第2話 視線が熱い【青木くん視点】
◇◇◇
好きという気持ちって何だろう、と青木は思う。
そして、その感情は自分には無縁なもののような気がした。
俺の学校生活は単調で、精神力と体力を美容室のアルバイトに全振りしていた。あごひげがカッコいい店長に頼んで、見習いとして働かせてもらっている。そして営業後は、研修させてもらっているから、夜はそこそこ遅い。帰宅後、学校のテストの予習をしていると、どうしても学校では瞼が重くなってしまう。
幸い、親は夢にひた走る俺を咎めたりしなかった。父は建築会社で働いていて夜は遅いし、母もIT企業で働いており、帰りが遅い。それを良いことに俺は夢へ一直線の生活していた。
あぁ、この間の犬、可愛かったな……。
小さい頃、白い毛のフレンチブルドッグを飼っていた。かぎっ子だった俺は相棒と言わんばかりに、一緒に過ごしていたことを思い出す。最近は、運動不足の解消のため、朝の時間帯に走っている。そしたら、耳を後ろにとがらせて、元気そうにくりくりお目めで白い毛並みのフレンチブルドッグがこちらに走ってくるではないか。懐かしいなぁ。ああやって、よく走っていた。息を切らすように。鼻は時々黒く濡れていて、とても、可愛かったな。
思わず俺は昔飼ってた犬に見た目そっくりな、そのフレンチブルドッグを抱きかかえる。温かな感触。犬特有の甘い香りが、ふわっと香って愛しさがこみ上げる。
皮のたるんだ眉間を撫でると「何?何?」っていう顔でこちらを見る。
首輪をしているが、その先がないなと思い顔を上げると、目の前には顔を蒸気させた女の子が息を荒くしながらこちらをみた。
膝に手をついて肩で息をしているのは、白いパーカーをきた女の子だった。
綺麗な薄茶色の長い髪がサラサラと揺れる。
抱き上げてるこいつと同じような色彩だな。
この白いフレンチブルドッグも耳の先は淡い茶色で色づいている。
なんだか、似ているなと思い、くすっと青木は笑う。
「心配かけちゃ駄目だ……お前」
そう諭すと、タロウと女の子に呼ばれたフレンチブルドッグは「くぅうん」と反省していた。
その女の子は、言葉も発さず俺を凝視している。
み、とれてる……まずい。やっちゃった。
俺は三白眼もちで決してイケメンではないが、タッパがあるからモテるのを自覚している。その容姿を生かして、昔はモデルも実はやっていた。だから、少し態度を軟化させると、平和な学校生活が営めないのは急激に身長が伸びた中学生時代に嫌というほど、学習している。
幸い悪い目つきが功を奏し、前髪を伸ばせば少し根暗な近寄りがたい人の出来上がり。根暗の周りに人は集まらないであろうと、目立たないようにしている。そっちの方が楽だから。
青木は、そこまで意識していなかった。
タッパは勿論のこと、目つきが悪いわりに、顔立ちが整っていることと、気付かないけれど、距離感が近くて女の子に自分のことが好きだと錯覚させてしまう行動をとってしまっていたことに。
本人はもちろん、そんなことに、気付いていないから、仲良くない女の子に突然告白されたときや、お互い全然意識していなかったのであろう女友達から突然告白された時は、どうしたら良いか分からなかった。
そして、ちょっと人間不信になりそうにもなった。身長が高ければ誰でも良いのかなって。
身長を生かしてモデル業をやって、少し有名なったあたりから、知らない子が待ち伏せしていることも多く、女性を見て、可愛いなぁと思う気持ちより、恐怖心の方が勝ることも度々あった。
中には、色仕掛けを仕掛けてくる女の先輩もいた。
胸や太ももは、そりゃあ健全な男子はそういうの好きだけどさぁ。
青木は潔癖な所があり、色仕掛けに対し興奮より先に嫌悪感がでてしまった。男ならば誰でも誘いに乗ると思っているのか? と。自分の親が恋愛結婚でどこからどうみても相思相愛だったために、その場限りの関係などには違和感を感じる。見た目も軽そうに見えたからか、周りにそういう女ばっかり集まってきた時は絶望した。
それ以降、自分の目つきの悪さを生かし、階段を降りるかのように、どんどん自分のイメージを下げていった。元はファッションに興味あるため、かなり外見に気を使っていたが、学校では大好きなおしゃれを封じる。鬱陶しい前髪にはワックスもつけないし、相手が不愉快にならないように気を使って笑うことも辞めた。
カッコイイも作れるが、カッコワルイも十分作れるもんだと青木は確信している。
そもそも、色恋沙汰に時間をくっている場合ではない。
自分には一人前の美容師になる夢がある。
メイクや、ヘアセット、ネイルについて幅広く勉強し、いずれは自分の店が持ちたい。トータルビューティーを取り扱い尚且つ美容師の試験も受けられる大学があり、そちらへの入学も検討している。
だから、ちょっとしまったなと思った。
俺に見蕩れているだろう、あの顔。
さっきのフレンチブルドッグを連れていた子には、見覚えがあった。すぐには思い出せなかったけど。
あのサラサラの髪質は、俺も美容師を志すものとして一目置いていた。同じクラスの鈴木さんだ。
彼女の髪は本当にきれいで、シャンプーやコンディショナー何使っているの? トリートメントはしてる? と個人的にききたいくらいだけど、控えていた。
薄茶色の髪は太陽の光を通すとさらに美しく光沢を持つ。それに、サラサラの風になびく長い髪が綺麗だなと思っているのは、俺だけではないだろう。
鈴木さんは、良い方で目立つ子だった。
しかし、鈴木さんか。
授業中も寝てしまう俺でも分かる。
小顔で色白で、お人形さんみたいなのだ。着せ替えしたらさぞ楽しそうだと思う。そういうある意味、近寄りがたい外見なのに友達が多いのは、鈴木さんが何だか少し抜けてて憎めない子だからだと俺は思った。
彼女のあの表情。
俺の無遠慮な眼差しは、中学校の友達に『らぶ☆マジック』と変なあだ名で揶揄されたぐらい異性に有効らしい。どうしよう。鈴木さんが俺に惚れていたら? そう思ったけど、そんなに嫌な感じがしなかった。それが何故なのだか、俺には分からないけど。
その後、まぁしばらく休みだし、鈴木さんも俺のことは忘れているだろうと、俺は思った。そもそも、クラスメイトだということも気づいていないだろう。
「……はっ!?」
それなのに、鈴木さんは俺の店の前をうろちょろしているのが目に入る。これは、ちょっと発動してしまったかもしれない。『らぶ☆マジック』と……。と、思ったが、挙動不審な行動をとる、鈴木さんが思いのほか面白く、逆にしばらく観察させて頂くことにした。鈴木さんと色恋沙汰という組み合わせが何だか新鮮で面白い。
それにしても、俺のことを見すぎだろ! 視線があきらかに俺に集中されると、さすがにこちらが照れてしまう。
(く、少しは、遠慮してくれ)
そろそろ注意しようかと思った時に、美容室の扉があき、ベルが鳴った。
「13時半から予約していた鈴木です」
鈴木さんご本人のご来店である。あ、この鈴木って、鈴木さんのことか!と口に出しそうになったが言わないことにして、俺は平然を装いながら、店長を呼ぶ。
鈴木さんが俺の仕事場にいるとは不思議な気分だ。
今日のスウェットパーカーは、ベージュ。ゆらめく薄紫色のロングのプリーツスカートが鈴木さんの可愛らしさを引き立てている気がする。それに、髪が相変わらずサラサラだ。これはあれだ。是非是非、触ってみたい。
でも、あまりじろじろみては嫌だろうと思い、目の前の仕事を集中することにした。俺は見ていなかったけど、鈴木さんが俺をじーっと見つめているのは分かった。
少しは抑えてくれ、そんなに一生懸命見つめられたら恥ずかしいと再び思い、顔をあげて鏡越しで鈴木さんを見つめ返してやった。
長い睫毛に縁どられた黒目がちな瞳が、驚いたようにきょとんとこちらをみる。思わずくすっと笑ってしまった。ちょっと意地悪だったかな、そう俺は反省し、バックヤードへ下がっていった。
喉が渇いたのでお茶を飲みつつ、鈴木さんも喉乾いたかなと思い、飲み物を持って行った。
「ありがとうございます」
小さく鈴木さんは礼をする。プニプニの白いほっぺがハムスターみたいだ。礼儀正しくて、好印象だった。
それから、店長に呼ばれ、シャンプー後の鈴木さんの髪をヘアドライヤーで乾かしていく。鈴木さんの髪の触り心地は、サラサラだけどしっとり。髪の水分も良好。思った通り、ずーっと触っていたいくらい良質な髪でした。念願叶って、俺も嬉しい。
「ありがとうございました」
鈴木さんはペコペコ礼をして、去っていった。
感じの良い子だな。それに、髪の毛の感触がたまらない。そう青木は思った。
長い休みが終わり、俺はちょっと早めに家を出た。
満員電車が苦手なので、空いている時間に電車に乗ることにしている。
いつもと変わらぬ乗客、変わらぬ日々の朝だけど、学校にいけば鈴木さんに会えるかなと、ふと思った。
「クラスメイトだって知ったら驚くかも」
想像したら、クスっと笑ってしまった。
鈴木さんならありえそうだ。普段からぼーっとしてそうだから。
案の定、鈴木さんは登校しても全然俺に話しかけてこない。でも視線を感じるから、おそらく気付いているとは思う。そして、そんな鈴木さんの様子を睨むように見ているのは、サッカー部エースの高木である。
露骨だなぁ、と思う。高木は鈴木さんが好きらしい。で、鈴木さんが見ている俺のことが嫌いらしい。高木は付き合いがないし、別にそんなに仲良くしてもらわなくとも、全く困らないので放置する。
このクラスになってから、高木は事あるごとに鈴木さんにアプローチしているがうまくいかない。何故なら鈴木さんはニブい。ゲキニブなのである。この間なんて、高木が鈴木さんを映画に誘ったら、高木さんは「その映画、興味ないんだよねぇ」と返事していた。違う、高木はその映画を見たいんじゃなくて、高木さんとデートしたいんだよ、とクラスメイトの全員が思ったであろう。でも、誰も言わない。
まぁ、高木のことはさておいて、鈴木さんは俺のことを見たかと思えば、話しかけてこないし、特に学校に用もないので、終礼の鐘とともに席をたつ。今日は好きなファッション雑誌の販売日である。楽しみだなぁ。
いつも通り帰路を辿ろうと玄関を出ると、
「あ、の、あお、青木くん!!」と話しかけられる。
後ろを振り向くと、上履きを履いたまま追っかけてきた鈴木さんがいた。
心なしが息が荒い。走ってきたのだろうか。
「えっと、どした?」
そう聞くと、愛犬を助けたお礼と美容室でのお礼を言われた。反射的に青木は知らなかった振りをしてしまった。だって、最初から気付いていたのにクラスメイトとして声をかけなかった後ろめたさもあり「あ、あの時の……」と初対面を演出してみた。そして、流石にそれでは帰れないだろうと「上履き……」と紗枝の足元を指すことにした。
履き替えておいでというと、ここで待っていてよね。絶対、と言わんばかりの表情だ。
「――ちゃんと話聞くから、履き替えてきたら?」見兼ねてそう声かけすると、走って駆けていった。
はは。面白い。
そのあとは、俺が美容師になりたいことや、仕事内容、勤務日の曜日について話した。
「また来い」といって欲しそうに、真ん丸なお目目をきらきらさせていたから、そう言ってみた。うんっと元気よく頷いた彼女を見送る。
「なぁ、あの子さ。いつも、善のこと見に来てないか?」
そう店長さんに言われる。
また来いよっていったけど、ちょっと見に来すぎ! 回数が多い!
想定外だ……。
俺は、鈴木さんに見られているであろう背中が熱くなるのを感じ、額に手をついて溜息をついた。
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