第27話 小人の冒険④ 外套

「商人さん、そろそろ外套を買われた方がいいですよ」

 レイス村のバルで食事を終えたホッパーは、代金分の硬貨を数える途中で顔を上げた。行きつけとなりつつあるバルのマスターは、ホッパーの帰り支度を手伝うように出入り口の戸を開け、夜市を眺めながら「冬は外套がないとねぇ……」と一人でぼやいていた。




「え、うちで外套買ってくれるの? ご贔屓に!」

 以前、ミトンの毛布を買った出店に立ち寄り、ホッパーは外套を注文した。相変わらず元気に店番をする少年は、棚から一枚の外套を引っ張り出し、ホッパーに羽織るように勧めた。

「大きいサイズしか残って無くて悪いんだけどさ、丈はお針子たちが縫い直してくれるから、ちょっとだけ時間くれる?」

 羽織ってみれば、外套は見事に大人用のサイズで、裾をかなり余らせていた。あと20センチも背が伸びればちょうど良いだろうが、それまでは余った布を内側に折り込んで縫い合わせるしか無いという。採寸を終え、外套をお針子たちに預ける間、ホッパーは軒先の商品を眺めていた。

 ミトンのコースターに、手袋に、マフラーと、防寒具がたくさん並んでいる。毛布は以前購入しているので、旅のお供としてとても役立っていると店番の少年に伝えると、嬉しそうな笑顔が返ってきた。

「あ、そうだ! この前、本も買ってくれたじゃん? あの本ってどうしたの? もしかして読めた!?」

 ホッパーは毛布を買う前に本を買っていたことを思い出した。『笛吹き男』と……もう一冊は記憶にない。笛吹き男の本にばかり気を取られていた上に、一人ではタイトルすら読めなかったからだ。

「笛を吹いてる絵のやつは読めた。村の人に読んでもらったから」

「そうなんだ? いいなぁ~! どんな話だったの?」

「興味あるの?」

 少年がやたらとグイグイ絡んでくるので、ホッパーは首を傾げた。今時、本に興味があるとは珍しい話だ。ホルトス村と同様に、レイス村とて文字が読めない子供ばかりだというのに。少年は周りに聞こえないように様子を窺いながら、ホッパーの耳元に唇を寄せた。

「実はさ、エストスの新しい王様がすっごく厳しくて、遊ぶものがなくなっちゃったんだ」

 ホッパーはきょとんとした。エストスの新しい王様は、バルのマスター曰く『自分に都合が悪い人たちを悪魔だと錯覚してしまう病気に罹った王様』である。意地悪な人とも聞いているが、まさか子供の遊ぶものまで取り上げたのだろうか?

「前はさぁ、エストスから劇団とか、人形劇とか来てくれてたんだけど、前の王様の手先だとか、反乱分子がどうとか言って解散させちゃったんだって。俺らなんてああいうのが来てくれないと、つまんなくてさぁ……。あとは本とか読むくらいしかないじゃん? 大人はそれで良いかもしれないけど、子供はねぇ……」

 文字が読めないからさ。言外に含めた意味を取り上げて、ホッパーは「そっか」と短く頷いた。ホルトス村にもリビアから定期的に人形劇や紙芝居がやってくることはあるので、離村の子供達がどれだけ楽しみにしていたかは共感できた。とはいえ、ホッパーも立場は変わらないので、どうにもしてあげられなかった。

「……笛吹き男の話なら覚えているから、説明ならできるけど」

「本当!? それで十分だよ! おしえて!!」

 ホッパーは外套が仕上がる間、少年に拙い言葉で笛吹き男の話をしてやった。上手く話せている自信はなかったけれど、少年にとってはそれで十分だったらしく、満面の笑みで「ありがとう!」と言った。

「お礼にこの童話やるよ! それで今度来るときには、また他のお話をしてほしいな!」

「え?」

 お針子が仕立て終えた外套の上に、店の端に詰んであった10冊もの童話がドンと置かれた。レイス村の夜市で売りさばいた分の籠の空きを全て埋める量である。

「こんなにたくさん本を持っているなら、大人に読んで貰えばいいんじゃないの」

 ホッパーが来るのを待つよりも、親にでも読んで貰ったらどうだと言ってみたが、少年は首を横に振った。文字が読める大人は商売で忙しいという。

「それにさ、此処にある本って、村の中で回覧板みたいに出回っているから、皆知っている話ばっかりなんだよね。だから君みたいに他の村からやってくる商人がさ、新しい童話とか本とかを仕入れてくれたら、俺らも新しい娯楽が増えるわけ。それって結構、良い話じゃない?」

「おれがほかの村から本を買ってきて、君に売るってこと?」

「別に売ってくれなくてもいいよ? 話の中身を教えてくれれば俺は満足。俺は妹や村の子供達にお話を聞かせて、遊んであげたいだけだからさ。本自体はエストスに持って行って売った方が、高値が付くと思うよ」

 もちろん、お話を教えてくれたお礼はするから! と巧みに交渉を持ちかける少年の目はキラキラと輝いている。ホッパーと歳は変わらないだろうに、商売において随分先輩に見えた。

 ホッパーは仕立てられた外套に袖を通しながら、交渉に乗るべきかどうか考えた。

 例えばリビアから帰村した父から一冊の童話を仕入れたとして、その童話の中身をホッパーが理解する作業が待っていることになる。村の大人たちは学校が廃校になった件で子供が本を持ち出すと嫌な顔をするから、この障害をどうクリアするかが問題だ。

 ふとホッパーの脳内にはモイラの顔が浮かんだ。何かと用事を見つけて彼女の所に寄ろうと思っていたから、これは言い訳が立つ気がする。読み聞かせに対価を払えば、モイラも儲かるので一石二鳥ではないのか? ホッパーはぐるぐると思考を巡らせながら悩み抜いた。

 童話の内容をモイラから仕入れて、この少年に内容を買って貰う。少年は内容が分かれば本自体は不要だから、エストスの露店で売れば良い。原価で売ってもレイス村で購入した分の対価が乗るから、黒字になる。

「あの……、外套、気に入らなかった?」

 恐る恐る少年に顔を覗かれて、ホッパーは首を傾げた。少年は苦笑しながら「すんごい顔を顰めてるけど……」とホッパーの顔を指摘する。それで初めて必死に損得勘定をしている自分の顔のひどさに気付かされた。ホッパーは若干のショックを受けつつも、外套のボタンを最後まで留めて「すごく着心地が良いです」と賛辞を添えた。

「新しい童話を仕入れる話のことをかんがえてた。おれもそれが良いとおもう」

「本当!? 嬉しいぜ! 交渉成立だな! 改めてよろしく頼むぜ相棒!!」

 相棒……。

 初めて使われる呼び名に、どう対応していいか分からなかった。けれど少年は嬉しそうに飛び跳ね、ホッパーの肩に腕を回した。

「俺はハルトンだ! ハルトン・ダ・レイス! まぁしがないミトン屋の長男ですよ。君は?」

「アンデルセン・ホッパー。ホルトス村の無職な家の生まれ」

「君って苦労してるんだね?」

 適度な自己紹介を終えたところで、ホッパーは籠の中にもらい物の童話をしまった。




 エストスに到着してみると、レイス村で噂の”意地悪な王様”の洗礼を受けることになった。国の入り口に検問所が建っていたのだ。

「色々と厳しくなっちまってなぁ……」

 検問所の兵隊は面倒臭そうにしながら、ホッパーに名前と出身と入国理由を聞いてきた。ホッパーは入国理由は何が正解か分からなかったので『商売』と答えると、もっと詳細を話せと言われた。『栗売りです』と答えると容認されて国に入ることを許された。なんだか面倒臭くなったなぁと思いつつ、指定された市場の隅で露店を広げた。

 国のあちこちに見覚えの無い看板が立ててあり、それを見る度に人々は嫌そうな顔をしたり、笑顔になったりしていた。嬉しい人とそうでない人がいるのはすぐに分かったが、だからといって文字が読めないホッパーには内情が分からなかった。

「おまえさん小っこいなぁ! レイス村から来たのか?」

 隣で店を出していた恰幅の良いおじさんが、ホッパーに話しかけてきた。レイス村を予想されたのは、敷物にしているミトンを見ての判断だろう。おじさんは偉いなぁと言いながら干し肉を分けてくれたので、ホッパーも栗の甘煮を差し入れた。栗が珍しいのか、エストスではよく売れる。おじさんは乾物屋のようで、瓶を開ける度に甘かったり香ばしかったりする香りが漂った。

「おじさんちはなぁ、代々エストスの生まれでずっと此処で暮らしているんだが、こんなに何でもひっくり返そうとする王様は初めてだよ」

 栗のニョッキや煮物など商品がひときわ捌けた頃、おじさんはため息を漏らした。ホッパーは静かに耳を傾けることにした。

「商売規制だの、言語改革だの、文化構想だの、なんだがわけわかんねぇよ。あれやれこれやれ言われてさ、国民はみんな雁字搦めサ。こうなるとパー! っと遊びたくなるんだが、娯楽の規制までされちゃぁどうしろってのかねぇ……」

 ホッパーはおじさんの口から出る単語の半分も理解できなかったが、国民ががんじがらめにされているのは可哀想だと思った。

「意地悪な王様?」

 ホッパーが何気なく要約してみると、おじさんは大きく頷いた。「本当だよなぁ!」と悪態をつき、大きなため息を吐いて「用を足してくるよ」とその場を離れていった。

 レイス村で聞くよりも王様の病気の進行具合は酷いらしい。ホルトス村も、隣の村の農村も大災害のせいで火の車だ。何処の国も村も大変な年なのだとしみじみと実感した。

「坊や、その本はなにかな?」

 ふと歩行者が足を止め、ホッパーの籠の中を覗いた。売り物にするつもりもなかったので籠から出さなかったというのに、目の前の男は本に目を付けてしまった。

「童話。売ってない」

「売ってないのかい? 坊やがおうちで読むのかな?」

 ハルトンから譲渡されたものだから、お金に換えるつもりはなかったが、よくよく考えてみれば、この本を持っていたところで扱いに困ることに気付いた。モイラに読んでもらい、その話をハルトンに卸しても、ハルトンは小さい頃読み聞かせを受けていて知っている話ばかりだから、取引にはならない。かといってモイラに売るには年齢的に見合うだろうか? ホッパーは眉を垂らして困ってしまった。

「もし坊やが良かったら、一冊5ベルで買うよ?」

「え?」

 破格の値段交渉に驚いた。5ベルあればレイス村のAランチが2回食べられる。たかが童話にこれほどの値を付けられるとは思いもしなかった。

「坊やは国外の商人だろう? ちょっとタイトルを見せて」

 ホッパーは籠の中の本を男に渡した。男は検分するようにタイトルに目を通し、確信したように大きく頷いた。

「これらは半島で出回っている童話だね? 私の曾祖父の代では、半島からたくさんの本が流通してきてねぇ、皆、こぞって読み漁ったというよ。なぁ坊や、他に本は持っていないの?」

「ない」

 身も蓋もなく即答すると、男はがくりと肩を落とした。

 ホッパーは若干悩みつつ、ハルトンから貰った童話のうち8冊を男に売った。男は代金と共に一枚の名刺をホッパーに差し出し、自分はあの角の店で石売りをしていると言った。

「カミソリを作るのに良いんだよ、うちの石は。リビアにもいつか流通したいんだけど、半島は海運が強いから尻込みしちゃってさ。良い話があったらぜひ教えておくれね? あと、本を仕入れたら買いに来るからよろしく頼むよ!」

 よろしくね、と言いながら颯爽と去って行く男の後ろ姿に、ホッパーは商売人の気構えを感じたのだった。 



**



「そういうことだから、モイラは定期的におれに童話を読んで。あと、いらない本があったらおれが買うから、売って。おれも本が余ったらモイラにあげる」

「はえ??」

 エストスから帰ってきたホッパーは、モイラと顔を合わすなり捲し立てた。そしてモイラが頭の上に?マークの渋滞を起こしている間に、籠から出した2冊の童話を差し出し、「今日のご飯代」と言いながら腹を鳴らしたのだった。

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