第29話 青木くんが遠い
◇◆◇
青木くんに連絡しても、返事がそっけない。何でだろう。寂しい。
初詣も誘いたかったのになぁと紗枝は思う。
でも、楓ちゃんと二人でお着物をきて、初詣できたから良しとしたいと思う。
「ねぇ、紗枝は青木とどうなの?」
「どうって、クリスマスはディナー食べてケーキ食べて、それだけかな」
「え、それだけ?」
「あ、ネックレスもらったよ。これ」と楓ちゃんに見せる。
「へぇ、さすが青木。センスがいい。とりあえず、プレゼント交換は成功したんだね」
「うん。帽子、青木くんが持っているのと被っちゃったけどね」
初詣が終わった後、二人でいちご飴を食べる。中の苺が冷えていて、とても美味しい。お母さん、綿あめ好きだから買って帰ろうかな。
「紗枝は青木に好きって言わないの?」
「うーん。一回振られて以降はちょっと勇気がね。また振られたら、流石に立ち上がれない」
「へぇ、それだけ青木のこと好きだってことか」
「うん……」
青木くんの行動で一喜一憂してしまう、自分にまだ戸惑ってしまう。
ネックレスがもらえるなんて、期待してしまう自分がいる。
少しでも、特別……だと嬉しいなぁと思う。
そんなこんなで、あっという間に冬休みが終わってしまった。
◇◆◇
そして、肝心の進路についてだが、青木くんが志望している大学に通いながら、写真の勉強をしていこうと思った。しかし、青木くんは、その大学へ本当に行くつもりがあるのだろうか、そう紗枝は疑問を持つ。
有名なカメラマンさんが撮影した青木くんとヨウのツーショット写真は、全国でかなりの部数を誇るファッション雑誌の表紙になった。当初は、ヨウの一週間の服装特集で数ページの予定だったが、大幅なページ数の増量、そして極めつけは飛び入りなのに、雑誌の表紙。雑誌の表紙を飾る意味。それは競争のトップに立ったということである。青木くんのモデルとしての久しぶりの仕事は、大成功であった。
発行部数もかなりいったようで、電車にも青木くんとヨウのツーショットが載り知名度が一気に高まる。
教室は、青木くんとヨウの2ショットを見たさに、他学年の子まであふれんばかりである。
目立ちたがらず、美容師という夢にひた走っていた青木くんはどこにいったんだろう。今の青木くんは、誰よりも目立っており、モデル業に専念している。
その後も、カメラマンさんのスタジオに出入りしているらしく、他の雑誌でも活躍が見られるようになってきた。
土日祝日、青木くんが勤めている美容室にいっても、彼はいない。
「そうだね。モデルのお仕事が本格的に、忙しくなってきちゃったみたいでしばらく休むって」と店長さんは残念そうに発言した。
――ねぇ、青木くん、あんなに美容師になりたがっていたじゃない。
そう声にしようとしても、声がでない。
モデル業も、俳優さんに言い寄られて辞めたけど、青木くんにとっては大事な夢だったんだろう。そして、ヨウはそんな青木くんの秘めていた夢を引き出す能力があるんだなぁと思った。私には思いつきもしなかった。
ヨウに屋上へ呼び出される。青木くんは今日は仕事で学校を休んでいる。
何、ヨウ。わざわざ、こんなところでと声に出す前に、ヨウが口を開く。
「紗枝……さなぎが蝶になるのは嫌?」風になびく私の髪を指で遊びながら、そうヨウが語り掛ける。
私は振り返ってみたものの、答えようにも、喉が乾燥して、何も答えることが出来なかった。私の元を飛び立つなんて、悲しい。
だけども、綺麗だったから。
飛び立つ蝶は。
彼は、幼虫のエサとなる葉っぱでもない。
さなぎを守る繭もない。
空中を自由に、優雅に舞う蝶なんだと、紗枝は思った。
「善一郎くん、大丈夫?」
最近、青木くんはぼーっとしている。
「あ、うん。考え事していて」そうやって、青木くんは考え事をする時間が増えていった。
一言でも良い。
モデル業と美容師の勉強との進路で迷っているでも良かった。
相談してもらえたら、きっと安心することができた。
例え、青木くんの存在がどんどん遠ざかっていたとしても。
「何か、迷っていることがあったら相談してね。少し気が楽になるかもしれないし」
相談してもらえない苦しさに、自分からそう言って窓口を開いておく。
だけど、青木くんは私を頼ってくれない。
「ねぇ、紗枝。もしかして、紗枝は青木が遠くにいってしまったと思うかもしれない。けどね、元から彼のいる位置はあそこなんだ」そうヨウに慰めるように言われて、胸が壊れそうに痛くなる。
自分がガラスで出来ていたら、割れて粉々に壊れてしまっていたかもしれない。
青木くんの、目まぐるしく変わる環境の中に、私の存在は必要なのだろうか。
「ねぇ、善一郎くん。私も写真を撮りたいなぁ」そういうと、青木くんは机につっぷしながら、こちらに朗らかな笑みを浮かべて愛らしくピースしている。
やわらかな陽の光が絶妙な自然光となって、青木くんを照らす。
はぁ。
綺麗だなぁ。
夢の邪魔にはなりたくないなぁ。
青木くんを好きな気持ちだけが増長してしまって、止まらないよ。
――これ以上は、傍にいられない。
この写真を大事にしよう、そう写真を整理していて思った。
「ありがとう!大事にする。……この写真」そういって、私は教室を後にした。
涙があふれてくる。こんなに写真の中の青木くんは心を許してくれているはずなのに、私に自分の夢を教えてくれない。
ねぇ。そんな大きな夢なら教えてよ。私に。知りたいよ。
現像した写真を見る。
こんなに、青木くんは綺麗なのに。
私の心は汚い。青木くんが、蝶として飛び立てないようにする理由が頭をぐるぐるしている。
美容師としての夢は嘘だったの?あんなに目立ちたくなさそうだったのも嘘だったの?そんなこと、言ったって嫌われる運命しかないと思った。
そんな中、私たちは高校三年生になった。
青木くんとヨウは同じクラスになり私は違うクラスになった。
楓ちゃんが同じクラスで、ほっとしたのもあったが、寂しさを感じる。
青木くんはモデルの仕事が忙しいようで、一緒に下校することは少なくなった。
また、食事もかなり自己管理したものを自分で作ってくるようになった。
あぁ、疎遠になるのはいとも簡単だ。
私と青木くんを繋いでいたものはなんだろう、と紗枝は思った。
私の熱意。執着。
白いフレンチブルドッグに、美容室、教室。どの思い出を振り返っても、この関係は紗枝の一方通行であったと思う。
「うーん、ちょっとね。最近、青木くんもヨウも有名になりすぎて、ちょっと一緒に弁当食べる勇気がでない」と話すと、青木くんとヨウに告げると残念そうに「そっか」と言った。
これは、嘘じゃない。
有名な二人といることで、かなりやっかみを買うことはよくあった。
それに、青木くんとは会わなくても、雑誌を買えば会えるもんね。へへへ、と思いながら、紗枝は涙をこぼした。誰にも見られないところで、ひっそりと。
クラスが違えば、距離を保つのは容易だ。
楓ちゃんと楽しく話し、新しいクラスメイトに馴染んでいく。
自分にも夢中になれるものが欲しくて、首からストラップをかけ、無心でカメラを撮り歩く。夕焼けに朝焼け。仲良さそうな小鳥の番。赤子の手を握る老婆の手。閑散とした街。眠れない夜は、寝ずに朝の空を撮った。
三年生の夏、久々に青木くんに花火に誘われた。
「ヨウは?」そういうと、「ヨウは仕事だって」と言っていた。
最近、青木くんと二人で会うことは滅多になくなっていた。
ドキドキよりも緊張が勝ったかもしれない。
母に、浴衣を着つけてもらう。今回は藍色に夕顔が咲いているような大人っぽい柄のものにしてもらった。
私は髪を久しぶりに、かつて青木くんが勤めていた美容室で結ってもらった。
待ち合わせをする。
青木くんは去年と同じ浴衣を、とてもかっこよく着こなしていた。
歩くと、「あの人、見たことある」と通りがかりの人が青木くんに注目しているのが分かった。
昔の私だったら、どう思ったんだろう。
「有名なモデルさんと歩いていて良いでしょ」とでも、思えただろうか。
ははは。自嘲した。
顔で惚れた。青木くんの見た目で惚れたのに、私は何をがっかりしているんだろう。
私だけが知っている青木くんの魅力が色々な人に知れ渡っちゃったのが、嫌だった?
それとも、相談もなく夢を変えてしまった青木くんに、絶望した?
好きな人と一緒に歩いているはずなのに、胸が苦しくてたまらなくなる。
泣くのをずっと我慢していた。
私は自分が嫌いだ。
青木くんが、自分で決定して、華麗に飛び立っていくのを、快く思わない自分の存在に気付く。そして、青木くんの夢の先に、自分がいる未来が思い描けなかった。
「ねぇ、青木くんと花火打ちあがったの、一緒に撮りたいなぁ」
そういうと、青木くんは「いいよっ……」と、優し気な瞳で、こちらに笑いかける。
胸が苦しくて仕方がない。
目の前の青木くんが綺麗すぎて、すぐ触れられるくらい近いのに、遠く感じる。
「撮らせてくれて、ありがとう」そういって、青木くんを見つめる。
青木くんは、打ちあがる見事な花火をぼーっと見ている。
「ねぇ、進路どうするの?」
敢えて避けていた質問を青木くんに投げかけてしまった。青木くんから、教えてもらえるのを待ってたけど、待ちきれなかった。
「えっと、海外の方に誘われていて、そっちに勉強しようと思う」
「そっか。モデルのお勉強?」
「うん。色々海外で勉強して、色々な国で活躍したいなぁって思ってる」
「美容師は?」
「紗枝、もしかして、がっかりしている?」
そんなにがっかりしている顔をしていただろうか、もう、青木くんの傍にいたくない。そんな顔を青木くんに見せたくない。
「ううん。将来のことは青木くんの自由だから」そういって、泣かないために夢中で打ちあがる花火を見つめた。
「そっか……」
「寒くなってきちゃった……そろそろ、帰ろう?」そういって、私に今できる一番マシな表情で、青木くんに告げる。
もう以前のように手をつなげたらと、ドキドキすることもない。
触れたいという気持ちより、この気持ちに一刻も早く終止符を打たなければ、耐えられないような気がした。
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