第33話 写真集撮影
「よろしくお願いしまーす」
疲れた様子の青木くんがやってきた。マネージャーさんが荷物を持ってやってくる。
「うわぁ、眠そうだね」
「思ったより、仕事忙しかった。気にしないで」
そう言われて、うんと頷き、撮影の準備をする。
バッテリーも沢山持ってきたし、レンズは3本ほど用意した。それに、確認がいつでもできるようにPCと外付けのHDDも。
打ち合わせ中、休んでいてもらう。まだ眠そうで大丈夫かなぁと思ったけど、撮影が始まった途端、人が変わったように青木くんは、こちらをしっかり見つめて、ポーズをとる。濡れた髪をかき上げるポーズ。砂浜に横になりながら、こちらを甘えるように見つめるポーズなど、撮っている間に、こちらがついつい吸い込まれてしまいそうになる。
だけど、そうはならない。
このレンズは、青木くんと私を隔てる役割も担う。
これがある限り、私は彼に溺れる恋の奴隷にならずに済むのである。
直視している、アシスタントで連れてきた女の子は、「すごい……色気ヤヴァイ……」とぶつぶつ呟いていて心配です。相変わらずだな、青木くんのラブマジックは。
「これもいいね。あと、どうするこれも入れる?」青木くんとマネージャーと話し合いながら、写真集にのせる写真をいくつか選んでいく。
「うーん。どうしよう。写真集にするには、もうちょっと写真が欲しい?」と聞くと、青木くんは「まだ時間あるから、今度は浴衣デートな感じを撮りたい」とマネージャーに話す。マネージャーの新藤さんは「それはいいね。売れそうだ」と楽しそうである。
急いで、浴衣をレンタルする。
ちょうど、近場でお祭りもやっていそうで、そこの主催者の方に連絡し、撮影許可をもらうことができた。藍色の渋い柄の浴衣がよく似合っている。
綿あめを食べる青木くん、金魚を掬う青木くん。無邪気さに、購入者の方は心癒されるのではないかと思う。あとは金魚鉢にはいった金魚を愛でる青木くんも金魚鉢が手に入ったので撮影しておいた。
無邪気な表情の青木くんは、高校生の頃を彷彿とさせる。懐かしいなぁ、そういえば、こうやってお祭りにいって、花火を見たっけ。一度目の花火は、とにかくドキドキして、二度目の花火は―――そういえば、胸が苦しくて張り裂けそうだった。
時間をたっても、そういった胸の苦しさはどうやら消えないらしい。
色々、思い出してしまうことも、あるけれど、撮影はハードで、深く掘り下げる時間はない。できる限り、良いものを作りたい。
「お疲れ様でしたー!!」
何とか、写真集に使う写真の枚数が確保できるような気がする。
「お疲れ様です」
何とか、写真集に使う写真の枚数が確保できるような気がする。
私は重い機材をもって、空港へ向かう。
楽しかったと思った。私の夢と青木くんの夢が交差した、そして彼の夢を応援したい、カメラマンとして――そう紗枝は思った。
◇◇◆
手元に青木くんの写真集が届いた。
『夏に濡れる―Get wet in summer』というタイトルで、発行されたその写真集は、女性アイドルの写真集よりも飛ぶように売れた。
すごいなぁ、と思う。流石だ。
売れるということは、経済が動いて、沢山の方の生活を潤わすこともできている。
そして、インターネットのレビューを見ても、とても好意的なレビューばかり、青木くんの夢は沢山の人に影響を与えているんだなぁと、思った。
「祝賀会をやろう。マネージャーも呼んで」
そう青木くんから連絡があって、私は高級ホテルのラウンジへ向かう。
今日ばかりは、フォーマルに見えなくもないワンピースを身にまとう。
カメラマンのお仕事をしていると、パンツスタイルが基本的なので久々のスカートに、足元がスースーするような気がする。
「お久しぶり、あれ、マネージャーさんは?」青木くん以外の姿が見当たらない。
「あー、何か急用ができたみたいで、帰っちゃった」あーの言い方が、昔の青木くんと変わらない、少し気怠そうな言い方で懐かさを感じる。
「へぇ、忙しいんだね。マネージャーさんって」芸能人も大変だなぁと思うけど、マネージャーさんも大変そうだ。
今日は、青木くんもフォーマルに決めていて、かっこいい。
グレーのウィンドウペンジャケットに、ネイビーのパンツ。ノーネクタイの襟元から男らしい首筋がみえていて、異性として少し意識してしまいそうになる自分に気付く。
「それにしても、今日の服―――よく似合ってる」
服装を褒められ、頬が熱くなる。しょっぱなからこの破壊力。
「ありがとう。仕事の時は、かなりカジュアルだからね。私もこういうの久々に着たから緊張したよ」
「髪の毛もアップしているけど、自分でやっているの?」
「うん。簡単なのは自分でも出来るよ。くるりんぱとか」
今日はくるりんぱで作ったアップヘアである。私のような不器用な子でもできるヘアスタイルである。
「――うなじ、細いね。華奢で可愛い」
海外で青木くんが勉強してきたのは、演技だけじゃなかった気がする。ラブマジックに磨きがかかっている気がする。
「青木くん、どうしたの?!少しは自分の顔自覚した方が良いよ?軽はずみに女性にそういうこと言うもんじゃないよ。誤解を招くんだから。まったく、今日は沢山飲む!」
このけた外れのイケメンの隣で、平然としているためには、アルコールの力が必要な気がした。
このバーは初めて来たけど、初老のバーテンさんはとても美味しいカクテルを作ってくれるし、ワインやウィスキーも充実していて、楽しくお酒が飲めている。気にならない程度の音楽に、黒檀色を基調にした薄暗いルームは、こういった所に不慣れな私でも落ち着いて話せる気がする。
青木くんの高校を卒業した後の話を聞いて、あの時、ヨウが転校してきてくれて心から良かったなぁと紗枝は思う。海外ではこちらのようにセクハラやパワハラもなく、あちらの語学の学校に通いながら充実した芸能活動を行えていたらしい。
私も短期プログラムで、マンハッタンにいったことがある。語学学校に通いながら、写真の勉強もできた。でも、英語は普段使わないので、もう忘れつつある。
そして、高校の頃のことを二人で思い出す。
「あの時さ、弟くんが入ってこなかったら、紗枝と付き合っていたのかなぁって思うよ」と青木くんに懐かしそうに言われて、そうかもしれないと思った。でも、付き合っていたとしても、すぐ別れただろうと紗枝は喉まで出かかっていたけれど、IFの話をしてもどうしようもない気がした。昔話である。
「そういえば、弟結婚したよ!!あとさ、びっくりしないでね。楓ちゃんと高木が結婚した!!」
「うわっ、何故?!楓ちゃんと高木って、見るからに、すっごい険悪じゃなかった」
「ねーー、びっくりした。高校卒業してまだ二人が連絡とりあっているのにも、びっくりしたし、楓ちゃんが、高木楓になったから、高木はなんと呼べばよいのだろうと思った。もちろん、下の名前は憶えていない。
「ん……でも、まぁ、男女の仲は色々あるもんなぁ」青木くんは何かを思い出したらしい。
「そうだ。そういえば、青木くんを迫っていたあの先輩……名前なんだっけかなぁ」
「あー、鴨川先輩?」
「あ、そうそう。鴨川先輩だ。この間、赤ちゃん連れて歩いているのを見たよ。優しそうな旦那さんと。なんかすっかり落ち着いちゃってて、本当に鴨川先輩なのかと、ついつい二度見しちゃった」
高校を卒業してから、8年もたったんだなぁと感慨深く思う。
「あとは、タロウは亡くなっちゃったかな」そういうと、そっかと青木くんも落ち込んでいる。
「うん、でも長生きできたよ。それに、子どもがいるから、実家には今フレンチブルドッグが二匹。騒がしいよ」
生き物を飼う以上、覚悟しなければならないから。タロウが亡くなった時は、一週間くらいご飯が喉を通らなかった。でも、お母さんの方が辛そうだったから、気丈に振舞うことにした。
お互いのペットの話をしたり、青木くんと沢山のことを話した。
「不思議だね。昔より、青木くんおしゃべりになった気がする」
考え込むような青木くん。
「無口な方なんだけど、なんでだろうな。話したいことがいっぱいだった」
「へぇ、青木くんもお酒を飲むと、テンションがあがるタイプなのかなぁ」
「紗枝、そういえば――まだ名前で呼んでくれないの?」
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