第31話 再会とけん制
無事、撮影も終わり、皆で打ち上げをすることになった。
中々こういう賑やかなのも楽しくて、好きだ。
居酒屋を貸し切っているからか、ゆっくり楽しめそうである。私はとりあえず、知り合いのカメラマンさんの隣にちょこんと座る。
今、話題の綺麗な女優さんに、かっこいい俳優さん。面白い芸人さんまでもいる。そして、舞台の小道具さんや、メイクさんなど。
話を聞くのは楽しい。
とてもわくわくする。みんなで何かを創り上げるって本当尊いものだなぁと思う。
駆けだしの俳優の男の子が話に交ってくる。
「うわぁ、鈴木さん。もし良かったら、俺のこと撮ってくださいよ。いくらでも練習台になりますから」と元気溌剌である。
隣のカメラマンさんの顔をみると「どうぞ」といった表情をしていた。
「それでは是非。最近、静止物ばかり撮っていて、たまには人を撮りたいと思っていたんです」
「あはは。じゃあ予定合わせてデート、いや、撮影会しましょうか」と俳優の男の子と連絡先を交換した。カメラマンの友達を何人か揃えて、お金を払って、撮影させてもらうのも良いなぁとふと思う。
「いいなぁ、それ混ざりたい」
そういって、割りいってくる人がいて、駆けだしの俳優の男の子が「えぇえ!」と後ずさる。
近くの人が、「青木くん、スケジュール詰まっているから無理だよぉ」とケラケラ笑っている。
「―――久しぶり」と青木くんが、若干気まずそうな表情で私に耳打ちしながら隣に座った。青木くんがこちらを見ている。
首が熱くなるのを感じて、私は目の前のウーロンハイをぐいっと煽った。
「……久しぶりだね」飲まないと、耐えられなさそうだから、酒をたらふく飲むことにした。
青木くんがこちらに来たので、あちらから青木くんに誘われて人が数名こちらに移動してきたためか、それに代わって駆けだしの俳優の男の子が遠くへ散っていった。
目の前の料理を見つめる。
うずらの卵の串刺し、枝豆。唐揚げ、ポテト、たこわさび。隣のことは気にしない。
「ねぇ、こんな所で会えるなんてな」そう青木くんが私を嬉しそうに見つめる。
「――驚いた。海外に行っていると思ってたし」帰ってくるのも、何となく知ってたけど、こんなに早く、しかも、まさか会えるなんて。
「まだ、怒ってる?」
なんて、ことを話しているんだ、と周りをみてみたけど、案外ガヤガヤしており注目されていないようだ。
「怒ったことなんてないよ」本当だ。
「じゃあ、何で俺の目見てくれないの?」青木くんは寂しそうに話す。
「だってさ、青木くん見ると惚れちゃう魔法かかっちゃうじゃん。なんだっけ、昔話してくれたラブマジックだっけ。それにかかりたくないから、レンズ越しでしかもう見ないことに決めてる」
幸い私はカメラマン、被写体としてなら、どんな美しい男と対峙しても怯むことはないだろう。おかしな気持ちを抱くこともない。
「へぇ……そっか……。じゃあ名前では、呼んでくれないの?」
「うん。誤解されたら困るしね」
その時の青木くんの目が、穏やかな表情の中に静かな怒りを宿していたことに私は気付かない。
だって、目を合わせないようにしていたから。
「ふぅん、そっか。」
しばらく、仕事で睡眠不足だった。
だからか、お酒が身体によく回ったようだった。
「へ、あ、ここどこ?」
起きたら、走る車の中にいた。後部座席で、私は何かに凭れ掛かって寝ていたらしい。
とても、良い匂いがするなとクンクンすると。
「――懐かしい。まだ、俺の匂いを嗅いでくれるんだね」そう頭上から、声が落ちてきて、私は目を見開く。私が凭れ掛かっていたのは、どうやら青木くんだったらしい。なんという厚かましさだろう。残念な自分。
「あ、ごめんなさい。とても、気持ち良く寝ちゃってた」そう謝る。まだ、頭がフワフワしてしまって、気持ちが良い。
「はは、紗枝はお酒弱いんだね」
「ん、疲れていたからかな。最近、色々仕事入ってたから」
「仕事順調?」
「うん、途切れないくらいには、仕事きてるよ。一応、これだけで食べてる」と紗枝はカメラを指さす。
「そのカメラ、高校生の時、誕生日プレゼントでもらっていたカメラと一緒?」
「うん。他にも持っているけど、結構良いカメラだし、気に入っている。使いやすいし。レンズは昔より種類持ってるよ」
「いいなぁ。ずっと紗枝と居られたんだ。そのカメラは……」
「青木くん、もしかして酔ってる?」
それか、海外でそういった口説き文句を覚えてきたんだろうか。以前の青木くんが決して言わないであろう台詞だ。
「本心だよ。それに、俺はお酒は強いから」
ふと、青木くんも大人になったからお酒が飲めるんだ、と思った。
「そっか。お互い大人になったね」考えたら、青木くんの声はより一層低くなったし、身長も少し伸びた気がする。
懐かしいな。
青木くんの制服姿を思い出す。
私にとって青木くんは、高校3年生の頃で止まっている。
「髪、切っちゃったんだね」と残念そうに、首筋にかかるの私の髪をいじる青木くん。
指の感触を懐かしく思う。そういえば、青木くんに髪を結ってもらったっけ。そんなこともあったな。
「うん。撮影には邪魔だし、中々セットできなくて。傷んでしまうのが嫌で短くしたんだ」
そういえば、長い髪を青木くんは気に入ってくれたっけ。とても、綺麗とよく褒めてくれていた。
考えてみれば、青木くんが褒めてくれたのは、髪くらいなものだったかもしれない。
「そっかぁ。せっかく綺麗だったのに」と言われても、どうしようもない。
青木くんが変わったように、私も変わったのだから。
正直、見た目に気を使えるほど暇じゃないのだ。夜遅くからの撮影、現像、そして、撮影。間にアシスタントの仕事もいれているから、本当に毎日眠い。
それに比べると青木くんは、年齢などさほど経っていないかのように、綺麗な肌をしている。輝かしい瞳。漆黒の髪は、艶やかで綺麗である。こんなに、プライベートの瞬間も、カッコいい人がいるんだなぁと紗枝は思った。
「ヨウとは最近連絡とっているの?」返事に困ったので、こちらから質問することにした。
「あー、ぼちぼち。あっちでは一緒に仕事したりもしたよ。来年あたり、例の彼女と入籍するらしい」
「へぇ、そうなんだ。めでたいね。そういえば、青木くん、ヨウに恋愛対象にされているって勘違いしてたよね。はは。懐かしい」
「あ、そんなこともあったね。でもさ、あいつさ、誤解されやすい行動するよね。海外育ちだからか」
「ふふ。それ青木くんが言う?距離感ミスりやすいタイプなのは青木くんの方でしょ」
と笑うと、「そんな間違ってたかな?」と青木くんは記憶を掘り出しているみたいだ。
「うん。あれじゃあ、皆惚れちゃうよ。青木くんに」現に私も惚れていたしねと思う。
「好きじゃない人に好かれてもね……」相変わらず、周囲の過剰すぎる目線は好きではないかもしれないと紗枝は、思った。
「モテる人は大変だね」
「紗枝も、さっき駆け出しの俳優の男の子たちに言い寄られていたじゃない」
「あー、あれはね。ああいった駆け出しの子は、カメラマンに対して結構積極的に来るよ。カメラマンから仕事紹介してもらえるケースもあるしね」
「紗枝はまだ鈍いの?」
「え?どうして」
「仕事もらうんだったら、紗枝の先輩のカメラマンさんのほうに行った方が早いでしょ」
確かにそうである。
「心配だね。紗枝はなんでそんなに鈍感なんだろう」
そんなに、鈍感だったのかな、と考えるけど、お酒が回っているようで、思考力がだいぶ下がっているようだ。それに、青木くんに心配してもらうような立場でもない。
「でも、鈍感なのもそう悪いことではないかも……、好意に気付いてもらえないなんて、辛すぎて、逃げたくなるからね。―――まるで、俺みたいに」
頭がフワフワする。
「でも、もう......離さないから」青木くんが何かを喋っていたけれど、眠くて最後まで聞くことはできなかった。
起きたら、自分のアパートだった。
記憶はないが、誰か連れてきてくれたんだろう。
誰だろう、仲が良くて住所を知っているのは、小道具の女友達くらいだろうか。
机には、昨日打ち上げした舞台のチケットが置いてある。
「嬉しい」紗枝はにんまりする。ズキン、頭が痛み、二日酔いだと自省する。
それにしても珍しい。酒には弱いが、記憶を飛ばすほどではなかったのに。
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