第24話 尊敬する写真家さん




 そんな不安の中、私には一つの出会いがあった。

 唐妻からつまえいじさんという有名な写真家の方が、私の写真に興味を持ってくれたらしく、父を通して連絡をくれたのだ。


「え、あ、あの唐妻さんが?!」

 父が「おう」と腕を組んで笑っている。


 そう。私は唐妻さんの写真のファンだ。動物や自然を中心に撮影している方で、その中でもオーロラを撮影した写真が一番好きだった。


 風情のあるアトリエに呼ばれ、父と唐沢さんの所を訪ねると、沢山の写真を見せてくれた。写真集にのっていない作品も見ることができ、紗枝はホクホクしながら豊かな時間を過ごした。


「えっと、タロウくんだっけ。あの子の躍動感のあるジャンプの写真みたら、すっごく楽しみな子に会えたーって嬉しかったんだ」私の写真で、そういう風に思ってくれたんだと胸が熱くなる。

 お父さんも満更でもなさそうな顔をしている。


「あ、あと、きた。俺の息子が、貴方の写真にすごい惹かれたみたいで。おいで、ヨウ。挨拶しなさい」

 そしたら、ドアをあけて、ハーフの身長の高い男の子が入ってきた。


「はじめまして、君が紗枝だね!俺はヨウ。君の写真とても素敵だね!」

 えらく顔の整った、ヘーゼル色の瞳と褐色の髪を持つ青年が、親し気に話しかけてくる。初対面なのに距離が近い。


「はぁ、あ、ありがとうございます」

「帰国子女だからか、距離が近くてごめんな。吃驚したろう。実は妻がイギリス人で、ヨウはハーフなんだ」


「よろしく~」と握手を求められる。近寄りがたいほど精巧ともいえる美しさなのに、かなりのフレンドリーさだ。

 常日頃、青木くんのようなイケメンと接していなければ、きっと顔を赤らめていただろう。青木くんによって獲た免疫がって、まるで感染症みたいだな。これ。っていうか、青木くんへの想いは病っちゃ病なのかも。恋の病という名の。


「今まで、妻と一緒に世界各国を旅していたんだ」

「それにしては、日本語お上手ですね」というと、唐妻さんが頭に指をさしながら「こちらの方も優秀なようで、日本語だけじゃなくて、中国語も英語も、ロシア語も韓国語も喋れるんだ」と言っていた。


 世の中には驚異的なスペックの男の子もいるんだなぁ、と紗枝は思う。


「ちなみに、今回は日本にしばらくいるみたい。だから、よろしくね」と唐妻さんに肩を叩かれる。


「え、あ、??んん?」「えっとね。実は高校は紗枝ちゃんと一緒みたいなんだよね」と唐妻さんが教えてくれる。へぇ、うちの高校に編入するのかぁ。

 ヨウくんとやらは、品の良さそうな笑みを掲げている。

「日本の文化に疎い所もあるだろうから、紗枝ちゃんよろしく」

 尊敬する写真家の唐妻さんに話しかけられて私は頷くしかなかった。私の写真より、もしかしたら息子の環境整備の一環のために今回呼ばれたのかもしれないな……。





 ◇◆◇



「転校生の、唐妻ヨウくんです」

「よろしくお願いします」背の高いハーフのイケメンが、気の良さそうな感じで微笑んでいる。

 クラスはざわついている。そりゃあ、そうだ。ハーフ。そして、黒味を帯びた茶色のサラサラの髪に、吸い込まれそうな淡い色合いのヘーゼル色の瞳に早くも、女子たちはきゃっきゃっと浮足立っている気がする。

 男子たちも「イケメンが……俺より格段にイケメンな男子が教室にきてしまった」と戦慄していそうである。空気が緊張している。男子たちよ、戦わなくて良い!負け試合である。

 ちなみに、青木くんは平常運転で、机に突っ伏してグガァーと寝ている。


「ちなみに、唐妻くんのお父さんが鈴木さんと知り合いなようで、つまりは鈴木、ヨウくんの世話頼むよ」

 先生は、軽やかに私を転校生のお世話係に任命した。青木くんの件で絶対、面倒見が良いと勘違いされている気がする。そして、ヨウくんは、先生の配慮もあり、私の隣の席になった。


 楓ちゃんは「どうしたの?こんなイケメンハーフの知り合いがいたなんて、どうして話してくれなかったの!」と若干興奮している。クラスも一緒になるとは、まさかねぇ。あとは、イケメンハーフと友達なんて火種になりそうなこと言うはずない。


 私はというと、同じクラスなのはまだしも世話係なんて……と若干気落ちしていた。

「すでに、青木の世話係なのに、大変だね。紗枝」と楓ちゃんにぽんっと肩を叩かれた。お譲りしましょうか?転校生のお世話の方を……と言いかけた。




 ◇◆◇



 寝て起きたら、紗枝の隣の席に見知らぬハーフの男がいた。

 俺が寝ている間に何が起きたのか困惑していると、たいして仲良くもない高木が「新しい転校生で、知り合いらしいから、鈴木さんが面倒みるみたい」と教えてくれた。


 ハーフの男は、ヨウというらしい。

 自分で言うのも、ちょっとあれだが、俺ぐらいカッコいいと思う。

 学校に一人いるかいないかの、輝かしい絶対的なオーラがある。


 そして、俺と違って目立たないように隠れてもいないし、海外育ちであるためか、イケメンであるが故の横暴さがない。声色も優しいので、いつの間にか男女問わず周りを虜にしていく。すぐ友達が出来たんだから、そいつらと遊べばいいのに金魚のフンのように紗枝についていくのが気に入らない。日本語ペラペラで、全然困ってない癖に、紗枝はほっとけないのか、わりと面倒をみてあげている。


 高木が「カッコいい……それにヨウって性格も良いし、身のこなしがすごくきれいだよな」と憧れているような眼差しでぼそっと呟いた。最近、望んでもいないのに、忙しい紗枝の代わりに高木が話しかけてくるようになった。だが、少し、性格改善されたようでそこまで不愉快ではない。


 俺はというと、イライラしている。

 自覚している。例の転校生のヨウのせいである。

 俺は一週間に一度しか、紗枝と昼ごはんを食べていないのに、ヨウはほぼ毎日紗枝と昼ごはんを食べている。そりゃあ、紗枝の友達も一緒だが、何だか気にくわない。


 じぃーっと青木は、その様子を見つめる。

 ヨウのせいで、紗枝のお弁当もしばらく作ってもらえなくなった。


 紗枝も随分と楽しそうにヤツと会話している。

 アイツのこと好きなのって聞く勇気もなくて「紗枝って、ヨウのこと気に入っているの?」と質問したら、「そんなことないけど、目と髪の色彩がとても綺麗だよね」とカメラマンっぽいことを言っていた。被写体としても優れているってことか?と柄にもなく俺は嫉妬する。


 ちょっとづつ積もっていったストレスは限界に達した。あいつにだけは負けたくない気持ちが、見た目を隠したい気持ちを凌駕する。


 「え、前髪も?本当に切るの?青木くん」「はい。店長よろしくお願いします」

 バサリ。バサリ。

 ツーブロックと刈り上げで、爽やかさを演出。

 おそらく、俺の顔の造作と、髪質や髪の癖が一番生きるヘアスタイルだと思う。


 絶対に負けたくない。

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