第25話 胃痛

◇◆◇



 困るなぁと思う。

 青木くんとご飯食べたいのに、ヨウもついてくるのだ。

 一度やんわり断ってみたけれど、クラスの女の子たちに「ひどい。転校生してきたばかりで、心細いだろうに」とやんわり叱られたで断念している。


「本当、頭も良いし、面白いし、ヨウくんってすごいよね」って、男性に対して厳しい所のある楓ちゃんもウェルカムな感じである。

 一方、青木くんは心なしか最近機嫌が悪そうだ。

 お弁当もヨウの手前、青木くんだけに作ってくるわけにもいかず、青木くんの栄養状態も心配になってくる。


 帰りも、途中までヨウがついてくるし、青木くんはすっごく不機嫌だし、間に挟まれた私はヒットポイントがじりじりと削られていく。でも、まぁヨウといると唐妻さんの写真集を貸してくれたり、外国の有名なアーティストの写真集を貸してくれ良い刺激になるし、話が純粋に面白く興味深いものが多いんだけどなぁ。

 

 ふぅと、紗枝はため息をついた。

 どうしよう、このまま時が過ぎ、青木くんと疎遠になってしまったら、と不安になる。



 そんなモンモンとした日々を過ごして、どうしたものかと考えていると、まさかの出来事が起きてしまった。



「え、あ、青木くん!?!」クラスの女子たちが、キャーキャー言っている。それだけじゃない。教室のドアから溢れんばかりの女子の数。


 何だろう。アイドルでもいる訳じゃないだろうに。

 って、アレー!!!


 すっきりした髪型に、切れ長の三白眼が良く映えている。縁どる睫毛は男性にしては長く、目尻にある涙ぼくろが絶妙にエロイ。形の良い唇に、綺麗なうなじ――、そして、いつものように寝ていない。

 前も向いて背筋を伸ばして、きちんと座ってる。あ、あ、えー?!!

 あれは、青木くんではないか。


「ぜ、善一郎くん、どうしたの?!」

「どうしたのって、ただのイメチェンだけど?」と、短くなった前髪を弄りながら、どこか照れくさそうに誇らしげな青木くん。どうしちゃったんだ。あんなに目立たないように気を付けていたではないか。青木くん。


「ちょ、ちょっと、紗枝。青木がすごい変貌を遂げているんだけど」そう楓ちゃんに耳打ちされて「……ほ、本当どうしちゃったんだろう」と考える。


 バタッ。

 私たちだけではない、ホームルームのために、教室に入ってきた佐藤先生がびっくりして出席簿を床に落としている。


「え、えっと、どなた?」青木くんの席に座っているイケメンを指さし、佐藤先生は困惑していた。

「――青木ですけど」いつも通り、かったるそうに青木くんは答えている。


「……んん?……そっか、青木なのか?本当??ええ、マジで?」と、納得いってなさそうな感じだが、先生はHRの時間が押していることに気付いたのか、今日の予定を話し始めた。

 ――正直、ここまでとは……。青木くんのカッコいい姿を見て、紗枝は嘆く。これはライバルが倍増どころの話じゃない。夥しい数のライバルが群がるだろう。現に女子が青木くんを見る目がおかしい。あかんヤツだ。



「へぇ、青木って、綺麗な顔してたんだねー」とヨウが青木くんの顔を興味深そうにのぞく。青木くんの髪がこざっぱりして、カッコいい&美しいが露呈してからというもの、ヨウは以前より、青木くんに興味深々である。


 そして、危惧していた、青木くんモテすぎる騒動は、イケメンすぎるハーフのヨウにより程よく中和され、観察対象な美形×2ということで留まっているようだ。




「青木―!!使っているワックス教えてよ!」

「ねぇ、青木ってパーマ?それとも地毛?スタイリングかっこいいよね」

「へぇ、将来の夢が美容師なんだぁ。あ、美容室で働いているの?今度、切りにいこっかな!」


 青木くんとヨウがとても仲良くなっている。

「しかし、あれだね。眼福だ、色気駄々洩れのイケメンと甘いマスクのイケメンハーフが仲良さそうに絡んでいるなんて」と楓ちゃんがしみじみ呟いている。


 私はというと、何で青木くん髪切っちゃったの?って思いが捨てきれない。

 もう学年どころではない、学校中に青木くんがイケメンであることがバレてしまった。


 それに、ヨウが青木くんに沢山話しかけていて間に入る隙がなく、私はあまり会話に入れない。蚊帳の外である。

 最近、ストレスで胃もキリキリ痛むくらいだ。


 「紗枝のサラサラの髪もいいけど、青木の漆のような光沢感のある黒色の髪もいいよなぁ」と素晴らしい表現で青木の髪の毛を褒めているヨウをみて意識が遠くなる。


 あぁ、ご飯最近食べたのいつだっけ。イタタタタ。





 ◇◆◇


 髪型を変えて、登校した時は周りの視線が怖かったけど、案外、変質者大量製造機にならずに済んで安心した。どうやら、ヨウという顔立ちの良いハーフがいるため、うまい具合にリスクを分散できているらしい。おかげ様で、中学生の時のように下駄箱に、使用済みの女性用のパンツが置いてあったり、机に呪詛の書かれたラブレターが置いてあったりという恐怖体験は今のところない。


 そして、ヨウは思ったよりも良いやつだった。

 日本にくる前はUSAにいたらしく、あちらのオシャレ事情まで教えてくれる。

 しかも、モデル活動もしていたらしいので、色々と話も盛り上がった。


 俺は浮かれていた。

 紗枝は、心配そうに俺を見ていたけど、今の所、学校生活は快適だ。ヨウという話の合う友達もできた。何より、俺自身がテンションが下がる暗い恰好をして、自分を偽らないで済むのが楽だった。


 だから、紗枝が最近、顔が白く、ご飯もまともに食べていないのに気付かなかったのだ。



 ◇◆◇



 顔色が悪く、お腹を抱えて目を瞑って震えている。

 紗枝が倒れて、俺がオロオロしている間にヨウが保健室の先生を連れてきてくれた。


 そして、しばらくしたら紗枝のお母さんがきてくれて、そのまま紗枝は病院にいくそうだ。

 熱が合った訳でもないのにと不安になる。どうしようかと思い詰めていると、ヨウが大丈夫と俺の手の上に自分の手をのせて励ましてくれる。


「そんなに不安がらないで、青木。大丈夫」と俺を見つめるヘーゼル色の瞳が甘さを含んでいる。

 嫌な予感をした。その瞳は、色こそ違えど、中学生の頃俺を待ち伏せしていた元女友達の瞳にそっくりだった。


「心配だったら、俺が傍にいるから。ね」耳元で甘いトーンで囁く。

 あぁ、やばいと思った。

「なぁ、ヨウってさ」もしかして、ゲイか?

「――俺、綺麗なものが好きなんだ。男女とかあまり関係ない」バイだった。


 いつの間にか羽交い絞めされており、俺は貞操の危険を感じ慌てて拳を固く握り、甘いマスクとやらに鉄拳を食い込ませた。





 ◇◆◇


 そういえば、女装してCM出るときも、大御所の俳優に襲われそうになったっけ。

 それに、中学校の頃だって、もらったラブレターの名前に男の名前があったじゃないか。

「友達になれると思ったのにな」

 自分で呟いていて、涙がでた。


 そして、冷静になってきて、早退した紗枝のことが心配になってしまって、彼女の家に駆けつける。

「あ、青木くんじゃない。紗枝のこと心配してきてくれたの?ありがとう」そういって、紗枝のお母さんが家に入れてくれる。


「紗枝さんは?」そう聞くと、「あぁ、病院いったら急性胃炎だって言われたのよ。今は落ち着いてきて、上でゴロゴロしているわ。もし良かったら、お薬とお水持って行ってもらえない?」そう紗枝のお母さんは可愛らしくウィンクをしてくれる。


 トントン。

 扉をノックすると、「はーい」と紗枝の元気のない声が聞こえた。


「え、あ、青木くん?!どうしてここに!」と紗枝は驚いている。

 なんていうか、赤いギンガムチェック柄のパジャマを着てて、めちゃくちゃ可愛い。紗枝の白い肌がより引き立つなぁ。腕や首が白くて細くて―――て思考ストップ!


「お見舞い。これ、あと薬……預かってきた」といって、入室する。

 相変わらず、紗枝の部屋は甘くて良い匂いがする。あんまり、バレないように思いっきり吸い込みたい、そんな自身の思考に青木は危機感を感じる。


「大丈夫?」

「うん。2~3日安静にすれば治るって」


「あのさ、俺のせい?」

「……何言ってんの!!違うよ。期限切れのプリン食べたからかなぁ」と紗枝は答えた。あれ、自惚れすぎだったかな。


「ぷぷ、期限切れのプリン食べたの?」

「一日しか過ぎてないもん!!」

「紗枝は食いしん坊だなぁ」


「ははは……こうして二人っきりで話すの久しぶりだね」そう紗枝に言われて、本当にそうだなぁって思う。

「胃炎とは関係ないと思うけど、最近、善一郎くんが遠くの存在になったみたいで寂しかった」

 そう紗枝に言われて胸がぐわぁと熱くなる。


「急に髪切って、かっこよさ全開にして、善一郎くんどうしたの?」

「……紗枝があいつのことばっか、ちやほやしていて―――腹がたったんだよ」そう答えたら、紗枝がびっくりした顔をしている。

「だって、紗枝は、俺の係だろ?」紗枝の顔を見るのが恥ずかしくて、俺はフローリングに目を落とし、声を絞りだすように発言する。本当はもっと、伝えたい言葉があったんだけど、自分が小心者であったことに気付く。


「そうだね!私は善一郎くんの係だよ!担当だよ!善一郎くん推しだよっ」と紗枝は嬉しそうだ。自分で言っといて、何だか照れる……。

「お、おう」

「それにね。私はヨウのこと、ちやほやしたつもりはないよ。だって、私……善一郎くんしか……ちやほやしたくないから」


 自分の顔も熱い。ちらっと見たら、紗枝の首筋が赤く染まっているのが分かった。可愛い。


「ぎゅーってしたい」そう紗枝にいうと、こくんと頷く。


 紗枝を補充しよう、そう思った途端、「ただいまぁ」と紗枝の弟が元気よく帰宅した声が聞こえた。

 はぁ。相変わらずタイミングが悪い。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る