暑さの中に溶け込んだ、交差する「勘違い」


 夏休み。

 双子は、さっちゃんちへゲームしに行っちゃった。来週、そのシリーズの新作が出るんだって。「おさらいするの!」って言ってたけど、何をどう「おさらい」するんだろう?


「暑い……」

「ごめんね。クーラー、来週には直るから」

「奏なら直せるんだけどなあ」

「え、橋下くん何者?」

「さあ。あいつ、機械系強いから」


 私はというと、いつも通り青葉くんと家で課題をしているわ。リビングのローテーブルに教科書とかを広げてね。

 本当なら、涼しい部屋でやるんだけど。一昨日からクーラーが壊れてて、扇風機しかないんだ。しかも、3段階調整しかできない古いやつ!


「扇風機の風がもう暑い……」

「図書館行けば良かったね」

「いや、知り合い居たらどうせ厚着しなきゃだから変わらない」

「あ、そうか……」


 青葉くんも、大変ね。

 今日の彼は、黒のハイネックノースリーブにワインレッドのスキニーパンツ。がっつり刺青見えてるもんね。耳にある、ピアスも。

 私はもう見慣れたわ。


「ねえ、ここの古文なんだけど」

「どれ?」


 今日の課題は、古文ばかり。私、苦手なの。

 でも、青葉くんは得意みたい。謎解きしてるようで面白いんだって。

 なのに、数学は苦手らしい。そっちの方が、謎解き感あると思うんだけどなあ。


「長文苦手」

「英語と同じだよ。単語と接続語さえ抑えてれば、後はパズルみたいに組み合わせればいいんだから」

「そう簡単にいかないわよー」

「あはは。どこわからないの?」


 暑さと古文の意味不明さが一気に押し寄せるから、私の脳内はドロドロに溶け切っている。何か冷たいものでも入れないと、熱出そう。

 けど、ここだけは終わらせないとね。


「『伊勢物語』の3問目」

「ああ。これは……」


 私が問題集を指差すと、青葉くんが移動してくる。


「!?」


 ちょっと!?近いんだけど……!


 あろうことか、青葉くんは私を後ろから抱き寄せ、あぐらをかいた膝の上に乗せてきた。その距離は0。彼、無意識でこういうことやるのよね。未だに慣れない。


 でも、不思議と暑くなかった。……私、汗臭くない?大丈夫?

 これで集中しろってのが、無理だわ。


 私の脳内はパニック寸前だけど、彼はあまり気にしてなさそう。そのまま後ろから腕を伸ばして、問題の解説を始めている。……集中しないと。


「これは、貴族間の主従関係を解く問題でね」

「う、うん……」

「貴族って一言じゃ表せなくて、もっと細かい位置付けがあって」


 ……あ、なんか後ろ。

 後ろに、硬いのが当たってる。なんだろう?


「あ、青葉くん」

「……ん?どうしたの?」

「あ、えっと……後ろに」

「……後ろ?」

「……後ろ、なんか硬いの当たってる」

「………………」


 あれ、黙っちゃった。


 恐る恐る言った私の言葉に、青葉くんはすぐさま顔を赤くして反応を返してくる。そして、


「……触る?服越しならいいよ」


 と、これまた真っ赤な顔のまま、目線を合わせて言ってきた。


「いいの?」

「……うん。鈴木さんにならいいよ」


 その言葉にペンを置いた私は、方向転換をして彼と向き合った。

 ……本当、顔が赤い。やっぱり、暑かった?クーラーなしでこの距離はね。暑いよね。すぐ終わらせるから、ちょっとだけ我慢しててね。


 暑さより好奇心が勝った私は、両手を使ってその硬い部分に触れた。


「…………あー、そっち」

「……?」


 触れたと同時に、青葉くんの口からはなんだか期待外れのような声が漏れ出す。


「ベルト、取る?」

「このままでいいよ」


 ……骨盤、あまり触らない方がよかった?

 青葉くん痩せてるから、結構骨が出てるのよね。それに、今日はスキニーだから特に。


 私、骨盤とか鎖骨とか結構好きなの。特に好きなのは、くるぶし部分。見てると、ドキッとしちゃうんだ。


「青葉くん、もっと食べないと消えちゃう」

「……うん。……うん、そうだね」

「……?」


 いつのまにか赤面顔が消えてる。

 そのかわり、なんだか呆れ笑いというかなんというか微妙な顔つきで私のことを見てるわ。どうしたんだろう?


「やっぱり、鈴木さんはかわいいなあ」


 よくわからず青葉くんの顔を覗いていると、彼はそう言って頭を撫でてきた。


 その笑い顔、反則だわ。

 ……今度は、私の顔が赤くなる番ね。






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