第8話 青木くん、連れて行ってくれるって
◇◇◇
「紗枝ちゃん、どうだったー?!」
教室に戻ってくると、楓ちゃんが私の方へ駆けてくる。
「食べてもらえた......」と小声で言うと、後ろからぎゅっと抱きしめて「良かったね」と言ってくれた。
一方、青木くんは、微動だにせず寝ている。きちんと、歯磨きをして戻ってぐぅぐぅ寝ているあたり本当にマイペースで生きていて素敵だなぁと思った。青木くんの口腔内環境は素晴らしいだろう。歯並びも良いし。私も歯磨きはしているけど、青木くんが潔癖なら、それに見合うよう、私も身だしなみはちゃんとしなきゃいけないなぁ、と思う。
「飴、もらった......」口の中の飴は、すぐ溶けてなくてしまった。それを紗枝は惜しく思う。だって、青木くんからの初めてのプレゼントだったから。楓ちゃんは「あまーい」などと天を仰いでオーバーに表現しながら、一緒にキャハキャハ喜んでくれた。
「楓ちゃんはどこいってたの?」そう聞いてみると、「高木観察しにいってた」と驚愕の返事をしてきた。「え、何で?何で高木?」と聞くと、「今、面白いことになっているから。高木崩しだよ。高木崩し」と悪そうな表情でニヤついていた。可憐な見た目なのに、楓ちゃんは怖いところが時々ある。
まぁ、その矛先が私に向かないから良いのだけど。時々、ゾクっとするのは気のせいではないはず。
あんまり、高木崩しについては触れない方が心臓に良さそうな気がして、急いで話題を変える。
次はどんなお弁当にしようかなぁ。
そしたら、ぴろりんと連絡がきた。青木くんからだ。「負担になるから、金曜だけお弁当もらえると助かる。材料費もかかった分教えて」そう連絡がきた。こちらを気遣う優しさにほっこりする。「それと、美味しかった」と追加で返事が。こちらからは「了解です。好きな食べ物を教えて下さい」と連絡をする。
卵焼き。唐揚げ。アスパラ。ベーコン。色々な献立がきて「嫌いなのは何もないから大丈夫」ときた。
毎日、作りたいけど、駄目かな......でも、しつこく食い下がるのもなぁ、と紗枝は迷った。
それに楓ちゃんともお弁当一緒に食べたいし、と毎日弁当はあきらめる。
青木くんとお弁当を食べる金曜日。
うきうきしながら、学校に通うことができた。
今日は4度目のお弁当日。今日は三食そぼろ丼と、カリフラワーとズッキーニのサラダ、たんぱく源が必要だろうと思って、別で鶏のマスタード焼きを弁当に詰めた。
相変わらず、青木くん綺麗な箸使いでお弁当を食べている。食材料費は実費を計算して出してもらうことになった。
「このサラダのドレッシングうまいな」
「ああ、それ人参すりおろして作ったの。最近、新人参でてきて甘いから」
「なんか、手料理って幸せだなぁ」青木くんは手を伸ばして、眠そうにフワァと欠伸をした。ふふふと私がにやけると、「そういや、鈴木さん進路どうするの?料理うまいから、そっち系?」と言われ、もんもんとしだす。
そうだ。進路希望届の用紙を今日受け取ったんだっけ。浮かれていて忘れてたよ。進路かぁ……。進路。
「青木くんは、もちろん美容師だよね」進路が決まっていて羨ましい。
「まぁ、狭義ではそうだけど、色々なことに挑戦したい気持ちがある。人生長いし」
その後、青木くんと色々と話せたんだけど、自分の進路を考えると頭がぐるぐるしてしまう。もう進路って決めなきゃいけないのかな。進学?それとも就職?家に帰ってからも、しばらく考えていたけれど全く答えがでない。
「お母さん、あのね。進路希望の用紙もらったのだけど」
そういって手渡す。
「もう、そんな時期なんだね。これいつまでなの?」と聞かれて、一か月後と伝えた。
「そっかぁ、じゃあ、ゆっくり考えたら。お父さんもお母さんも犯罪者じゃなければ、何になっても良いと思うし、応援するよ」と言われて、がくんと落ちた。
そりゃあ、そうだ。自分の進路だから、自分で決めなきゃなぁ。ソファーに寝転んでいる弟にきいたら、俺はユーチュー〇ーと言っていて今時だなぁと感じる。
好きなものって何だろうと考えるけど、青木くんのことしか思い浮かばない。最近の私の頭の中身は青木くんでいっぱいだ。
「そうそう。紗枝。次の土曜、お誕生日じゃない?何か欲しいものある?」
「うん。カメラ欲しいなぁ」
とダメ元で言ったら、一眼レフきたーーー!誕生日当日びっくりした。両親は、「やるなら、しっかりな」とエアーカメラを抱えるポーズをして満足気に笑っていた。
試しに、首からストラップで一眼レフを下げ、タロウと散歩する。
カメラを構えて、ピントを合わせて......、かしゃかしゃ。
ちらちら、こっちを振り向きはしゃぐタロウ
あはは、ブレブレだ。でも、空中を飛ぶ白いフレンチブルドッグはとても可愛らしい。
タロウを学校につれていけないけど、これを楓ちゃんに見せたら十分魅力が伝わる気がする。
タロウの目線が知りたくて、姿勢を落としてカシャカシャと撮影する。
超アップでタロウの顔を取ると、タロウの濡れた黒く平べったい鼻、白いヒゲ、だるんだるんの頬、きらっきらに光る黒いビー玉のような瞳がきらきらと輝いている。
―――失敗しても、何度でも撮り直せば良いんだ。
被写体を探しながら、歩いていると、美容室の前の自販機にジュースを足している人がいる。
顔が見えないなら撮影して良いかなぁと思い、シャッターを切ろうとすると、
「鈴木さん、それアウト」と自販機のドアから青木くんがひょいと顔を出した。
「あ、青木くん!」
「被写体にはきちんと許可をとらないとダメだよ。ってか、俺って気付いてなかったのか」
「あ、ごめん。これ、誕生日プレゼントでもらって、つい楽しくなっちゃって」
「え、誕生日って」
「......昨日、誕生日でした」
「そういうことは、早く教えてよ」と青木くんは若干怒っている。
「店長、申し訳ないです」そういって、青木くんは、私服に着替えて戻ってきた。
「大丈夫?」というと、「今日は予約少ないから大丈夫って言われた」と、飄々としている。しかし、まぁ。
……私服かっこいい。深緑色のキャップをかぶっているけど、それがまたおしゃれで、ネイビーのニットに黒いスキニーも似合っている。ずっと見ていたいってそうじゃないっしょ。私。はぁ、流石に申し訳ないなぁ~!
仕事の邪魔だけはしたくないと思っていたのにと、そう紗枝が思っていると、
「え?もしかして、鈴木さん。俺とデートしたくないってこと?」と青木くんが意地悪く笑った。
「で、デート?」驚愕である。デートって、デートだよね?!あのデート。
「おう、どこか行きたいとこある?」
「海」
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