好き、嫌い、好き
みなさま、お久しぶりです。青葉です。
突然ですが、今俺は自室のベッドの前で正座をしています。
目の前のベッドには、鈴木さんがスヤスヤ眠っています。服を身につけてない状態で毛布を被って寝ています。……ええ、そうです。やっとそうなりました。
正直、やっとって感じです。我慢した甲斐があったなって。日本に帰ってきたなって感じがして、舞い上がったものです。
でも、そのまま舞い上がりすぎてですね。はい。
「……初めての子を気絶させるまでヤるって、俺は死にたいの?」
絶賛、反省中なのです……。
***
なんだか、とても甘い香りがするわ。これは、何?
「……?」
目を覚ますと、見慣れた天井が視界に入る。でも、ここは私の部屋じゃない。ここは……青葉くんのお部屋だわ!
私ったら、いつの間にか寝ちゃったの!?
「っ……!? あっ」
急いでガバッと起き上がると、服を着ていないことに気づく。何事かと思ったけど、徐々に眠る前の記憶が蘇ってきたわ。そうよ、私……。
顔が熱い。いいえ、全身が熱い。まだ初夏だというのに、ここだけマグマの火山口のように熱い。
服を着ていないことに気恥ずかしくなった私は、勢いよく蹴り飛ばした毛布を手繰り寄せる。
と、そこでベッド前にて、正座をする青葉がいることに気づいた。……もしかして、今の一連の流れを見られてた? でも、下を向いているからセーフかも。
「……あ、青葉くん、おはよう」
「おはようございます……」
「え、えっと、その……さっきは「ごめんなさい!」」
「え?」
青葉くんは、下を向いたまま謝罪の言葉を口にした。その膝に乗っている拳は、小刻みに震えている。なんだか、そのまま土下座でもする勢いだわ。
もしかして、私何かしちゃった?
変な姿たくさん見られたから? 他の女の人の素肌を知らないから、自分に変なところがあっても気づけない……。いっぱいいっぱい過ぎてあまり覚えてないのも、良くなかったのかな。
それに、いつの間にか寝ちゃったし、未だに服着てないし常識ない人だと思われた?
それかそれか、もしかしてその、青葉くん気持ちよくなかった? こういうの、相性があるってネットで読んだから……。
どうしよう。
服着てないまま、家から放り出されたら。やっぱり別れようって言われたら。やっぱり、練習してくれば良かった? これでも、ネットでたくさん予習したんだけど……。
「鈴木さ「あ、あの!」」
今まで感じていた熱さが、サーッと驚くほど綺麗になくなった。それと同時に、背中に冷たい汗が滴り落ちる。
私は、青葉くんから何か言われる前に口を開いた。
「あの、えっと、ごめんなさい……。ネットで、その、勉強してきたつもりだったんだけど……。う、うまくできなくて、しまいには途中で寝ちゃって。ごめんなさい! あの、もう一度勉強するから……勉強、する、から……」
その言葉と一緒に、涙が溢れる。
ここで泣いたって、何も解決しないのに。わかっているのに、止まらない。
両手は毛布を持って塞がっているから、顔も隠せないの。
泣き顔を、青葉くんに晒すしかできない。
醜態なんて、考えていられないわ。それよりも、青葉くんに捨てられる方がずっとずっと怖い。
あんなに待ち遠しかった青葉くんが、遠くに行ってしまうなんてもう考えられない。
「……え、待って。鈴木さん勉強してきたの?」
「う、うん。有料会員登録して、動画見て予習してきた」
「……は?」
「あっ、もしかして、これって浮気になる……?」
私の馬鹿!
そうよね。これって浮気になるじゃないの! なんで登録する前に気づかないの!?
ああ、終わった。あんな必死になって一晩中手順確認までしたのに。あの時は、青葉くんが楽しめるようにって必死に勉強したのに……。根本的なところがダメだった。
きっと、次の言葉は「別れよう」だわ。
覚悟を決めましょう。言われたら、すぐに服を着て出て行くしかない。これ以上嫌われたら、耐えられない。
「……あ、あの。鈴木さんは動画見て、その、何か思った?」
「え、思っ? 何が?」
「あ、いや、その。……セックスしてる動画見たんでしょう? 男の人の身体見て、ムラムラしたり変な気持ちになったりしたの?」
「……? ムラムラって何?」
「うっ、えっと……。俺とした時みたいな気持ちになった?」
「特に。一般的な手順確認と、どういう感じで進めたら失礼がないのかとか……。保健の授業してる気持ちになったけど、それって変な気持ちに入るかな」
もう良いわ。正直に話して、後は青葉くんに託しましょう。私の役目は終わったの。
出来るだけ心を無にしながら、最後に青葉くんの毛布の匂いを堪能しておこう。もう嗅げなくなるから。
……あ、この辺青葉くんの匂い強い。ここ切り取って持ち帰っちゃダメかな。ダメだよね。
「……よかった」
「え?」
「鈴木さんは、俺のこと嫌いになってない?」
「なんで嫌うの? 青葉くんが私のこと嫌うんでしょう?」
スンスンと匂いを嗅ぎながら絶望的な気持ちになっていると、なぜか青葉くんが安堵したような顔をしていた。意味がわからない。
どう反応したら良いのかわからないでいると、正座していた青葉くんがこちらに寄ってくる。
「初めてなのに、気絶させるまで無理させちゃったから」
「え? 私、気絶したの?」
「そうだよ、寝たわけじゃない。俺が、鈴木さんとするの楽しみにしすぎて理性飛ばして、無理させちゃったんだよ」
「……でも、普通は気絶なんかしないでしょう?」
「普通が分からないけど……。でも、今日はスキンシップして怖がらせないようにしようって思ってたんだよ。でも、俺が我慢できなくなって……。だから、謝るのは俺の方なの」
「……そうなの?」
よくわからないでボーッとする私に向かって、青葉くんは体温を届けに来た。ぎゅーっと抱きしめられるだけで、別れようって言われたらどうしようって不安が吹き飛んでしまう。
やっぱり、青葉くんはすごいな。
離れている時間が長かったのに、こうやって私のことをわかってくれるんだから。私も、青葉くんにそう思ってもらえるように頑張ろう。
「でも、あの、お願いなので有料会員は解約してください……」
「あ、は、はい!」
「あと、できれば服を……着て欲しいと言いますか、なんと言いますか」
「ああ!」
「シャワー使ってさっぱりしてきたら?」
「……お借りしますぅ」
青葉くんの言葉で初めて、自分が毛布1枚で居ることに気づく。さっきまでは覚えていたのに!
またもや全身が沸騰するような熱さを身に感じつつ、私は青葉くんに向かって情けない声を出す。
流した涙は、いつの間にか乾いていた。
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