第30話 卒業式とその後
◇◆◇
卒業式の日は、一点の曇りもない快晴だった。
会場へ向かう際に、青木くんとすれ違う。
私は、静かに首を下げ挨拶をする。
何か青木くんは言いたげだったけれど、お互い話すことはもうないことに彼も気付いているはずだ。これから別々の未来を歩んでいくのだから。
振り返ると、三年生になってからの一年は、瞬く間に時間が過ぎた。
青木くんは違うクラスでも問題なく楽しくやっているようだ。
高嶺の花過ぎて、完全に鑑賞対象になっており、ある意味身の安全が保たれている。
やっぱり、同じように目立つヨウの存在が大きいかもしれない。
「うちの学校は二人も有名なモデルさんがいて凄いよねぇ」そうクラスメイトに話しかけられて「そうだねぇ、目の保養になっていいよねぇ」と返す。
観客でいれば苦しくない。ただ、いまだに青木くんを見つけてしまうと、胸がちくんと痛い。少しづつ忘れていきたい。この胸の痛みも。
運動会は、圧倒的に青木くんのクラスが優秀であった。
うちのクラスは、文化部の子が多く、成績は振るわなかったが、それなりに楽しい思い出になったと思う。
秋に行われた文化祭は、うちのクラスはお化け屋敷だった。
楓ちゃんが高木を小突いて、おばけ役をさせていた。楓ちゃんと高木の関係が最近気になる。仲が悪そうに見えて、その実、良さそうなので不思議に思う。
冬になると私は、自分たちのの卒業アルバム作りのため、写真を沢山とった。
もちろん、青木くんやヨウも撮った。
以前のように、青木くんは甘えるような……心を許した表情でこちらを見ることもない。どこか、寂しそうにこちらをチラチラみてくれたりはするけれど、私はその視線に気づかないふりをした。「せっかくだから笑顔でいこう!」そういうと、朗らかな笑みで、撮影させてくれた。
編集作業をしている時、ヨウがこちらに笑いかけてくる。
「ねぇ、案外紗枝って臆病なんだね。日本人は皆、こんなにも臆病なの?」
「日本人がみんなそうかは分からないけれど……私の場合はそうかもしれない」そういうと、ヨウの綺麗な色彩の瞳が大きく開かれる。はぁ。我慢していたのに、涙が止まらない。
「はぁ、好きになりすぎていたのかなぁ。全然色褪せなくて、青木くんの笑顔が」というと、ヨウが困ったような表情で、私を抱きしめてくれた。
熱い涙が頬を伝う。
卒業式の後、軽くクラス会をして、帰路を辿る。
こうして、私の初恋は痛みを伴って終わった。
これからは、雑誌でしか青木くんに会えなくなるだろう。
ちなみに、私は青木くんと一緒に行く予定だった大学を取りやめて、関西にある芸術大学に入学することにした。尊敬するカメラマンの唐妻先生におすすめされた大学だ。
そこで、勉強しながら、写真を勉強していきたいと思った。
連絡先は、消して、新しい電話番号を取得する。
そうしないと、いつまでも、連絡を待ってしまう自分が怖かった。
何を期待しているんだろうね。いい加減、私も前に進まなきゃいけないのに。
◇◆◇
そして、私はそれなりに充実した大学生活を送った。
初めての一人暮らし、大学の近くの写真館でアシスタントをしたり忙しい日々だったが、沢山の友達と思い出を作ることができた。
でも、新しい恋だけはできなかった。
あの時、失恋して、私の人生の恋をすべてを使い尽くしたかもしれない。
「ねぇ、鈴木さん。今日、少し手伝ってもらいたい、仕事があるんだけど」
そう知り合いのカメラマンさんに声をかけられて、カメラアシスタントとして現場に向かう。
「良かった。アシスタントさんが、体調不良で休みで困ってたんだ」
「いえ、午後は暇していたんで大丈夫です。で、概要だけ教えてもらえると助かります」
「今日の被写体は、外国で活躍している日本人モデルさんだよ」と話を聞く。
「へぇ、それは楽しみですね」
最近は、レストランのメニューの撮影だったり静止体の撮影ばっかりだったので楽しみだ。料理の撮影も奥が深くて好きだけど。知り合いの子にレフ板を持ってもらい、メインが際立つように撮影をするのは何とも楽しい。
前の仕事が押してしまい、少し遅れてしまったかと思ったがセーフだったらしい。慌てて、知り合いのカメラマンさんに駆け寄る。
「ほら。ちょうど、紗枝ちゃんと同い年くらいかな。とても、綺麗な男性だよね」そう言われて、まさかと思った。
「あちらでは、結構有名になってきてね。こっちで舞台の勉強をしたいってことで、最近、日本に戻ってきたみたいだよ」
忘れたくても、有名だと情報が流れてくるんだ。
青木善一郎。日本に帰ってきて、舞台に出るらしい。舞台のチケットは即完売。
―――そっか。本当に、帰ってきていたんだ。
「今回は、舞台のポスターの写真。気合が入るよねぇ」と言われ「はい」と紗枝は穏やかな表情を作った。
久しぶりにみた青木くんは随分大人びていた。
成長途中の危うさはもうない。以前よりがっちりとした筋肉質な体つきはしなやかで、色っぽい三白眼は相変わらずだ。ワイルドなヘアスタイルがとても似合っている素敵な大人の男性になっていた。
モデルだけではない、演技力も抜群にあると海外の方でも定評がある。
久しぶりーと、気軽に声をかけることもできず、私は淡々と撮影のお手伝いをした。
青木くんの瞳は、レフ板を持つ私を見て、一瞬少し驚いたようだけど、今は撮影に集中しているようだ。
もう会うこともないと思っていたのに、カメラマンと、芸能人というだけで案外会うこともあるもんだなぁと私は思った。
そして、綺麗な魅せ方だ。相変わらず。というか、以前より洗練されている。
見られる才能もあるけど、青木くんなりに試行錯誤して努力したんだろう。
今の私はカメラの撮影の邪魔になるので、長い髪を鎖骨にいかないくらい短くした。そういえば、髪くらいだったような気がする。青木くんに褒められたのは。
「私も撮りたいです」そういうと、「いいよ。その代わり、横流しはNG。後で俺に見せて」とカメラマンさんに言われる。
レンズ越しだと、冷静に青木くんを被写体として見れる。
とても、良い。青木くんの夢は叶ったんだ。そして、私の夢も―――。
スタジオを去り、後日撮影した写真をカメラマンさんに見せると、「紗枝ちゃん、……好きになっちゃった?」と聞かれてた。はぁ。写真に私情がでちゃっていたかな。紗枝は、頬をかきながら「そう……見えますか?とすれば、余程魅力的な被写体ということです」と言い訳をした。
私は自分のアパートにかえり、ほぅっと、温かい紅茶を飲みながら、現像した写真を見る。
色々なことを大学や仕事で学んできたけれど、恋というものの正体が何なのか、さっぱり分からなかった。
見た目への執着?自分のものだという優越感?相手を想う通りにしたいと思う醜い独占欲?
どうしても、恋がキラキラと人を輝かせてくれる宝石のようなものだとは思えなかった。それよりも毒のように精神を蝕むものであるように思える。
撮影時の青木くんを思い出す。
会えて嬉しいと思った反面、胸が締め付けられるように苦しかった。
時間が過ぎたのに、その痛みは以前と変わらないなんて。
こんな気持ち、捨ててしまいたいと思うのに――なかなか消えてくれない。
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