第15話 彼シャツ

◇◆◇


 危惧していたことは、起こらなかった。

 時々、一年生の女の子に呼び出され、告白されている青木くんは見たけど、そこまで被害はなさそうだ。


「そりゃぁ、手作りお弁当作っている彼女がいたら、告白しようって思えないでしょうよ」そう楓ちゃんはあきれたように言ってる。

「彼女じゃないし......」


 青木くんから、そういったアプローチは皆無である。ペット兼親しい友達ポジションなんだと思う。

「紗枝……、貴方、青木くんに良いように使われていない?」

「大丈夫。お礼はもらっているから。それに私以外がこの役やるの嫌だもん。けん制になるなら結構!結構!」


「そっか。紗枝が良いなら良いけど。……あまり、辛くならないようにね」そう楓ちゃんが頭を優しく撫でてくれる。

「えへへ。ありがとう」というと、楓ちゃんに「かわいいやつめ!」と言われ、両手で髪の毛をかき混ぜられる。細い髪はかき混ぜられて、わたあめみたいになってしまった。


 トイレから戻ってきた青木くんは、「どうしたらそんな髪型になるんだよ」と噴き出していた。そして、持ち前のクシを取り出して、優しく私の髪をほどいてくれる。なんか甘い。

 髪の毛に感覚はないはずなのに、ドキドキして胸が苦しい。

 幸い、青木くんは背後にいるから、顔が赤いのはバレていないはず。



 ◇◆◇


 今日は青木くんと一緒に下校している。

 クレープを食べに行こうと誘ったら、意外にも良い返事をもらえた。

 楓ちゃんと以前いった「クレープのマリン」というお店である。


 店舗に入ると、急に雨が降ってきた。秋の空は女の心みたいに変わりやすいというだけある。さっきまで快晴だったのになぁ。ちなみに私の心は全然変わりませんので、ご安心ください。青木くん一筋です。


「いらっしゃいませ」店員さんに話しかけられて、それぞれ頼んだクレープを受け取り食べる。

 私はいちごチョコクレープに、青木くんはツナマヨクレープにしてた。青木くんは、がっつりおやつタイムだったらしい。お腹減るよね。口いっぱいにホイップクリームを頬張ると幸せでたまらなくなる。


「鈴木さん、本当に美味しそうに食べるよね」

「だって、幸せじゃん。クレープ時々無性に食べたくなる」

「へぇ、俺、生クリーム苦手だから羨ましい」そ、そっか。生クリーム苦手なのに付いてきて来てくれるなんて優しいな。

「俺は総菜系のクレープが好きなんだよね。だから、誘ってもらって嬉しいよ」私の表情を呼んで青木くんがフォローしてくれた。ということは、また誘って良いというだろうか。


「でも、鈴木さん美味しそうに食べるから。本当にうまそうに見えてきた。一口もらっていい?」私はおずおずと青木くんに自身の食べかけのクレープを差し出す。青木くんはぱくりと結構な量食べてしまった。

「ああ……私の大切なクレープがぁ」

「ごめん。うんうん。うまい」そういって、俺のも食べる?と青木くんが聞いてくれたけど、遠慮した。青木くんの食べかけのクレープを凝視する。

 間接キスになるのではないか。これはという問いである。やましい気持ちを慌ててかき消す。


青木くんに「ぼーっとしているけど、食べないの?それ」と言われ、食べかけのクレープが取り上げられてしまった。

 あ、あ。間接キスが!と思ったが、青木くんは余程お腹が減っていたのか私のクレープもペロリと食べてしまった。


「ひどい。ひどい」珍しく私が怒っているのを青木くんが若干困ったように眺めている。

「まだ食べたかったのに」間接キスだってしたかった。

 青木くんは、少し反省したのか、ケーキののったデラックスなクレープを奢ってくれた。美味しい。チーズケーキのってる。ふふ。


 しかし、青木くんって本当に無防備だなぁと思う。

 距離感が近いし、いちいち可愛いのだ。

 こちらは間接キスにドキドキしていたのに、青木くんはまったく悪気がなさそうである。意識してないのにも程があるだろう。ちょっとはモテ属性を反省してほしい。


 でも、一緒にいると幸せなのである。


「晴れて良かった」「な」

 そう言いながら、雨のあがった道路を通る。結構降ったようで大きな水たまりができている。


 結構狭い道路なのにわりと大きめなトラックが走ってくる。

 バシャ。


 青木くんも、私も結構水たまりの水をかぶってしまった。

「大丈夫?青木くん」

 私も上半身、かぶってしまって少々寒い。


 髪が濡れたらしい青木くんが、前髪を搔きあげる。色っぽいセクシーな瞳があらわになって、紗枝の鼓動は高鳴る。ご褒美かって思うくらいのカッコ良さである。控えめにいって最高!


「大丈夫?っていうか、それアウトだろ」といって、青木くんが私の手をとって走る。耳が赤い。どうしたのだろうか。

「ねぇ、どこ行くの?」そう聞くと、「とりあえず、俺の家。そこで、着替え貸すから」と目を合わせてくれない。


 青木くんの家かぁ。

 シャツが肌にはりついて、ちょっと気持ちが悪いけど、青木くんの家かぁ。楽しみだなぁ、とわくわくする。


 歩いて5分くらいすると青木くんのお家についた。

 おおおー。ここが青木くんのおうちか。結構立派なおうちだなぁ。


「お、おじゃまします......?」

「大丈夫。母さんも、父さんも仕事だから」


 いなくても緊張する。

「そこ座ってて。俺の部屋から鈴木さんも着れそうな服、探してくるから」

 私はドキドキしながら、鈴木くん家のクリームベージュ色のソファーに座る。なんというか、うちの家に比べて落ち着いた大人っぽい感じのお部屋である。


 じろじろ見てはいけないと思いながら、目をこらしてみる。

 あ、あれ。あの写真立てに入っているのは、青木くんの小さい頃かな?今より、目つきが良くてあどけない感じ。可愛い。髪もふわふわしてそう。

 ありがたやぁ、ありがたやぁと紗枝は、そのまぶしい写真に頭を下げた。


「ちょっと、挙動不審なことしないでくれる」

 そうしているうちに青木くんが服をもって降りてきた。

「そ、それは、美容室で来ているシャツでは?!!?!」と興奮気味で伝えると、青木くんは「反応しすぎ。これが一番女の子が着ても変じゃないからな」と渡してくれる。


「えっと、あっち洗面台だから、早く着替えてきて」そう促されいそいそと移動する。


 うーん。

 身にまとってみたけど、ゆるい。

 ダボダボである。


「うーん。うーん」と青木くんも、ちょっと変だなぁと言っていた。

「さっきの恰好もなかなかヤバいけど、これはこれでアウトな気がする」とぶつぶつ呟いている。

「っていうか、この状態で二人っきりも、なかなかヤバいな」といった後、青木くんは「送る!」といって、立ち上がる。


「えー、もっと、青木くんのお家探検したい」というと、「風邪ひくし、なかなかその恰好、視覚的にヤバいので、とりあえず帰って」と追い出されてしまう。


 寂しい。つれないなぁ。青木くんは。濡れたシャツは紙袋にいれてくれた。

「青木くんのシャツ良い香り」そうクンクン袖をかぎながらいうと、青木くんは頭を抱えて、「危機感なすぎ......」と困っている。「あの水たまりは、危機感あっても避けれなかったよ」と返すと、「そのことじゃない」と言われてしまった。「どのこと?」というと、「もうやだ」と無視されてしまう。悲しい。

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