をソファーに座らせて、温かいお茶をいれる。彼女が好きだったアップルティーである。
しかし、まぁ、紗枝が俺の部屋にいる。その事実が、素直に、嬉しくてたまらない。
「これ、私好きなやつだ」と紗枝が笑って、カップに入ったお茶の香りを楽しんでいる。その光景に、心がホクホクする。
「覚えているよ。紗枝の好きなものくらい」忘れるはずもない。全部、覚えている。
「こうやって、青木くんと一緒に仕事できるなんて、カメラマンになったかいがあったよ」温かなお茶でリラックスしたのか紗枝は意気揚々と話している。良かった。こうして、普通に話せるのが本当に嬉しい。
「まずは、海で撮影。そのあとは花火大会で、そのあとは―――」
寝不足の中、考えてきた写真集の構成の希望を伝えると、紗枝はくすくす笑ってる。
「まるで学生生活の振り返りみたいな内容盛り込んできたね」
あ、本当だ。まるっきり……、俺ってば。恥ずかしい。はぁ。
「あー、笑ったなぁ」紗枝が楽しそうで、嬉しい。
「あとは、運動会と、女装もいれないとね!」と紗枝に言われて、運動会するには良い大人だし、女装もガタイが良いから抵抗があるなぁと思った。でも、紗枝が撮りたいなら、いいかも。
あぁ、ずっと話していたいなぁ。
「で、どこの海にする?」そう紗枝に聞かれる。
ずっと撮影していたい。
「南極かな」
「くはは。行くのに時間かかるし、帰ってくるのにも時間かかるし、製作費もかかりすぎる」と、紗枝はまだ笑いが止まらないようだ。
「いいじゃん。もっと、ずっと懐かしい話していたい」
駄目だろうか。もっと話したいんだ。そして一緒にいたいんだ。紗枝と。
「はいはい。青木くん、ラブマジック発動しないの」そう紗枝に呆れたように言われる。
早く発動してくれたら良いのに……そう思う。
撮影は沖縄に決定した。彼女と過ごせる時間が楽しみで、多忙な仕事も張り合いが出る。
願わくば……そう。
この時間稼ぎの間に、紗枝が俺を再び好きになってくれますようにと祈る。
自身初の写真集への意気込みを教えて下さい。
えっと、そうですね。今回、俺の好きな女の子に撮影してもらうので、頑張ってメロメロにしたいと思っています、なんてことをかける筈もない。
俺はテーブルの上にある原稿を眺めながら、ぼーっとする。ペンを持つ手が中々進まない。
今回の写真集について、企画はびっくりするぐらいスムーズに進んだけれど、俺としては下心みたいなのしかなかったようだ。本当駄目人間だな。俺。
カメラマンになった夢を叶えた彼女は、より一層魅力的だった。昔より、もっと好き。仕事に集中したいのに、最近は紗枝のことばかり考えてしまっている。
あぁ、放したくないなぁ、と思った。
自身初の写真集への意気込みを教えて下さい。
多くのファンの方への感謝の気持ちや愛を、写真を通じて伝えたいと思いました。そういった無難な文言が書いていながら、紗枝に感謝の気持ちを伝えたいと思った。
紗枝がいなければ、俺はまだ周囲に諦観を持ち、ひねくれて生きていただろうから。そして、モデルや俳優業も行っていなかったと思う。
それに、初恋を拗らせているから、恋愛も初級者である。あぁ、自分の力量不足が辛い。
ヨウに、紗枝と写真集を撮影することになった旨を連絡した所、
「お前な。相手を好きにさせることも大事だけど、お前の気持ちを伝えるのも大事だと思うぞ」とアドバイスをされた。
確かに、俺は、紗枝が俺を好きだったことに胡坐をかいていたかもしれない。素直になりたいと。どう伝えたら良いんだろうか。
「好きだ……」そう素直に言えたら、楽なのに。そう俺は思った。
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