その名は嫉妬心
「そっかそっかー、あず良かったね!」
「うん、ありがとうひかる」
「結婚式は呼んでね!」
「それはまだ早いと言いますか、何と言いますか……」
帰国して久しぶりに、ケーキ屋サクラに顔を出した。もちろん、鈴木さんと一緒に。
ここのケーキ食べたかったのもあったんだけど、一応帰ってきたよって報告というか顔を見せた方が良いかなって思って。
案の定、俺が入店すると同時に桜田ファミリーが全員集合して撮影会を始めてしまったんだ。……もちろん、被写体は俺ね。辛い。フラッシュが辛い。
「あ、あの……これ、いつまで続くの?」
「いつまでも! そう、線路のように!」
「2年も居なかったんだから、サービスしてよね!」
「ちょっと父さん、僕の分焼き増ししてよ」
「おう、任せとけ!」
いや、任せとけじゃなくてさ。ケーキ作ろうよ。今、開店中でしょう……。
そう3度は思ったけど、4度目で諦めた。そうだ、この人たちはそういう人だ。
俺は、鈴木さんと桜田くんが談笑している隣で棒立ちになるしかない。できれば、同年代の会話に混ざりたい。
「はあ〜ん、イケメンは何年経ってもイケメンだわあ。なんだか、ちょっと凛々しくなっておばちゃん泣いちゃう」
「これも、子どもの成長というやつだろう!」
「そうね! これで、五月くんのアルバムに写真を増やせるわね!」
「えっ……、アルバム?」
「あー、うちの両親、君の成長日記とアルバム作ってるよ。赤ちゃんの時の写真がないって嘆いてるから今度ちょうだいよ」
「あげるかっ!!!」
「あら、その顔良いわ〜」
「おい、ひかる。レフ板を少し左にずらしてくれ!」
「はいはい〜」
「青葉くん、大人気だね」
「……はは」
いつ終わるんだろう。
早く帰って鈴木さんとケーキ食べて、ぎゅーしてチュッチュしていちゃつきたい。でも、鈴木さんが楽しそうに話してるの見れるからいいか。
なんて、そんな和やかな空気は突如終わる。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ!」
その切り替えは、さすが仕事人って感じ。
桜田ファミリーは、お客さんがお店に入ってきたと同時に営業スマイルに切り替わり接客に向かった。あれ、レフ板どこ行った? カメラは?
とにかく、今まで普通に接客してました的な雰囲気を出している。そうか、これがプロか。
「おすすめはどれですか?」
「おすすめは、先程作ったいちごのショートケーキ、それに、当店自慢の桜色のチーズケーキです」
「桜色? 着色料使ってるの?」
「いいえ、桜の花びらと皮を丸ごと使ったさくらんぼで色付けしています」
「あら、いいわね。じゃあ、それ5つ」
「ありがとうございます」
ショウウインドウの前にいることに罪悪感を覚えた俺は、そのまま鈴木さんの居るところへ向かおうとした。
でも、それは叶わない。
「そうだ、五月くん」
「何、桜田くん?」
楽しそうに外を眺めている鈴木さんを横目に、ニコニコした桜田くんが話しかけてきたんだ。
まあ、ご両親が接客してるし、あれ以上話しかけたらお客さんに威圧感与えちゃうよな。
なんて考えていると、桜田くんが口を開く。
「僕ね、小学校上がるまであずと一緒にお風呂入ってたんだ。家族公認でね」
「は?」
「宿題やって遅くなった日は、一緒のベッドで朝まで眠ったこともある。あずって、鼻まで毛布被る癖あるんだよね。息苦しいの心配になって、何度か直したけどまた被っちゃって。だから、僕の着てたTシャツを顔に押しつけてあげたの。そしたら、満足したみたいで朝までグッスリだったな。ああ、懐かしい」
「っ……」
その顔は、笑っている。けど、声はとても平坦でいつもの彼ではなかった。
え? 6歳まで一緒にお風呂入ってたの?
ってか、いつまで一緒に寝てたの? Tシャツに顔押し付けたって、それ抱きしめながら寝たってこと!?
その事実は、嘘ではないと思う。
桜田ファミリーも鈴木ファミリーも、そういうフレンドリーなところがあるから。
いやでも、モヤる。過去なのはわかってるけど、すっげーモヤる。
鈴木さんは、桜田くんの匂いに安心して寝たの? 一緒にお風呂って、服着て入ったわけじゃないよね? え? え?
と、脳内パニック状態になっていると、唐突にシャッター音が聞こえてくる。
「はい、嫉妬顔いただきました」
「は!?」
「いや〜、五月くんはどんな顔してもイケメンだなあ。それにその服、あずが好きな色だね。今も変わってないんだ?」
「っ……!」
「はい、2枚目〜。……あ、これは僕が大切に保管しておくからね?」
茶化された。
そう思うも、顔の熱さは取れそうにない。ってか、鈴木さんって緑好きなんだ。それとも、黒? わかんねぇ。
俺は、「ありがとうございました〜」と笑顔で接客に戻る桜田くんを無言で見ることしかできなかった。
今日、絶対鈴木さんと一緒にお風呂入ってやる! んでもって、好きな色を聞く!
絶対に! ぜええええええったいに!!!
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