第28話 クリスマス
◇◆◇
タロウと散歩。白い息を吐きながら歩道を走る。
この間、葉っぱが黄色や橙色に色づいてきたなぁと思ったばかりなのに、今では乾燥した枯れ葉が路上に落ち、冷たい風に巻き上げられている。
「タロちゃん、さむいねっ」そういって、タロウの重力に逆らえなかった頬をムニムニ揉む。黒目をキラキラさせているのが可愛すぎて、紗枝はポーチからタロウのお気に入りの、さつまいもスティックを出す。
上手におすわりが出来たので、おでこから、尖った耳まで優しく撫でる。ハァハァと荒い息を吐きながら、タロウは安納芋で作られたらしいそれを美味しそうに食べている。
今日は、確か青木くん出勤日だったはずと思い、紗枝はちょっとだけちょっとだけと、青木くんのアルバイト先の美容室を通る。
「あ、あれ、青木くんいないなぁ」と首を傾げると、それに気づいた店長さんがドアをあけて話しかけてくれた。
「あぁ、鈴木さん。今日は青木くん撮影入っちゃったみたいよ」
あれから、カメラマンさんに気に入られた青木くんは、たびたびお仕事として撮影に呼ばれるようになった。
美形の有効活用になってはいるけれど、何というか、青木くんが皆のものになってしまったようで、ちょっぴり寂しい。
「そんな顔しないで」
そういって、可愛いフレンチブルだねといって、私の隣のちっこいタロウを、店長さんは柔和な笑みで見つめた。
「お茶しない?」と言われて、紗枝が隣の相棒を見ると、「うちの妻が見ていてくれるから」と言ってくれて、紗枝はこくんと頷いた。
「こうして、じっくり話すのは初めてだね」
温かいココアをもらったので、それを両手で温める。私はこくりと頷いて、店長さんの話に耳を傾ける。
「青木くんね。ここで、アルバイト頑張ってきたじゃない。最初来た時に、何かを渇望しているような表情で髪切りに来てさ、すっごく綺麗な子だったから、モデルとかやってた?って聞いたら、今までのこと色々教えてくれたんだ。私生活でモテて大変だったことは可哀そうだなって同情したよ。でも、それより残念だったのは、モデルの仕事をあきらめるために、嫌いになろうとしていた所だった。僕にはね。モデルの仕事について、青木くんが俺は本気じゃないし、とか、誰でもできる仕事だって、自分をごまかそうとしているのが、すごく気になった。だからね。じゃあ、モデルさんを惹きたてる仕事はどうかなって誘ってみたんだ。美容師の世界にね。すっごく気の利く子だし、器用で努力家だから、アルバイトで雇えて良かったなぁと思う。でもね。青木くんはどこの世界でもきっと努力家だし、成功するんだろうなって。紗枝ちゃん、これ見て」
自然な光に、やわらかな表情で微笑む青木くんが写った紙面。
今より若干、線が細い気がする。
「努力も大事だけど、才能とか持って生まれたものもあるんだと思う。そして、何より、青木くん自身、芸能界にいたいんじゃないかなって俺は思う」
その後、優しそうなロングヘアーの奥様が、「タロウちゃん、とっても良い子でした。甘えん坊さんなんですね」といって、タロウの白い背中を撫でた。
タロウも満更ではなさそうだ。
「ありがとうございました」そういって、私はタロウと美容室を後にする。
青木くんの夢。
美容師だと思っていたけど、もしかしたら違うのかもしれない。
青木くんが、何を思って、どんなことを考えているのか知りたい、と紗枝は思う。
もうすぐ、クリスマスイブだ。その時に色々聞けたら嬉しい。
その前に、イブといったら、プレゼント交換かと紗枝は思う。何をあげようと、紗枝は迷う。
家に弟がいたので、クリスマスプレゼントに何が欲しい?と聞いたらゲームのソフトと言われた。青木くんの部屋にはゲーム機はなかったし、ボツだ。
男性がプレゼントに欲しいランキングを見たら、時計が一位だけど、結構値段が張る。
何日も悩んで、あ、そういえばよく青木くん帽子被っている!と気付き、プレゼントはゴルフメーカーのキャップが付いた帽子にする。
あとは、ケーキを作ろうかなぁと紗枝は思った。
やっぱりブッシュドノエルかなぁ。
それとも、いちごショートがスタンダードで良いかなぁと迷う。いちごの間にホイップした生クリームを入れて、サンタにしても良いかもしれない。
ブッシュドノエルだったら、ロールケーキ用のスポンジ生地を焼いて、ホイップした生クリームを塗って、周りはチョコクリームで幹みたいに仕上げよう。
青木くん、喜んでくれるかなぁ。
それにクリスマス時期は、イルミネーションが綺麗で、カメラでついつい撮影したくなってしまう。
あのカップルさんは、ホットワインを美味しそうに飲んでる。いいなぁ。私も大人になったら、飲んでみたい。
そして、今日はクリスマスイブ当日である。
しかし、駅前で待っているのだが、待てども待てども青木くんがこない。
30分ほど、時間が経過し、青木くんから電話がきた。どうやら撮影が長引いているらしい。
―――そっか、今日も撮影だったんだ。
もう少しで終わると言うことなので、その間私はカメラで写真をとり、時間を潰すことにした。
最近は、財布やスマホと同じくらい、この相棒と一緒にいる。
キラキラのオーナメントが美しいツリーや、リース。それらにシャッターを向ける。
いいなぁ。この賑やかな雰囲気。そして、今年もあと数日で終わってしまう。
撮りたいものも、撮り終わってしまって、私は駅前の石でできた椅子に座る。
ちょっと、ヒンヤリしている。気合をいれて、スカートで着たからか少し足元が寒い。
そんな時、「ねぇ、君一人」と、サラリーマンっぽい男の人に話しかけられた。
どうしたんだろうと思いながら、横にその男性が座ったので、紗枝は危機感を感じて、すすっと横に移動し離れる。
「聞いてよ。俺、ついさっき彼女に振られちゃってさ。こんなイブの日にだよ。もう辛い」
チャらいお兄さんかと思ったら、何だか。すっごく可哀そうなお兄さんだった。
茶髪で眼鏡のお兄さんは、下を向きながら話し始めた。
プロポーズしようと指輪を準備していたこと。昇進のために仕事を頑張りすぎて、彼女を寂しがらせてしまったこと。
そして、結果、彼女を他の男性に取られたことをシクシクと話し始めた。
大の大人が、とは思えなかった。
可哀そうだ。そして、寂しかった彼女の気持ちも分かる気がするし、この男の人にも同情する。
「ごめんな。こんなこと、見知らぬ君に聞いてもらって」
内容が内容だけに、知り合いにも言いづらいだろうな。
「大丈夫です。ちょうど暇だったんで」
涙をこぼしているのが可哀そうで、ウェットティッシュをプレゼントした。
「あ……りがっ……と」チーンと早速、鼻をかんでいる。
そうこうしているうちに、その男性も落ち着いたみたいで、「もし暇だったら、俺が彼女といくはずだったディナーいかない?」と誘われる。
「い、いえ」と断ろうとすると、手首を急に持ち上げられる。
驚いて、振り返ると、そこには青木くんがいた。
「ちょっと、貴方なにやっているんですか」と、振られたばかりの弱ったお兄さんを殺すような瞳で見ている。
幸い、深々と帽子を被っているため、青木くんのご尊顔が注目されずに済んでいるが、男女の修羅場のような意味合いで、周りの人に注目されてしまっている。
すごい剣幕に「ひっ!」といって、お兄さんは「すみませんでしたー!」と逃げ去ってしまった。悪い人ではなかったのに、可哀そうだ。
「紗枝、今の人は?」
「なんか、振られちゃったみたいで、慰めてた」と返すと、「何も紗枝がそんなことしなくとも……」と青木くんが気にくわなそうな顔をする。
でもね。おそらく、今あそこにいた中では私が一番暇だったと思うよ?
「それと、時間遅れてごめん!」そういって青木くんが両手を合わせながら謝ってくれた。
「寒かったよ」とふくれっ面をしてみたが、大して可愛くも面白くもない表情になってしまった。笑いくらいとりたい。
「どうしよう」
どこにいくか、あんまり打ち合わせしてこなかったのに気づく。
「実は、ケーキ作ってきちゃって」というと、そっか。じゃあ、チキンやクリスマスっぽいお惣菜を買って青木くんの家で食べようということになった。
途中で、青木家御用達のお茶屋さんで、クリスマス時期限定フレイバーのお茶パックも購入する。パッケージがサンタとトナカイで可愛い。
うちの家でも良いけど、家族にからかわれるのだけは死んでも避けたい。
特に弟。私よりも青木くんと仲良くしようとするだろうし、ケーキも奪い取られそうである。
「で、丸いレフ板、ヨウが持ってくれたの」
青木くんの話は、撮影のことが主だった。
そして、その話が頭に入らないくらい、私はあることで頭がいっぱいだった。
それは―――。
青木くんが今被っている帽子が、私が青木くんのクリスマスプレゼント用に用意した帽子とまるっきり一緒、という事実であった。
数ある帽子の中で、運命的な出会いを果たしてしまったらしい。
青木くんの家につく。
「おじゃましまーす」返事がないようなので、親御さんはいらっしゃらない様子だ。
手を洗わせてもらった後、青木くんの部屋へ行くために階段を登ろうとすると、今日はリビングで食べようと焦ったように言われる。
確かに、食器やグラス準備大変だもんなぁ。
リビングに入らせてもらうと、壁にはクリスマスのタペストリーがあったり、ツリーが飾ってあったり、クリスマスっぽくてわくわくする。
ちょっと帽子のことはいったん忘れよう。
青木くんと一緒に台所に立たせてもらい、皿に盛り分ける。結構な量があるから食べきれるかなと不安になっているけど、青木くんは余程腹が減っているようで黙々と食べていく。
「善一郎くんって、太ったり」
「しない」
羨ましい。そのエネルギーはどこに行くんだろう。大きなパプリカの肉詰めもペロリと食べてしまった。
そして、食後のお茶を飲む。
クリスマスフレーバーということで、クランベリーが入ったちょっと甘酸っぱいお茶だった。
「ケーキお腹にはいりそう?」そう聞くと、青木くんは「うん」と嬉しそうに頷く。
二人で後片付けをした後、断熱効果のあるBOXからケーキを取り出す。
「ブッシュドノエルにしてみました!」
青木くんの瞳がキラキラ光るのを横目で見ながら、青木くんに2/3、自分に1/3取り分ける。
「紗枝ありがとう!嬉しい!」口端にクリームをつけながら、青木くんは「おいしぃ!おいしぃ」と幸せそうにケーキを食べている。
良かった!青木くんが喜んでくれて、紗枝はほっとする。
「ココアパウダーが苦かったから、結構甘くしちゃったけど」というと「大丈夫!」と、あっという間に平らげてしまった。
満足そうに口を拭っている。
そして、後ろから青木くんにぎゅっと抱きしめられる。
「紗枝……、やっとこうできた」
ドクン。ドクン。
青木くんの声色が、甘さを含んでいて紗枝は自身の心臓がドクドクと音を立てるのが分かった。
どれぐらいそうしてただろうか。
首元に何かがつけられたことに気付く。
繊細な鎖に、キラキラした石が光っている。
「ぜ、善一郎くん、これ」
「クリスマスプレゼントだけど……?」と、にこやかに笑ってる。
もしかして、いや、もしかしなくても、すっごく高そうなんですが。
どうしよう。私はプレゼント、青木くんの持ち物と被ってて渡せないのですが。
「気に入った?」心配そうな目でこちらを見てくる青木くん。何故か分からないけど、色気が凄い。
「ありがとう。何だか嬉しくて」嬉しいのに涙が止まらない。
「私も買った……んだけど、被っちゃってて。青木くんの帽子と。」というと、青木くんは「これ実は、仕事で譲ってもらったんだ。じゃあ、これは紗枝にあげるから、こっちのは俺がもらう」となんと、ペアルックが実現してしまった。嬉しい。
「そういえば、ハリネズミの鈴子は元気?」
「元気だよ」
「へぇ、会いたいなぁ」と青木くんの部屋の方向へ向かおうとすると、止められる。何か秘密のものが部屋にあるんだろうか。すっごい勢いで止めてくるから逆に気になってしまう。
「待って、紗枝。鈴子は、俺が持ってくるから!」
そういって、青木くんは重たそうなゲージごと鈴子をリビングに持ってきてくれた。
相変わらず鈴子は、背中をまるめて気持ちよさそうに浴槽で寝ている。可愛い。触りたいけど、まだ寝ているなぁ。
「鈴子、可愛いね!」といって、青木くんの方を振り返ると青木くんの顔が真っ赤だ。
「どうしたの?」と聞くと、無言で、お尻あたりを指でさされる。
尻?ちょっと、スースーする、と思ったら、スカートがめくれてしまっていたようだ。
「ご、ごめ。青木くん、何でだろう。勢いよく移動したからかな」と、言い訳するけど、自分の顔も死ぬほど熱い。
パンツ見られるとか、恥ずかしすぎる。
妙な雰囲気になってしまい、話も弾まなくなってしまった。
家まで送ってもらったけど、青木くんもいつもより静かである。
でも、キラキラひかるネックレスをみて、紗枝はとっても満たされた気持ちになった。嬉しい。青木くんからのプレゼントだ。
そして、この帽子も。一緒にかぶって出掛けられたら良いなぁって思っていたんですがね。その後、青木くんは私と目をあまり合わせてくれない。
あぁ、ヨウの気持ちが分かる。
だけど、その後、青木くんは以前と違ってなんだか余所余所しくて、紗枝は寂しくなってしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます