最近気になるその人は、正真正銘のド天然ボーイ?

細木あすか

だって俺、猫じゃないし



「鈴木さん、無脊椎動物って足いっぱいのやつ?」

「それもそうだけど、他にもいるよ」

「え……。あ、軟体動物!」

「脊索、棘皮、線形、環形もね」

「そんなにいるんだ……」


 日曜の昼下がり。


 私は、現場帰りの青葉くんを家に招いて宿題の手伝いをしていた。

 金曜の夜から、泊まりがけで雑誌の撮影したんだって。そのせいで宿題が一切手付かずらしく、今に至るって感じ。

 彼、私の写せばいいのに自分で解くって言って。偉いよね、応援したくなっちゃう。


「うーん、中学の時は脊椎動物と無脊椎動物がいますーみたいな内容だったよね。こんな細かくなるとは思ってなかった」

「そうね。一気に教えてくれればいいのに」

「本当!これくらいなら、中学生にも理解できるって」


 なんて言いながら、青葉くんは問題集に落書きしてる。棘皮動物の文字下には、ヒトデやナマコの絵が。しかも、結構上手い。

 双子が見たら、このままお絵かきタイムになりそうね。幸い、2人はクラスメイトのさっちゃん家へ遊びに行っている。だから、リビングは私たちで独占!


「青葉くんの絵って、ゆるキャラっぽい」

「そう?こんなゆるキャラ居たら怖くない?」

「あー……。ユルくはなさそうね」

「それに、着ぐるみ作っても人が入らなそう」

「あはは、たしかに」


 彼、昨日までの現場が動物関係のものだったらしいの。スタジオに犬猫が大集合してたんだって。ちょっと羨ましい。


「あ!鈴木さん!」

「なあに?」

「俺、すごいこと気づいた」

「え、どうしたの?」


 スタジオに犬猫がたくさんいる様子を想像していた私は、青葉くんの言葉で現実にかえる。

 すごい真剣な顔してるわ、青葉くん。何に気づいたのかしら?


 生物の教科書を閉じながら、青葉くんの「発見」を聞くため視線を向ける。すると、


「無脊椎動物の着ぐるみ作っても、中に人が入ったら脊椎動物になる……!」


 と、真顔で言ってきた。


 急に何を言うのかと思えば!

 斜め上の予想をいく「発見」に、私は笑いを堪えられなくなる。麦茶、飲んでなくて良かったわ。吹き出すところだった。


「ふっ……ふふ、青葉くん。面白い……」

「へ!?な、何か変なこと言った?」

「い、言ってな……ふふっ。あはは!青葉くん可愛い」

「……馬鹿にしてる」

「してないしてない」


 私に笑われた青葉くんは、頬を膨らませながらムスッとした表情になった。けど、それも面白すぎて私の笑いは止まらない。


 これは、橋下くんに報告せねば!

 そんなことを思っていると、再度青葉くんが口を開く。


「じゃあ、もっとすごいこと教える!さっきの現場で俺も知ったやつ!」

「なあに?」

「びっくりするよ!……あのね、人間って、会釈しながら挨拶するじゃん?猫同士にもそんな挨拶があってね」

「え、な、なに?」


 笑われたのが悔しかったのか、少し考えた青葉くんはその知識を披露すべく私の隣へと移動してきた。

 え、何、そこで言えばいいのに。そして、その得意げな顔がやっぱり可愛いです。……言ったらまたムスッとしそうだけど。


「猫同士の挨拶はね……」

「………………!?!???!!?!??!!」


 そんな表情に見惚れていると、あろうことか青葉くんの顔がこちらに近づいてきた。


 キスされる!?いやいや、そんな訳!!え、なんでこうなったの!?

 状況が掴めない私は、咄嗟に目を閉じてしまった。すると、


「……?」


 なんか、鼻に何かが当たった感触が。

 恐る恐る目を開けると、


「こうやって、鼻同士をくっつけて挨拶するんだって。……知ってた?」

「え、あ……し、知らなかった、です」

「やった!見直した?」


 と、鼻を指差しながら笑顔全開でこちらを向く青葉くんと目があった。


 い、今の、青葉くんの鼻が私の鼻に当たったってことで合ってる?

 ……とりあえず、キスじゃなかったみたい。まったく、自意識過剰にも程があるわ、私!


「え、えぇ。……すごいわ、青葉くん」

「えへへ」

「……」


 おかげさまで、一生忘れられそうにない豆知識になったよね!


 私は、熱くなった顔をクールダウンさせるため、目の前に置かれた麦茶をグイッと飲み干した。

 青葉くん、なんだか嬉しそうな顔してる。そんなに、猫の挨拶を教えたかったとか?



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