初出勤

 出勤するためには掌でもっていくものを包んでおかないといけない。

 最初に持っていくのはコンビニおにぎりにした。腹ごしらえできるものがいいからだ。食べてしまったらどうなるかは聞いていないが、掌にもって帰らなければたぶん大丈夫だろう。

 呪文は簡単。

「出勤」

 ちなみに帰るときは「退勤」。出勤してから八時間以上しないと使えない。どちらも一日一回限定。

 目の前が光に満ちたかと思うと、少し気がとおくなって、俺はボロアパートの畳の部屋から刈り込まれた草地の上に移動した。パジャマ姿だったはずなんだが、厚底の靴をはき、剣道着と剣道の防具をきこみ、手には竹刀をもっていた。あと、これで背中にバックパックを背負っているのだから珍妙だ。

「え、魔法の武器に防具? 」

「はじめまして」

 急に声が聞こえて俺はびっくりした。機械音声の女子声だよねこれ。

「アシスタントの愛ちゃんです。よろしくおねがいします」

「よ、よろしく」

「武器と防具に疑問があるようですのでご説明します。武器はエアブレード、振れば超音波カッターが発生し、鉄より柔らかい相手なら容易に切り裂きます。加護の防具、首に大神殿のドッグタグがぶらさがっている着用者にレベル1相当の女神の加護を追加発生させます」

 超音波カッターって少し違った気がするんだが。それと、鉄の防具着こんだ相手には効果ないってことだよね。それから身分証ってドッグタグなのか。

「それより様子がおかしくありませんか」

 言われてみればどこかからなにか爆ぜる音がするし、きな臭い。嫌な予感がして振り返ってみると、盛大に炎上する町があった。

  最初に出るのは魔王の影響がおよびはじめて弱い魔物にこまっている町の郊外だと聞いていた。町一つ焼き払うの、たぶん弱くない。

 あの駄女神、とんでもないとこに出してくれた。これどうすればいいんだ。

「よし、見なかったことにしよう」

 この燃え方だと住人は逃げたか焼死したかだ。だから俺も次の町でもめざすことにする。

「後ろ、魔物です」

 愛ちゃん、優秀だな。ふりかえると、人の背丈の半分ほどの二足歩行のカエルみたいなのが槍もって二匹いた。

 なんか言ってるが、いまの愛ちゃんのレベルでは翻訳できないようだ。

 とりあえず竹刀を正眼に構え、警戒する。あ、一匹跳ねた。躍りかかってくるみたいで、このへんというのが『見えた』。

 とりあえずはたき落そう。小手うちの感じでそいつの頭の来るあたりを打った。

 断じて振り抜いてはいない。だが、その魔物はまっぷたつになった。地面にも刻み目がはいっている。この竹刀、やばくない?

 蛙魔人は落ちて、半々の体からどろっと内臓をぶちまけた。

 もう一匹はじりじり後退りする。逃げる気のようだ。

 追うか? 深追いしてこいつらの仲間につっこんでも面倒だが、逃がしても数を集めて追ってきそうだ。

 蛙魔人の足がとまった。とびかかってくるイメージ。だが、それじゃ全然距離がたりてない。

 そもそも、逃げるつもりなのになんでとびかかる振りなのか。その隙に逃げる気なのか。

 そんなわけはない。

 前の蛙魔人の槍がとどかないなら、とそいつが跳んだ瞬間に俺は思い切って振り向いた。

 もう一匹いた。とびかかってくる。振るゆとりはない、予想位置を突く。

 超音波カッターとやらの刃は先にもでていたらしい。後ろからきたやつは開きになって落ちて、また内臓をまいた。

「ふう」

 油断だった。真後ろから槍でさされた。こっちのやつ忘れてた。

「ヒットポイント損傷」

 ふりむきざま無造作に薙ぐと、仲間のためにフェイントかけた蛙魔人は斜めに真っ二つになった。

「現在ヒットポイント 600分の590です

 フェイントを自力看破したため、見のレベルが2になりました。剣のレベルが2になりました。実績値3を得ました」

 レベルがあがったのはうれしいが、ちょっとこれやかましいな。

「魔物を初めて討伐したため、女神さまより実績値5が加算されます」

 どうも。

 でもちょっとUIは考えないといけないな。

「こいつらも換金できるんだよな。どこもってけばいいの」

「フロッグマンは舌の付け根の骨をもっていってください」

 うええ、なんか汚れそうだな。

「ナイフ、ある?」

「バックパックに手をあて、欲しいものをよんでください」

「んじゃ、ナイフ」

「解体ナイフと調理ナイフ、どちらでしょう」

 おい、こいつあほか。

 解体ナイフというとずっしり重い感触があって、厚い刃のいろいろ機能のありそうなナイフが手中にあった。

 それはいいんだが、剣道の小手はめてると細かい作業はできそうにない。

「加護の防具は1パーツつけていれば効果がでますから、残りを収納すればよいと思います。収納しますか? 」

「垂を除いて収納」

 うわ、すっきりした。この魔法の収納優秀すぎやしないか?

「もちろんです。神具ですし」

 さらっとえらいこと聞いた。ばれると大変なやつだ。

 とりあえず、あきっぱなしの蛙魔人の口にナイフをつっこみ、アシスタントに教えられながらごりごりやって、まだ肉がついている骨を集めた。手がべたべただ。ぶちまけた内臓は嫌な臭いしてるし、こいつらの胃袋のあたりにたぶん人間のだと思うパーツが見えてるし、ちと文明人にはきつい。

 収納しても中は汚れないというので骨はしまってその場を離れることにした。

 この町を焼いた連中はまだいるだろう。町は城壁と堀にかこまれているから、大手門かな? 草地から森になっているので、その浅いところをこそこそ回り込む。

 狼が死んでいた。魔物でないし、全身ずたぼろなのでかまわない。蛙魔人が二匹死んでいた。手がよごれているついでだ。さっきより手際よく骨をはずす。

 住人の死体と蛙魔人を見つけた。手に鉈をもった老人で、蛙魔人を一匹道連れにしていた。死んだ人は別に初めてじゃないが、その足をかじってる魔物はこれはだめだ。嫌悪感しかない。槍に手をのばすのをまたず、踏み込んで横なぎ一閃。

 どうもこいつら、逃げた住人を探して狩ってるようだ。

 遺体を放置していくのは気がひけたが、俺もそんなに余裕があるわけじゃない。この蛙魔人だって大勢でこられるとさすがにまずい。

「この死体、収納できる? 」

「できます」

 よし。

 出会えればご家族に渡すし、そうでなければ落ち着いたあたりで埋葬しよう。

 森が切れて、広々した畑が広がっていた。町の門がみえる。その前に盛大に焚火をしてはしゃいでいるのは蛙魔人に、犬頭の魔人に、牛頭の大きな魔人、背中にとげのはえた大きすぎる熊、そんな連中だ。焚火では何かに塊が串刺しにされてあぶられているが、何かは考えないほうがいいだろう。

 はっきりわかるのはこの町は手遅れだってことだ。

 踏み荒らされた畑の中を、街道らしい道が門から続いている。あれ沿いに行けば次の町にいけるだろう。誰かにあったら、あの町から難をのがれてきたといえばいいだろう。嘘ではない。

 門前の魔物たちが何か飲み食いを始めた。畑の中に点在して残党をさがしていた蛙魔人たちが気づいて一斉に門前に向かって走り出す。ごちそうをとっておいてくれるわけがないと知っているんだろう。

 チャンスだ。俺は姿勢を低くして、門前の乱痴気騒ぎが見えないところまで走った。途中にあった農家は全部焼かれていたが、このあたりになると無事だ。だが、戸をたたいても誰も返事しない。老いぼれた家畜だけがわびしく多めの餌を食んでいる。

 休憩しようと思ったが、トイレらしい異臭の場所は聞いた通り何かで固めたおおきな穴の上に二枚の板をわたしたものだし。すぐ外にはたまったのをすくいだすためらしい柄の長いひしゃくと運ぶためだろうかなり臭う桶が置かれているし。いやこれ無理だ。

 まあ、切羽詰まっているわけでもないのでやめておいて台所の水をくむと、愛ちゃんの警告が出た。

「鑑定、生水です。お腹をこわすので沸かしてからのむことを勧めます」

 沸かすといってもガスコンロではない。竈に薪をたきつけないといけない。

 バックパックに湯冷まし水がはいった水筒がなかったらのどからからでおにぎりを食べる羽目になったところだ。

 裏手に、どうもこの家の墓地になってるらしい場所があったので、休憩がおわったらスコップを借りて汗だくになって老人を葬った。一応、持ち物を検めたが、家紋らしい模様のはいったペンダント以外なにもつけてなかった。名前がわからないのでは遺族に渡しようもない。ペンダントは遺骸の胸にだかせて一緒に埋めた。埋め方が全然浅かったなんて、その時は考えもしなかった。

 次の町に急いだほうがいい。俺は鑑定してもらいながら食べられそうなものを収納して街道を先にすすむことにした。

 幸い、次に休憩に訪れた無人の農家には湯冷ましをつくった鍋があり、のどの渇きはなんとかしのげた。盗んだ作物で昼食をとるのはかなりわびしかったが、火のおこしかたがわからない。キャンプの初心者向けの本でももってきたい。

 掌にはいるかどうかあやしいけど。

 あ、そうだライターもってきてみよう。動く保証はないそうだけど、だめもとだ。


 次の町が見えてきた。軍隊なのか、難民なのか集まって炊飯の煙をあげている。

「定時です、安全な場所を見つけて退勤してください」

 見回して、何かの遺跡なのか地質学的な痕跡なのか小さな岩山があるのを見つけてその陰で退勤した。掌にもつものはそのへんの石にした。












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