第3話 ときめき

 ◇◇◇




 わわわ、青木君にまた来いよって言われちゃったぁ! しかも、一緒に下校できた。足長かった。背高かった。声が優しかった。とっても、かっこよかったぁ!


「ふふふ」

「ちょっと、紗枝一人で突然笑いだすのやめなさい」

 夕飯のコロッケを突きながら、怪しげにふふふと笑い出す紗枝に、家族は若干ひいている。


「ふふふ」

「本当に変な子。食べるときはヘラヘラしないの。いったい、どうしたの?」

「何でもないってばぁ!」

 と言いつつ、緩んだ顔をしている娘に、そんなに浮かれる子でもないのになぁ、と母は思った。


「はぁ、気持ちいー」

 寝る前に窓を開け、一日の青木くんの表情や、仕草、声を思い出し、火照った頬をひんやりとした外気で冷やす。

 ――青木くんともっと仲良くなれるかなぁ。なりたいなぁ。明日学校で会えるのがまた楽しみである。



 しかし、もう秋に近づいてきたからか肌寒いなぁ。

 お風呂に入ったあと、かけ布団もかけないで、窓を開けたまま、眠ってしまった紗枝は、火曜日の朝からぶるっと寒気で自身の体が自然と震えてくるのが分かった。



「おはよぉ……くしゅん」

 そういって、バッグを置いた後、二の腕を両手でさすりながら席に座ると、親友の楓ちゃんが「大丈夫?風邪?」と出会って10秒でご名答な心配してくれた。ちなみに、楓ちゃんは私の自慢の親友で、顔が可愛いだけではなく頭の回転もすこぶる速い。こんな可愛くて聡い女の子の傍いれるだけで、自分もちょっとイカしているような気がする。


「風邪かもぉ、ごほっ……ごほっ」

 そう返事をすると、クラスメイトの高木が大丈夫かぁ? と割り込んでくる。うげぇ。こんな体調が悪いときに、話しかけてこないで欲しい。周りの女の子からモテるらしい高木だが、本当悲しくなるくらい全てが好みじゃない。まぁまぁ顔が整っていてスポーツできるからって、調子に乗ってんなよって思う。性格が粘着質でジメジメしているところが特に嫌い。


 なんと答えようか、そもそも答える義務があるのか、考えている間に、さらに熱が上がってきたようで、頭がクラクラする。


「保健室に行こう」

 と高木が連れて行かれそうになるが、一緒に行くのが嫌で、首を横に振る。首を振ったことによりさらに頭がぐわんぐわんする。

 もう、無理……と、しゃがみこんでしまった所、楓ちゃんは「紗枝ちゃんっ、どうしよう。歩けるかな」と珍しく狼狽している。


 「俺が連れて行くよ」

 と高木の声が聞こえ、腕をひっぱられる。

 

 でもヤツにだけには、連れていかれたくない。視線がねっとりして気持ち悪くて、一緒にいるだけで不快感でゾワっとする。

 

 拒否したいのに、言葉も出ず、頭がぐるぐるして、目も開けてられなくて、目を瞑りしゃがみこむ。学校休めば良かった、とそう思った時に――


 「――ちょっと失礼」

 そういって、ひざ下に腕をいれられ、グイっと私は軽々と持ち上げられていた。低くて、抑揚のあまりないけど優しい声。


 この声は――大好きな青木くんの声だ。



 青木くんの匂いが近い。

 良い匂いするなぁ。青りんごとか、そっち系の爽やかな香り。何の匂いかなぁ。整髪剤とか? 具合悪いの忘れちゃいそうになるくらい、ちょっと幸せだ。


 目が開けられなくて、青木くんがどんな顔で、どんな風に自分を持ち上げているのか分からない。


 だけど、軽々と自分を持ち上げてくれて、やっぱり男の子なんだなぁ、と熱に冒された頭で、紗枝は思う。



 目を覚ますと、保健室の美杉が「あら、鈴木さん起きた?」と色っぽく足を組んでこちらを見ている。大事な部分が、見えそうで見えない素晴らしい足組みの技術である。

 ポニーテールに眼鏡、素晴らしい曲線美ですね、と昔伝えたら、「年齢だからか、ハリはあんまりないのよねぇ」とヌラヌラ濡れた唇をあけハァと不満げにため息のついたのは美杉先生である。


 「あ、えーっと、そのおはようございます?」

 言葉にこまり、そう話すと、「もう夕方よぉ」見てと窓の方向を指している。

 「さっきまで、青木くんも待ってたんだけど、アルバイトの時間だから帰っちゃったみたい」ふふふと色っぽく先生は笑った。


 さっきまで、ここに、青木くんがいたのか。


 確かに彼の残り香がするような気がすると、クンクン空気を嗅いでいると「もう、何しているのよ」「青木くんを補充しています」そう真面目に答えると「女の子がクンクンするでない」と先生に小突かれる。


 「まぁ、でも、良い子よねぇ」

 と先生がぼそりと呟く。

 

 紗枝は反射的に先生を睨む。

 「ちょっと、怒らないでよ。誤解よ。そもそも生徒にモーションかけて失うものの大きさ理解して頂戴!そこまで、頭が悪くはないわ。そんな私が人生をかけてまで生徒にモーションかけるように見える?」


 見えるよ。美杉先生。目に毒だ。貴方の色気は。

 十分に、昼下がり、男子高校生を保健室に連れ込んで如何わしいことしてそうな雰囲気でているよとは言い辛い。ちらりと見える太ももが女子である紗枝から見ても官能的である。


「もう、違うわよ。何であんなだっさい前髪で隠しているのか分からないけど、すごく元の素材が良いなぁって思っただけよ。それに貴方に対しても、紳士的な対応だったし素敵よねぇ」


「え、紳士的な対応って?」


「だって、私がいない間、貴方をベッドに横にならせて、濡れタオルを頭にのせてくれていたのよ。それに、私が来た途端「鈴木が、先生!」って懇願するような目できて。真面目な子よねぇ」


 そんなに、青木くんにご迷惑をかけていたなんて。

 しかし、もったいないことした。気を失わずにその光景を目で見て、心のデータフォルダに収納したかったよ。


「私が、男子高校生だったら、えっと、青木くんの立場だったら、まずスカートをめくってパンツをみるわね」って先生は下衆く笑った。先生……控えめにいって最悪だな。

「ちなみに、ちゃんとかけ布団もかけてあって、貴方は、すやすや寝てたわ」

 

 いびきかいてないようで良かった。

 しかし、青木くんに迷惑かけちゃったな。


 そして、体調不良の理由は、青木くんを観察しすぎて寒空の中、身体が冷えてしまったことだと、自分を反省する。例えていうなら、面白すぎる漫画のための身を削って夜更かしと似たようなもんである。最近の私は面白すぎる漫画同様、青木くんの観察が中々やめられない。それぐらい青木くんには中毒性がある。


「あと、青木くんから伝言。「ゆっくり休め。美容室に来るなら応相談。一緒に下校するのは可」だって、良かったわねぇ。青春だわね」

 先生は親御さんに迎えにきてもらったからと、席を立つ。


 美杉先生は迎えにきた私の母と色々話している。

 ぐぬぬ。美容室に行くのを制限されるのは、少し寂しい。青木くんの仕事ぶりをじーっと、見ていたい気持ちもある。し、か、し……一緒に下校するのか可って、頬がゆるんでしまう!

(青木くんと、一緒に帰れるってこと?! うわわぁああああ!!! やったぁ!!)


 眠ったのもあるだろうが、テンションがあがる内容に一気に、体調が回復してきたような気がする。


「ちょっと、紗枝。何、ガッツポーズして! 貴方具合悪かったでしょうに」

「……とても、喜ばしいことがありまして!」

 そう迎えにきたお母さんに答えると、「あら、良い夢でも見たのかしら」と、残念な子を見るようにこちらを一瞥し、適当に流しながら、私を連れ帰った。


 ご飯を食べるときも(一応食欲はありました)、お風呂に入るときも、ベッドで眠ろうとしている時も、紗枝は、ニヤける自分を止められなかった。


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