第27話 スタジオ撮影
久しぶりだった。
大御所俳優に思い出すのも不愉快な絡まれ方をされ、芸能事務所を辞めてから約二年、こういう場所には足が向かなかった。興味はあったけど。
ちなみに今日は紗枝も、一緒に見学なようで、ニコニコと楽しそうに目を光らせている。少し、緊張している姿が何というか可愛い。
カメラやレフ板、照明など、紗枝にとっても興味深いことばかりなようだ。
ヨウはモデルとして、メイク室でメイクさんにメイクされている。
俺は、その様子をじぃーと見た。
女性へのメイクと違って、男性メイクは素材を生かす感じである。
ヘアメイクによって、印象がかなり変化する。どちらかというと、優し気な印象のヨウが、まったく違う強くて色っぽい男性に変化する。あー、わくわくする。こういう所が好きなんだ。ヘアスタイルで印象はいくらでも変えられる。ひょっとすると顔のメイクより変わるかもしれない。
今回のヘアメイクは、ヨウのワイルドな動物的な部分を上手に引き立てていた。
そして、ヨウの撮影風景をみる。
柔和な印象の彼だが、カメラを向けられると、目線をはずさない。
ポージングにも隙が無い。立ちポーズだけではない。寝ポーズの全身写真もかなりの迫力がある。すごい。あっという間に最後のカットの時間になった。
撮影は長引かずに終わった。それは、ヨウがカメラマンが求めているものを最大限表現できていたからであろう。モデル業をやっていた俺から見ても、ヨウはすごい。そう素直に思えた。例をあげると、相手の要望をくみ取る力が強いのではないかと思う。
紗枝は、カメラマンさんの邪魔にならないように後ろから、撮影手順を確認しているらしい。健気だなぁ。
「OK!撮影いったん終了で!」
正直、うらやましい。そう思った。
ヨウはプロだ。彼に比べると俺のモデル業は、学校での辛さを踏まえての現実逃避のような中途半端なものだったかもしれない。
あの時、俳優に言い寄られて不愉快だった。
でも、本気でやりたかったのであれば続けていたのではないかと思う。
カメラマンさんが、ヨウに何か耳打ちしている。
俺は仕事をしたことがないが、カメラマンさんの名前は知っている。有名雑誌の仕事をいくつもしている、かなり腕のあるカメラマンさんだ。
「青木、カメラマンさんがお前を撮りたいって」そういって、ヨウはニヤリとヘーゼル色の瞳を光らせていったのだ。
俺は、断れなかった。
身体中の血液が湧きたつ。あぁ、やりたい。そう思った。
メイクをしてもらい、髪の毛をスタイリングしてもらう。ヘアメイクさんとの話は有益なもので、俺はその言葉から色々なことを学びとっていく。そして、俺のサイズの服をいくつか持ってきてくれた。
鏡にうつった自分は、昔のような男になりたてだった時の中性的な妖艶さはないけれど、綺麗な男に見える。
スタジオに入る。
紗枝やスタジオのスタッフさん達は俺を食い入るように見ている。
そう、そうだ。こうやって見て欲しかった。俺に夢中になれ。
ヨウは腕を組んで、したり顔でこちらを見ている。
息を吸うようにポーズが自然にとれ、カメラマンの要望の表情ができた。
楽しい、と純粋に思った。
それが、長い間、カッコわるくなろうとしていた反動かは分からない。
ずっとここで、撮影していたい。そう気持ちが高揚していることに俺は気付いた。
ヨウと俺のツーショット写真は、もっとも売れるファッション雑誌の表紙を飾った。
◇◆◇
青木くんが被写体として優れている。
それは、もう理屈なんかじゃなくて、ある種の才能だと紗枝は思った。
仲直りした青木くんとヨウ。その姿をみて、ほっとしたような嬉しい気持ちと、少しだけ寂しい気持ちを感じる。
青木くんが自分の殻を破ってどこか遠くへ行ってしまうような。
その日、ヨウに誘われて、ヨウがモデルとして活動するスタジオへ見学にいくことになった。
「カメラマンを目指している紗枝にとっても面白いよ」と声をかけてもらい、ドキドキしながら撮影スタジオへ向かった。
最初は色々な機材があるなぁと思った。紗枝自身こういった撮影スタジオは初めてである。撮影用の照明も沢山種類がある。あれは、7灯式ソケットだろうか。初めてみる撮影器具もあって、いちいち聞くのも申し訳ないので、目でみて後で調べようと思う。
人を撮るのもいいなぁ。そして、みんな真剣だ。
モデルとして、登場をしたヨウの迫力はすごかった。元から体格に恵まれているのもある。普段は甘いマスク故に、がつがつ男らしい感じではないのに、まるでカメラマンを食べようとしているかと思う程の迫力。
そしてカメラマンさんも凄い。レフってこういう使い方もあるんだ。ナチュラルなだけではない。おしゃれで、それでいて独特の雰囲気がうまく出ている。レンズが一緒でも全然違う……。
「す、すご」と、隣にいる青木くんに話しかけてみるも、青木くんは問いかけに反応もせず、じぃーっとヨウの撮影シーンに釘付けである。そんな食い入るように見ている青木くんをカメラマンさんは、ちらっとみて笑った。
カメラマンさんは、ヨウに耳打ちし、ヨウが座っていた撮影場所から立ってこちらに来る。
「青木。――カメラマンさんがお前を撮りたいって」
私は青木くんが、モデル業を辞めたのは、モデル業よりヘアメイクに興味を持ったからなのかと思っていた。なので、断るかなぁと。
でも、青木くんは思いの外、素直に頷き。メイク室にいってしまった。
戻ってきた青木くんは、とても綺麗だった。
清潔感がありながら、どこか浮世離れしているような不思議な魅力がある。
空気が入ったようなふんわりとした髪に、きれいめカジュアルな服装がとても合う。元から輝いている青木くんであるが、今まで見たことがないくらい、目の前の青木くんは輝いている。
そして、肩の力も入っておらず、かといって、気合が入ってないわけではなさそうだ。
髪を切った青木くんもカッコいいと思ったけれど、今回の青木くんはプロの方の手伝いもあって、孤高の存在のような雰囲気を醸し出していた。
青木くんが着ているだけで、その身にまとったものの価値が何倍にも上がると思った。
服越しでも、綺麗な筋肉やバランスのとれた肢体が分かる。
あ、青木くんは、モデルの仕事自体が嫌で辞めたんじゃないということが一目で分かった。
カメラマンさんの指示に従い、青木くんは器用に様々な表情を見せていく。
メイクさんが「あの子すごいわ……」と感嘆の声を出していた。
スタジオ中の人たちみんなが、青木くんを見ている。そして、目をそらすことができない。私もだ。
隣にいつの間にか立っていたヨウが、「綺麗だろ。あれが才能だよ。彼はね。特別な被写体なんだ」とニヤリと目を細める。
私でも分かった。今あるカメラで青木くんを撮りたいと狂おしいほど思った。
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