第32話 青木くんと一緒にお仕事

 紗枝は、舞台のチケットを見つめる。

 明日の、最後の回かぁ。急いで移動すれば見に行けそうである。

 先日と同じ企業に呼ばれ、カメラマンとして、料理の撮影をする。それを終えて、荷物をアシスタントの子にお願いした後、紗枝は電車に飛び乗った。


 青木くんの舞台かぁ。なんだか、嬉しい気持ちでいっぱいだ。

 チケットの席も良い席で、すっごく楽しめそうである。


 内容は鬼の悲恋の話で、鬼になってしまった青木くん演じる虹の松が、最近話題の女優さん、冴島葉さん演じる人間の女の子珊瑚に惚れていくという作品である。


 はぁ、すごいと私はため息をついた。


 愛など知らない鬼が、人間の女の子と一緒に暮らすことで愛というものを知っていく。そして、紆余曲折はあったが、二人は食べるもの、食べられるものの垣根を超えて、人生を共に過ごすことを誓ったという内容であった。


 鬼の青木くん、尊い。

 あんなに、綺麗な鬼なら食べられたいと、老若男女問わず観客は思ったと思う。

 女優の冴島葉さんも、目を惹く美しさだが、それ以上に青木くんは美しく気高く鬼を演じきっていた。


 紗枝は気付いた。

 そうだ。青木くんは、外見もすごいが、声色も凄かったなぁと。舞台だからこその迫力だった。


 青木くん演じる鬼の口から、血のような塗料が垂れてきても、不気味というよりかは、耽美だなぁという感想を抱いた。表情も、声も、演技も背筋がゾクゾクするぐらいすごい。


 そして、こうして観客席からでだったら、青木くんのことを見ていても、大丈夫だなぁと紗枝は思った。ここの位置からみるのが一番落ち着く。



 舞台が終わり、舞台を見終えた余韻に浸っていると、知らない男性に話しかけられる。

「どうしましたか?」

「あの、ちょっと来てもらえますか?」


 そう言われて、私は関係者しか入れない会場の奥に連れていかれる。

「え、ど、どこ行くんですか?」


「ここです」そう言われて、私はドアを開ける。



「――紗枝!!」そういって、青木くんは私に抱き着いてくるが、それを私は器用にかわす。外国から帰ってきたためか、青木くんがまるでヨウみたいにフレンドリーになってしまった。


「ど、どうしたの青木くん?」


「え、昨日の約束覚えていないの?」そう青木くんは困ったように首を傾げる。

 約束?したっけ。


「ほら、紗枝、俺が写真集出そうか迷っているっていったら、私が撮るよって言ってくれたじゃん」

 私ったら、記憶はないのに、結構おしゃべりだったらしい。

 会話を楽しむスキルが、酒で磨かれてしまうのだろうか。


「全く覚えてない」そういうと、青木くんは困ったなぁとあきれている。


「スケジュール確保しちゃったのに」そう言われると、折れずにはいられなかった。

 日程がかぶっていたカメラのアシスタントをキャンセルするために、先輩カメラマンに連絡すると「青木善一郎の写真集?うわ、いいなぁ。こっちは気にしないで、本気でがんばってこい!」そう背中を押してもらえた。



 ピンポーンと、住所を辿って立派なマンションのインターホンを鳴らす。

「……え、えっと、カメラマンの鈴木です」そういうと、エントランスの透明なガラスドアが開く。

 そして、エレベーターのボタンを押す前に、青木くんが自宅用のラフな服装で降りてきた。


「え、大丈夫だよ。迎えにこなくても」というと、青木くんは少しシュンとしていた。

「だって、もしこんなの記者に撮られたら」って言っていて、自分自身もカメラを持っていることに、ちょっとクスクス笑ってしまった。撮られる方じゃなくて、撮る方だと分かりますよね。これで。まぁ、機材をこんだけ持っているから、恋人とは勘違いされることは、とりあえずないだろう。


 「それ重い?持とうか?」と青木くんが心配してくれた。

 「標準装備だから大丈夫だよ」むしろ、機材をもって青木くんが怪我したりするほうが怖い。



 その日は、青木くんのお部屋で、写真集の打ち合わせをすることになった。

「ゆっくり話せて良いでしょ」といって、青木くんは温かいアップルティーを出してくれた。


「懐かしい。これ、私好きなやつだ」と思わず、口から出てしまう。


「覚えているよ。紗枝の好きなものくらい」目を細める青木くんを見つめるだけで、じわりじわりと心の中が満たされていく気がする。

 青木くんは相変わらず、優しいようだ。


「こうやって、青木くんと一緒に仕事できるなんて、カメラマンになったかいがあったよ」

 当初は、青木くんの美容室の特集でも組んで、青木くんが手掛けた髪型のモデルさんを撮影すると思ったら、まさか青木くんを撮影するなんてね。人生色々なことがあるなぁって思う。でも、嬉しい。仕事のパートナーになれるなんて。


「まずは、海で撮影。そのあとは花火大会で、そのあとは―――」


「くすくす。青木くん、まるで学生生活の振り返りみたいな内容盛り込んできたね」


「あー、笑ったなぁ」


「あとは、運動会と、女装もいれないとね!」というと、青木くんも腹がよじれるかのようにゲラゲラ笑ってる。ファンの人には見せれない姿かな。

 なんだか、普通に友達としてもやっていけそうな雰囲気だ。


 友人として、ファンとして、できるだけ青木くんを引き立てる写真が撮りたいと思う。

 結局、青木くんの要望をきいて、まずは海で撮影することにした。


「で、どこの海にする?」


「南極かな」


「くはは。行くのに時間かかるし、帰ってくるのにも時間かかるし、製作費もかかりすぎるよ」


「いいじゃん。もっと、ずっと……一緒にいて、懐かしい話していたい」


「はいはい。青木くん、ラブマジック発動しないの」そういって、真面目に話を進める。

 仕事なのを忘れそうになるが、ある程度顧客との距離は大事である。


「うん。じゃあ、沖縄で撮影しようか」



 一か月後、三日程、撮影の時間がもらえることになった。


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