第10話 青木くんに近づく方法

 青木くんが珍しく起きていると、思ったらチョキチョキ画用紙を切ってた。

髪ではなく、紙である。


「何してるの?」と聞くと、「切り絵。手先器用になりたいと思って」

おお。青木くんの趣味なのだろうか。


 後ろから覗き込む。

 

 うわぁ、綺麗。

 牡丹の形に黒い厚紙が切られていく。柔らかな花弁に、繊細な雌蕊。茎の部位まで、本当に美しい。

チョキチョキと上手に切っているのと、カッターも使用しているようだ。

 「綺麗……だね」


 「なんだか、初めて見たら、楽しくなってきちゃって」と青木くんは、褒められたのが照れくさいようだった。

 窓から温かな日差しで、青木くんの瞳がきれいに輝いている。柔らかな表情だなぁと思う。


 「青木くんってすごいね。万能というか。やる気に満ち溢れてる」


 「そんなことはないよ。でも、昔から一生懸命何かするのが好きかな」と笑った。

 「モデルしてた頃は、かなり勉強していたし、身体も絞ってた」


 ってえ?!

 「モデルしてたの?」

 「あぁ、従兄弟に誘われてね」何気ない感じの返事ですが、吃驚したぁ。

 でも、この間、海にいった時、異様に撮られ慣れている感があった。


  「ん?どうした?」と首を傾げたような表情も、妙に色っぽい。

 モデルの青木くん……あ、ありですな。心の中の私がプラカードに大きく書かれた「あり」を誇らしげに掲げている。ああ、モデルとして活躍している青木くんを想像したら、興奮のあまり鼻血がでそうです。


 青木くんを知る度、こうして気軽に話してはいけない存在のような気がしてしまうよね。ただ単に顔が良いという魅力だけじゃない。一生懸命ひたむきに生きていた人特有の迫力があるような気がした。ずっと、目標を定めて前を向いてきたんだろう。


 カッコいいな。


 ちなみに、本名で活動していなかったからか、インターネット検索しても出てこなかった。残念。青木くんについて、もっと知りたい。知れば、知るほど遠く感じたりするかもしれないけれど。


 「どうしたら近づけるかなぁ」

 一緒にお弁当を食べたり、順調に仲良くなれている気がする。だけど、違うんだよなぁ。

 青木くんは私の随分前を歩いている気がする。そして、私はこれからも、青木くんの背中をずっと眺めているのだろうか。



 隣に立つにはどうしたら良い?ベッドの上で天井を見上げて考える。彼のことで自身の頭を煩悩いっぱいにするのは至極簡単なことである。だけど、それだと、一方通行で青木くんからは一生意識してもらえない気がする。高校時代が終わったら、おそらく縁もなくなってしまうのでは?それは嫌だ。これ以上距離を離されたくない。会いたい。話したい。

 青木くんの手を握って、前に進みたい。追いかけるだけじゃなくて。


 天井に貼られた青木くんの写真に手を伸ばし、その先の掌をぎゅっと握る。手に入れたいなぁ。夢を。そして――。

 やってみよう。自分にできることを―――そう、紗枝は思う。



 慌てた足つきで、カメラを持って家を飛び出した。それしか方法がないような気がした。

 どこにいこうかと、紗枝は考えた。


 海のピュアな青。泡のように弾ける白い波。伝えたいのは躍動感。

 ひときわ輝く花。花の柔らかさや温かさ。紗枝は、望遠レンズで背景をぼかす。

 朝の透き通った空気の中、広大な赤。紅葉。色づいたナナカマドの葉。曇り空が美しい色を一層引き立てる。


 今までの貯金をはたいて、レンズを買う。もっと、撮りたい。もっと表現したいことがある。


 楽しいと思った。


 胸が高鳴る。頭がいつも以上に稼働していて、血が湧きたつ。

 青木くんがいなければ、こんな興奮、知らなかったと紗枝は思った。


 都会のイルミネーションをスローシャッターで撮る。

 フィルムに届く光の量を調整する。

 これだ。


 カシャカシャとシャッターを切る。

 それと同時に、人生が明るく色づいた。

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