第11話 運動会と道連れと
「運動会の役員決めるぞー」
担任の佐々木先生が静まれというように、教壇の机を日誌でばしんと叩いた。
運動会と文化祭は役員が大変だから、皆なりたがらないのだ。なりたくないことだけは雰囲気で感じ取れる。そうだよね。面倒だよね。
「やりたいヤツは挙手」
そう先生はいったけど、もちろん誰も手を上げない。目も合わせない。そんな中、グクァーという青木くんの寝息とは言い難い、いびきが聞こえてきた。だいぶ、お疲れのご様子だ。
「......じゃぁ、そこの気持ちよさそうに眠っている青木でいっか」
先生は名案だとばかりにぽんっと手の平にこぶしをのせた。
あ、あ、あ、青木くん、勝手に運動会役員にさせられちゃっているよぉ。大丈夫かなぁ。アルバイトもあるのに。こんな時ぐらい起きていて、といびきをかいている青木くんを横目で見ながら思う。
「他には誰かやるヤツいるか?」そう先生が言い終わって、コンマ1秒たたないうちに私は挙手した。青木くんの隣は譲れない。
「先生、私やります!鈴木、運動会役員やりたいです!!!」
ハァハァ......すっごく疲れた。先生は、「そんなやりたいなら、さっきの時点で手挙げろよなぁ。まぁ、鈴木なら引き受けてくれると思っていた」と含みのある笑いをしながら、厄介ごとが片付いて至極ご満悦そうな様子である。
休み時間になり、青木くんの肩を揺さぶる。
「あー、鈴木さんおはよー」とぽやぁとした顔で、髪をぐちゃぐちゃしながら起きる青木くん。眠そうな目をこすってる。
自分の身に何が起こったかも分かっていなそうだ。寝てたから。
「青木くん、やっと起きたぁ」そして、寝ている間に起きたことを話す。嫌がると思ったらそうでもない。「ただしばらく、バイト控えるしかないかなぁ」とちょっと嘆いてはいた。
「まぁ、鈴木さんと一緒だから。そんなに嫌じゃないし」
なんだ、その期待に満ちた眼差しは......きゅん死するでしょ!逆にこっちが期待しちゃうでしょ!まったく、無意識に期待させるような性能でもついているんだろうか。青木くんは。
それに、最近ちょっと青木くんがイケメンであることが周囲にバレつつあるんだよね。前より笑うようになったから、可愛いよねと、陰で言われているのも知っている。でも大丈夫。青木くんは、夢にしか興味がないからね!!
って自分でいってて少し空しくなってきた。夢がライバルとか不毛すぎる。
「そうね。青木も少しは学生らしく青春した方が良いわよ」と楓ちゃんが話に交っている。そうだね。私自身も役員引き受けるのが面倒くさいよりかは、わくわくして楽しみという気持ちが強くでている気がする。どんどん楽しんでいこう。
そして、放課後に、運動会実行委員会に参加。クラスから二人。一学年に三クラスあるため、十八人のメンバーで執り行うことになった。実行委員会の委員長と副委員長は最高学年である三年生から選ぶのでまだ、マシである。
「委員長の
「副委員長の
「ど、どうしたの青木くん?」と、狼狽する青木くんに小さい声で話しかけると、青木くんは「昔、色仕掛けしてきた先輩だ」とブルブル震えだした。
「そこ、どうかした?」そう委員長の新見先輩がこちらを見たので、ついでに色気ムンムンの鴨川先輩もこちらを向いてしまった。
やばっ、青木くんの存在に気づいてしまったようで、鴨川先輩は面白い獲物を見つけたとばかりに舌なめずりをするようにニヤリと笑った。残念なことに、隠すには青木くんの図体はでかく、私の身体は小さかった。
無事第一回運動会実行委員会が終わると、青木くんは無言でドサっと勢いよく立ち上がる。わ、私も早く退室しようと思い立ち上がると、目の前には色気ムンムンの鴨川先輩がいて、艶やかなリップに彩られた唇から、切なそうに「青木くん......♡」と呟いた。
青木くんは、結局断れずに鴨川先輩に連れていかれてしまった。
「やめてあげて下さい......」と真っ青な顔色の青木くんを確保した鴨川先輩を止めようとすると、「それは貴方に言われることじゃないわよね。さぁ、青木くん行きましょ」と腕を絡められた青木くんは連れ去られてしまった。
でも、私だって、一友人、もしくは弁当を作ってくれるペットみたいな存在として、青木くんをほっとけない!と思い、尾行する。
屋上へつながる中階段で、壁ドンされた青木くんは、「ひぃっ」と小さく怯えていた。
あぁ、聞こえない。
見つかりたくないが、会話は聞きたい。それに、青木くんの安全の確保は私の仕事だろう。
そういって、身体を前に踏み出すと、
「あの子です。鈴木さん、いや、紗枝は俺の彼女なんです!!!」
と私を指さすばつの悪そうな表情をした青木くんと目があった。
「本当なの?この子が青木くんの彼女?」
鴨川先輩は腕を組んで、私を上から見下ろしている。ひぃ、目つきがこわい。そして、ワイシャツの襟元から除く豊満な谷間がなんとも眩しい。つ、強い!でも、私は青木くんのガーディアンである。絶対に、守るんだから。
「はい、私、鈴木紗枝は、青木くんと付き合っております。下校だって一緒にする仲ですし、デートだってバンバンします」前半は嘘だが後半は断じて嘘ではない!!
「へぇ、でも、一緒に下校したり、遊ぶのは別に単なる友達でもやるわよねぇ」
「いや、先輩。すず、いや、紗枝は俺のためにお弁当を作ってきてくれたり、それを一緒に、ラブラブしながら食べたりしているんだよ。なぁ、紗枝!」
こんなことを理由に、苗字ではなく名前で呼んでもらえるとは、嬉しいような。嬉しくないような。そして、名前知ってたんだね。ほくほく。
まぁ、理由はさておいて、紗枝と呼ばれるのは、特別感があって悪い気がしない。嬉しくてニヘラと頬が緩んでしまう。
「はい。鴨川先輩。青木くん、いや善くんは、私の手料理以外は受け取りません。それが愛し合っている一番の証拠です」私は胸をはって伝える。青木くんは私が守る!
「ふーん。あっそ」とつまらなそうに、鴨川先輩は階段を降りる。よしゃ。勝利。
「でもさ、雰囲気がちょっと違うと思うんだよね、恋愛のそれと」とぼそっと呟きながら。びくっ。するどい。
◇◆◇
鴨川先輩がいなくなって、静かになる。
「……ありがとう。鈴木さん、本当に助かった」そういって、青木くんは崩れ落ち体躯座りをしている。
「何だか、すっごく強そうな人だね。鴨川先輩って」率直な感想を述べると、青木くんは中学校の時の苦い経験を吐き出すように語った。表情が暗い……!
話はこうだった。
中学校で、サッカー部に入った青木くん。鴨川先輩はそこの女子マネージャーをしていたらしい。頼りになる女の先輩と思い、楽しく皆を交えて話す中だったとのこと。だが、青木くんが中学二年生になり、身長が伸びると、個人的に誘われるようになっていたらしい。その頃、鴨川先輩はサッカー部のキャプテンと付き合っていたらしい。なので、青木くんも油断して遊んでいたらしい。しかも、キャプテンを引き合いに出されるから、断ることもできず。
違和感を感じながらも過ごしていたのだが、夏合宿の時、鴨川先輩が青木くんを呼び出し、色気を最大限に利用したモーションをかける。それを、サッカー部キャプテン(彼氏)が目撃。修羅場になり、青木くんは部活をやめたという、なんとも痛々しい内容だった。
同時に、男の先輩に嫌われるだけじゃなく、サッカー部の友達にも嫌われてしまったらしい。
「……だってさ、彼氏いるのに。まさかって思うじゃん」
「世の中には、肉食女子っているから……ねぇ」
「でも、鈴木さんは、豚肉食べている時、鶏肉食べる?プリン食べている時に、パンナコッタ食べる?」
ちょ。青木くん。例えが……食べ物に。つまりは、キャプテン食べている最中に青木くん食べようとしたってことか。分かりやすい。
「ってか、青木くんってそんなにモテたんだね。モテるのもなんだかしんどいね」
「あれだよ。鈴木さんでいう、高木がクラスに10人くらい待機している感じだよ」
「そ、そか。それは結構キツいな……」
「でしょ。――でも、最近高木元気ないよね」
「なんでだろう。楓ちゃんが、楽しそうに話しかけているみたいだけど」
そうなのだ。
前までウザいくらいに、絡んできた高木が大人しい。
今回ばかりは反省したのかもしれない。思い返しても最低だったよね。
「ちなみに、全盛期の青木くんみたいな。どんな感じだったの?」
そう聞くと、「ほれっ」とスマホの古いデータを探して見せてくれた。
周りの男子より、身長が高く頭一つでている。
今と違い黒髪は、さっぱりと整えられている。
黒目が上気味に配置されている今と同じ三白眼ではあるが、それがぐっと大人っぽくセクシーに見える。
黒い髪、黒い瞳であるが、どこ日本人離れしている、中性的な感じが、なんというか危うい。
ダイ〇ンじゃないけど、吸引力がすごいわ。これ。
「うわぁ、これは。ちょっとあれだね。危険物だね。危険物!ちなみに、この画像共有して欲しいなぁ、なんて」とどさくさに紛れて上目遣いで、強請ったのだが、もらえなかった。つらたん。
「でもさ、中身なんて何も変わらないよ。中2のガキだし。それなのに、周りが牛劇に変わると、見た目しか皆、興味ないのかなぁってさ」
「うーん。確かに見た目から入ることもあるだろうけどさ、ちょうど中2って思春期でそういうのも出てくるんじゃない?」
「そっかぁ。うーん。ちなみに、鈴木さんは中2の頃なにしてたの?」
「うーん。部活かな。陸上部で走高跳びやってたよー。県大で2位」とピースしながら話すと、青木くんはおおーと拍手をしてくれた。私の数少ない自慢できる話である。
「青木くんは、サッカー辞めた後は何していたの?」
「モデルとかかな……」
そ、そっか。
そうだった。そういやぁ、モデルやってたってこの間言ってたよね。いやはや、イケメンの有効活用である。
「そこで、ヘアスタイリストさんと一緒に仕事して、俺もやってみたいって思って美容師目指すようになったんだぁ」今に至るまで、色々あったんだねぇ。モデルでも全然いけそうな感じもするけど、何で今はやっていないのかなぁ。
「ちなみになんていう雑誌に載ってたの?」買い占める!フリマサイト駆使して買い占めてみせる!お小遣い尽きるまで!
「え、やだよ。鈴木さん、すっごい収集しそうじゃん」って青木くんは眉を顰める。どうやら、思惑がばれてしまっていたらしい。
「ふ、ふん。そんな貯金おろして、買い占めようなって思っていないからね!そ、それに私だって、声かけられたことあるよ。髪切らせてくださーいって」そういうと、青木くんは私の髪をさらりと撫でた。
ドキドキドキ。
なんだ!天然のたらしめ!!
「俺もこの髪好き。綺麗だと思う。いつか、切りたい。触りたい」と、爽やかに笑う。はいはいはい。髪ですよね。好きなのは髪ですよね!!!勘違いするから!心臓に悪い。
でも、青木くんにこんな風に褒められるなら、毎日ケアしていて良かったかな。
「ちなみに、シャンプーとか何使っているの?」と聞かれる。うちは、母が意識高い系なので、母の美容室で購入しているシャンプーやコンディショナーを使わせてもらっている。その品名を告げると「わー。結構いいの。使っているね!俺もそのシリーズ好き。匂いもすっごく良いよね」と言いながら、髪の毛をくんくんされた。
お母さん、貴方様のおかげで、好きな人に頭の匂いをかがれています。
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