俺の好きな人



 鈴木さんは、万能だ。


 成績優秀で、面倒見が良いから学校ではアイドル並にモテる。

 家に帰れば、家事は完璧にこなすし、双子や父親の子守り(?)をしながら美味しい夕飯を作る。運動はできないし絵心もないけど、それは些細な問題に過ぎない。


 顔だって、その辺のモデルなんかよりずっと可愛い。少し童顔なのを気にしてるけど、俺は好き。

 ただ、メイクはギャル系よりナチュラル系の方が似合ってるかな。ギャル系だと、変に大人びていてチグハグなんだ。素顔を知ってから、その違和感が大きくなった。

 まあ、どっちの鈴木さんも可愛いのには変わりない。


 でも、彼女はたまにバグる。


 あれは、春休みにスーパーへ2人で買い物に行った時のこと。



***



「……」

「鈴木さん、どうしたの?」


 乳製品コーナーで牛乳を見定めて、すでに5分は経過していた。いつもなら、パッと商品を手に取り他のセール品を回るのに。

 チーズを見ていた俺は、不思議に思って声をかける。すると、


「これさ、消費期限って……」


 と言って、牛乳パックの一番上の部分を見せてきた。


 そこには、「2021.04.01」の文字が。

 今日は3月29日だから、その数字は別におかしくはない。


 ロット番号の方の語呂とか? そう思って見るけど、特に思い出すようなことはない。それに、鈴木さんが指差しているのは、消費期限の方だ。


「牛乳は消費期限でしょ? 賞味ではないよ」

「あ、うん。それはわかってるけど……。日付がね」

「日付?」


 やっぱり、日付の方らしい。


 何が疑問なのか、さっぱりわからない。

 消費期限前日になれば値引きされるだろうけど、今定価なのは当たり前だし。

 新学期が始まることに気づいたとか? いや、さっきクラス替えの話をしたところだからそれはないな。


「日付がどうしたの?」

「ん……。あの、これ」


 正解がわからず鈴木さんに聞くと、彼女はこう言った。


「日付がエイプリルフールでしょ? 嘘なのかなって」

「……は?」

「あ、あの、4月1日って嘘ついて良い日でしょ? だから、消費期限も嘘ついてるのかなって。でも、1日期限のしかないから買おうかどうか迷ってるの」

「……」


 良くわからない。


 もう一度言わせて欲しいんだけど、良くわからない。


「……そう言うのは嘘つかないよ。ってか、ついちゃダメだって」

「そうなの?」

「そうだよ。そんなこと言ったら、1日は生活がそもそも機能しなくなる」

「でも、そう言う日なんでしょ?」

「……鈴木さん、エイプリルフールをなんだと思ってるの」


 結局、その日は渋々牛乳を購入し、グラタンを作ってくれた。「お腹壊したらごめんね」と本気で心配しながら。


 ってことは、4月1日は鈴木さんに嘘をつき続けないといけないの?

 でも、鈴木さんに嘘でも「嫌い」なんて言いたくない。「可愛くない」も「一緒に居たくない」も、言いたくない。

 その日、休もうかな……。



***



 こうやって、彼女はたまにバグる。


 それがまた、愛おしさに変わるから。俺もきっと、鈴木さんの前ではバグってるんだろうな。

 一緒にいると、たまに感覚がわからなくなる。「鈴木さんペース」は結構強い。


 でもまあ、それで良いか。

 俺の好きな人が笑ってくれているなら、なんでも良い。


 鈴木さんは、俺にそう思わせてくれる人だ。


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