第14話 運動会当日〖後編〗

 昼休憩が終わり、競技へと戻る。

 心なしか皆、眠そうである。私もお昼寝休憩をいれたいくらいの眠気に襲われている。


 残るところは、校庭にみんな集まり、綱引きに、リレー、終わりの会で終了である。


 私も綱引きに参加する。既に腕が疲れている……。

 綱が手の平に食い込み痛い。っていうか、あっちガチ勢ばっかりじゃん。相撲部や空手部などのウェイト多めのマッチョ系のメンバーが多い。あっけなくうちのクラスのチームは負ける。20秒も持たなかった。悔しいとも思えない圧倒的な負けだった。


 負けた後は、とにかく3年生の先輩方をカメラで撮りまくる。よしっ!こんだけ撮れば、とり残しはないはずだ。


 最後は、待っていましたクラス対抗リレー大会である。

 各クラスの足の速いメンバーが揃っているから見ごたえもある。

 そしたら、担任の佐藤先生に話しかけられる。

「実はな、第三走者の加藤が足をくじいちゃったみたいで、鈴木代走お願いできないか?」


 なんですとーー!!

「えーっと、ええ!?!?」

「そういや、加藤の次に鈴木は走るの早かっただろう」といって、佐藤先生に競技者の所へ連れていかれてしまった。


「あ、鈴木さん。もしかして、加藤さんの代わり?」

「う、うん。抜擢されちゃったみたい」すっごくドキドキする。緊張の意味で。

「ということは、第三走者か。俺の前だ。よろしくね」そう言って、青木くんは嬉しそうに笑う。


 いつもならうっとりとしてしまう青木くんの笑みを愛でる余裕すらない。

 人前にでると上がる性格である。プレッシャーが凄い。一方、青木くんは余裕そうだ。緊張に強いタイプなのかもしれない。


 パンっ!ピストルの合図で、第一走者が走りだす。陸上部の三河さんである。第一走者は皆女子である。カモシカのような足を持つ三河さん。走るのが早い。そういや短距離選手だっけ三河さんって。100mをすいすい走っていく。そして第二走者は、高木。そう高木だ。一応、3年生が部活引退して、サッカー部の現キャプテンらしいからね。彼。風のように走っていく。陸上部の男の子より早いかもしれない。そして、私も姿勢を構えて、高木からバトントスを受ける。準備体操もしていなかったからか、少し走ったところで、軽く躓いてしまった。あちゃーと思いつつ姿勢を立て直し走る。さっきまで一番だったのに、私のせいで三番に......とちょっと切ないながらも一生懸命走っていると、青木くんはカモンカモンと言わんばかりに、こちらを呼んだ。呼ばれなくとも、バトントスしに参りますとも。


 私からバトンを受け取ると「任せろ!」と言わんばかりに青木くんはすっごい勢いで走り出した。

 ぜぇぜぇしながら、私はリレーの成り行きを見守る。


 青木くんが二位の男の子を抜かす。

 そして、ゴール前で一位の男の子を抜かした。

 まるで、風の申し子のようだ。


 「ゴール!!」パンパン。終わりのピストルがなる。

 なんと逆転勝利!


 青木くんはクラスメイトから、「青木―!すげぇじゃん!」「かっこよかったよ」「こんな足はやかったんだな」と仲良く絡まれている。私は胸が熱くなる。かっこよかった。皆にちやほやされている青木くんを見ると、胸が満たされる気がする。そうなんだよ。青木くんって良いところ、いーっぱいあるんだよ。

 私も、感動で胸が熱くなった。好き。好きだ。

 そして―――これ以上、好きになるのがちょっぴり怖いと思った。


 朗らかに笑う青木くん。皆に慕われている。

 ちょっと、その中に入りづらいと思っていると、私を見つけたようで青木くんが私に寄ってくる。

「鈴木もお疲れ!」

「青木くんもお疲れ様!めちゃくちゃ早くて新幹線かと思っちゃった」

「はは。流石に、そんな早くねえーよ。鈴木怪我無い?」心配そうに黒い瞳が揺れる。

 なんで、そんなに優しいの。自然に欲しい言葉をくれるんだろう。このっ!このっ!


「うわっ。膝すりむいているじゃん。俺、バンソコー先生にもらってくるから」そう言って青木くんは保健室にいってしまった。そうすると、後ろからぽんっと背中を叩かれた。


「あ、高木」

「どんまい……あと、この間はすまなかった」ずいぶん、しおらしくなってしまった。ちょっと、柔らかくなった印象がある。

 高木くんに一体、何があったんだろう。


「いいよ。高木こそ、元気ないけど大丈夫?」

「お、おう」そういって、フラフラしながら去って行ってしまった。イケメンオーラが霞んでて可哀そうである。楓ちゃんはその一部始終を楽しそうに見た後、「青木、まるでヒーローみたいだったね」と話しかけてくれた。

「うん。スーパーヒーローみたいだった」

「それに、紗枝も頑張ったね」「運動不足すぎて、足がうまく動かなかった」

 陸上を辞めてから、運動不足である。タロウの散歩はしているが、一日5千歩くらいしか歩いていない気がする。筋トレもしていないからお腹もプニプニだ。


「あ、青木きたよー」そういって、楓ちゃんはどこかへ消えてしまった。


「はい、手当しますよー」そういって、青木くんは手早く手当してくれる。


「ふぅ、青木くんに良いところ取られちゃった」というと、青木くんは「俺は、鈴木さんにカッコ良いところ見せられて満足だけど?」と、何とも楽し気である。いつも、カッコ良いよ。好きになってばかりいるような気がする。

 はぁ。自分の恋が重たいです。


 ◇◆◇


 そして、実行委員らしく眠い目をこすって後片付けをしていると、鴨川先輩が後片付けもせず、歩いている。まったく自由な人である。


「あ、鈴木さんいたー!さっき、見たことは秘密ね!」そう小悪魔な笑みを浮かべ、短いスカートを翻しながら、颯爽と去って行ってしまった。新見先輩の手前バラすはずもない。鴨川先輩はまぁ、イメージ通り誘惑系女子だけど、新見先輩は色恋沙汰には興味なさそうな優等生に見えるから、周りからの心象が下がる恐れがある。


 青木くんが心配そうに「大丈夫か?鴨川先輩、何か言ってた?」と聞いてくれた。

「ううん。とりあえず、青木くんは鴨川先輩の本命じゃないから大丈夫」と答えると、「そっか」とほっとしていた。青木くんが怖がるのも無理ないよ。私も、鴨川さんに狙われたら、恐怖で足がすくみそうな気がする。肉食女子だ。あれは。


 片付けが終わると、ほらご褒美といって、舌の上にチョコを乗せてくれた。

 優しい。優しい。口の中に入れられたチョコは、舌でとろけてあっという間になくなった。


「たまには、違う味」と、口に入れられたのが飴じゃないとわずかに驚いた私の顔をみて、意表をついてやったとばかりに、楽しそうである。


「おいしいー。もっと!」そういうと、「おう」と言って、2個目を放り込んでくれる。

 甘いは正義!

 おねだりすると、もうないって言われてしまった。


「鈴木さんって美味しそうな顔で食べるよな。小動物みたい」

「人間です。身長が低いからって舐めないでよね!」照れくささも相まって、意地悪く返してみる。


「はは。―――今回さ、すっごく楽しかった。久々に学校楽しいと思えた」そういう青木くんは思ったより真剣な表情をしていた。

「そっか。結果オーライなら、強引に実行委員にされたのも悪くなかったね」

 行事ってやっぱり大事だなって思った。私も青木くんの勇姿を拝めて眼福でしたよ。


「だから、本当にありがとな」そう優しい声でこちらに笑いかける青木くん。その笑顔を私が独占できていることに心が満たされた。


 私は青木くんの優しい話し方に弱い。


 今回の行事で、あきらかに青木くんはモテるようになるだろう。でも、今の―――この瞬間は私だけのものだから。そう思った。

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