第26話 弟め許さん



「ぎゅーってしたい」って、言った青木くんの瞳が真剣で、すごく緊張した。

 青木くんにとってはそれは親愛の意味合いしかないのかもしれないけど、髪型を整えたおしゃれMAX青木くんは眩しいくらいに、かっこよくて、私の心臓はすごくドキドキしてしまった。


 弟が「ただいまぁ」って、帰ってきた声が大きくて、青木くんと私はびっくりして、お互い距離をとる。


「あ、う、また、今度」青木くんが目をそらして、下を向くから、「そ、そうだね」と返事するしかなかった。熱い。顔、茹で上がりそう。


 弟が階段をダンダンとのぼる音がする。

 バタン。


「もう、青木くんー、遊びにくるなら教えてよー」弟が当たり前のように入室してきた。相変わらず馴れ馴れしい。

「あぁ、遊ぶ予定で、お邪魔したんじゃなくてお見舞い」と青木くんは弟に声をかける。


 ばくん。ばくん。まだ、心臓がドキドキしている。

 弟が、弟さえこなければ、青木くんに抱きしめられていたのだろうか。

 紗枝はきゅっと自身の身体を抱きしめる。


 許さん!

 弟め!

 せっかく、青木くんに抱きしめてもらえるかもしれなかったのに。

 彼の逞しい腕を、胸板を堪能するチャンスだったというのに。

 もし、いつか彼女を連れてきたら、事あるごとに邪魔してやる、そう紗枝は自分に誓った。


「そんな、残念そうな顔しないで……、またね」と青木くんが色っぽく耳元で囁いたので、青木くんが帰ったあとも、紗枝は胃の痛みではない、胸の痛みに悩まされるのであった。

 

 そして、夜に青木くんからメッセージがきた。

 クリスマスイブ予定空けといて、という内容だった。


 デート?!デートのお誘いかぁ!?ただのペットとクリスマス、しかもイブに出かけないよねぇ!どうしよう。どうしよう。嬉しい!


 紗枝は、ニマニマしながらソファーの上で悶えながら、身体を揺らしていると、弟に「なにその顔、きもちわるっ!」と言われた。もう我慢の限界だ。私はクッションを弟の顔に叩きつけた。許さん。彼女が永遠にできない呪いをかけてやる!



 ◇◆◇


 せっかく仲良くなって、ジェラシーまで感じていた青木くんとヨウの仲だが、最近は青木くんがヨウを避けている気がする。


「何か、あった?」と青木くんに話しかけると、「ヨウに迫られた」と言われた。

「え、でも、ヨウ。彼女いるよ?」というと、青木くんは驚いたように目を見開いた。


 よくよく話を聞いてみると、

 私が耐えがたい胃痛で早退した日、心配する青木くんをヨウが慰めてくれたらしい。それで、抱きしめられて「綺麗なものが好きなんだ。男女とか関係ない」と言われたとのこと。


 ヨウには、イギリスに置いてきた聡明でちょっと日本にはいなさそうなレベルの美人な彼女がいるのだ。しかも、大好きで遠距離恋愛だが、毎日メッセンジャーでやりとりをしているらしい。


「きっと、綺麗なお人形さんを抱きしめるって感じで抱き着いたんだと思うよ?」というと青木くんはすっごくほっとしてた。


 というか、もしかしてあの日「ぎゅーっとしたい」と青木くんに言われたのはもしかして、消毒の意味だったのか……、そういうことか!と紗枝は確信した。


 ずーん、てっきりLOVEな感じだと思ったけど、LIKEだったのではと紗枝は落ち込んだ。

 でも、あの真剣な顔はズルい。

 周りの人に対して、ああいったアプローチはして欲しくないけど、私だって、これ以上好きになって期待しすぎてしまうのが、ちょっと怖いと思う。


「そっか。避けていて悪かったかなぁ。ちょっとヨウと話してくる」そういって、青木くんはヨウの元へ行く。ヨウも特別輝いてキラキラしている。そこに独特の雰囲気と色気を持つ青木くんが合わさると、眩いばかりである。

 薄く開いた目、まるで仏眼のように、ただただキラキラな二人を眺めている女子たち。

「もしかして、出来ているんじゃ」と目を光らせていそうな女子たち。

 男子たちは、「あいつら、カッコいいな」と思ってはいるだろうか、普通に接している。おそらく、男子たちの接し方が青木くんにとっては正解なんだろうと思う。


 違う世界の二人だなぁ、とちょっと寂しく思った。

 仲直りしたようで、ほっとはしたけれど。



◇◆◇

 

 勘違いしすぎていたかもしれない。

 俺はヨウに駆け寄る。

「あの時は、殴ってごめんな。俺、誤解していたみたい。ヨウって彼女いるんだろ?」

 そう謝ると、ヨウは「殴られたのより、その後、避けられた方が辛かった」と目尻に涙を浮かべている。はぁ、申し訳ない。俺ってば、ろくに聞きもせず……。


「本当、ごめんな。もし、ヨウさえ良ければ、また仲良くしてほしい」

 そういうと、ヨウは優し気に笑い手の平を差し出した。俺はそれを握る。仲直り……で、いいんだよな?


「ねぇ、勘違いさせたお詫びといっては何だけど、今日俺の撮影あるんだけど、一緒にこない?」そう言われる。

 モデルを辞めてから、そういった撮影場所に立ち入ることはなかった。正直、興味はある。美容師を志すものとして。それに、今日は特に予定もない。

 そして思い出した。撮影時のあの緊張感が好きだったなぁと。カメラマンの意図をくみ取って表情やポーズをできた時のあの快感は今でも忘れられない。


「美容師志望だったら、とても面白いんじゃないかな」そうヨウは言いながら、ウィンクしつつ親指と人差し指で丸を作った。




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