第9話 海とプレゼント

◇◇◇


 青木くんと私は、電車で近場の海に向かう。

 電車に乗ることもあり、タロウは一度家に帰す。偶然居合わせたお母さんは、青木くんを見て「あら、素敵ねぇ。うふふ」とうっとりしていた。後で根掘り葉掘り聞かれて、からかわれそうでこわい。出発間際に忘れ物を取りに言ったら「いつも彼にお弁当作っているのかしら。青春ね!」と肩を叩かれた。母よ……。


 天気は快晴なのだけど、風はひんやりして冷たい。

 砂浜につき、少し肌寒いなぁと、思ったら青木くんが着ていた黒色のアウターを貸してくれた。


 わわわ。嬉しい。さりげないなぁ。こういうこと自然にできる所、きゅんとくるなぁ。

 さっきまで羽織っていたためか、青木くんの体温がうつって温かい。それに、このアウター青木くんのいい匂いがする。

 世の中の男子で、こんなに良い匂いのする男の子なんているのだろうかと思う。青りんごのような爽やかな香り。袖をくんくんする。


「いい匂い~!」

「ちょ、恥ずかしいこと言わないで、鈴木さん。こら、クンクンしないの」とまるで犬に言い聞かすかのように、注意された。はい。すみません。


「わぁ、綺麗だね」

 青木くんと私は時々、シーグラスや貝を拾いながら波打ち際にそって歩く。私はカメラでカシャカシャ、波打ち際を撮る。楽しい。水面が太陽の光を反射してキラキラしている。


 私の長い髪が落ちてきて、撮影の邪魔だなぁと思っていると、青木くんが荷物からヘアゴムを取ってきて、私の髪をあっという間にポニーテールにしてくれた。


「ありがとう。流石……手際いいね。あと、このヘアゴム――」

「ああ。これさ、お弁当のお礼に渡したいなぁって思ってたけど中々機会がなくてさ。その……今、渡せて良かった」と鼻先に手を置きながら照れくさそうに青木くんは話した。胸がドキドキしてしまうのは必然だ。


 あぁ、照れくさそうな表情もいいなぁ。

「その顔、撮って良いですか?」そうお願いすると、青木くんは迷って「いいよ。ただし、悪用はしないでね」と笑った。



 海藻を拾う青木くんを撮影してみる。イケメンは海藻を拾ってもかっこ良いから不思議なものである。いつだって、良いアングルなのだから末恐ろしい。干からびた海藻も青木くんに拾い上げられて本望だろう。なんだか、撮られなれてるなぁ。本当に良い被写体である。


 すっごく楽しい。

 海と空のコントラスト、そこに被写体として青木くんがいるだけで、こんなに心が満たされるなんて。

 砂浜に残る足跡や、落ちている流木。波にあたりに行く青木くん。シャッターを切る私。



 貝を拾ったと笑う青木くんを撮影すると、バックの夕日をまるで青木くんが持ち上げている風になり、うわぁ、今日の最高の一枚撮れたかなぁと紗枝は思った。


 帰り道。

 青木くんは、「はしゃぎすぎた」と笑っていた。

 電車の窓に映った自分のヘアゴムを見ると、綺麗なガラス玉がいくつもついた可愛いシュシュだった。

 その感触を確かめるように触ると、「それいいでしょ。結構探したんだ。鈴木さんっぽくない?」と照れくさそうにしている。


 好き。好き。スキー!!!!!

 そう満員電車じゃ叫べなかったから、家で枕に顔を埋めて叫んだ。


 そして、魔法の道具。いつでも、青木くんに会える。そう撮った写真を見るだけ!


 お父さんに教わりながら、写真をPCで確かめると、お父さんは「誰だ。この男は!」と落ち着かなくなっていた。お母さんは、「彼氏かしら」と聞いてくる。「違うよ。でも好きな人」というと、さらにお父さんはギギギと歯ぎしりをした。その表情がタロウにそっくりだった。タロウはちなみに、お気に入りのピンクの水玉クッションでくつろいでいる。


 お母さんは「見直しても、やっぱりイケメンだわねぇ」とうっとり見ている。

 お父さんはさらに火がついたようで、「イケメンであろうと、男女交際は早い。男なんて皆ケモノなんだから」うんぬんとガーガー怒ってる。

 弟は「まるでモデルみたいにかっこいいな。この人。やるじゃん。姉貴!」と興味深そうにじっくり写真を眺めている。


 家族全員で秘密というか青木くんを共有しているようでなんかヤダ。紗枝は、自分で調べて自室でゆっくり見れば良かったと後悔する。

 ガーガー顔を赤くしてお小言をいうお父さんが原因で、何だか家に居づらくなり、写真を入れたUSBをもって、近くのカメラ屋さんへ急ぐ。そして、青木くんの写真を現像する。


 部屋に戻り、壁一面に青木くんの写った写真を飾ったら、ちょっとストーカーみたいな自分にドン引きしたけど、家族にはバレているし気にせずいこう。まるで夕日を持ち上げているような青木くんの写真は他の写真より、デカめに引き伸ばしてみた。



 お父さんに「本当、何でもないんだろうな」と詰め寄られながら、「大丈夫。青木くんはね。私の被写体だから」というと、そうかと言ってリビングのソファーに戻っていく。隣に座ったお母さんに「あんまりしつこいと嫌われるよ」と諭されている。


 今日も良い日だったなぁ。いっぱい青木くんと一緒にいられた。

 紗枝は、満足感を感じながらお風呂に入る。

 青木くんが、結んでくれた髪をほどくのは少々嫌だが、仕方がない。髪が潮風で、べとついてしまっている。

 もらったシュシュを見る。


 私を想って、青木くんが選んでくれたプレゼントかぁ。なんだか、胸が熱い。

 少しでも、視界に入れてうれしいなぁ、そう紗枝は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る