第22話 小人の冒険③ 遥かな


 何がどうして上手くいかなくて、ホッパーはがむしゃらに走った。走って疲れて自棄になって、何をどうしたら良いのか余計に分からなくなって、癇癪を燃料に燃え尽きるまで走り続けた。

 モイラの家から出たのは陽が傾き始めた頃で、ホルトス村までの距離を半分も残したところで力尽きた。途中の川縁で水を飲み、棒になった足を雑草のクッションの上に投げ出して、天を仰いで大の字になった。空は高くて青くて、遥か遠くから飛んできた鳥が羽を落として横切っていった。

「……本、どっちもあげちゃった」

 レイス村で買った「笛吹き男」の童話も、おまけでついてきた一冊も、両方モイラにあげてしまった。おまけの一冊はホッパーでは手が付けられない物だったから良いとして、笛吹き男の方は最後まで読んでみようと思って買ったのに、これでは本末転倒である。

「でも、モイラがいきなり言うから悪い」

 ホッパーは口を尖らせ、ぽつりと漏らした。これもそれもご飯を食べている時に、いきなり籠の中の本に気づいたモイラが悪いのだ。食べ終わって一息ついたら、ホッパーはモイラに「本の続きを読んで欲しい」と頼むつもりだった。そのためにエストスからの帰り道に自分が段取りよく頼めるように必死に考えてきたのに、不意打ちで話を始められてしまったら誰だって焦るというものだ。焦って頭の中がぐるぐるしている時に、「この本どうしたの」とか、「もしかして本が読めるようになったの」とか、そんなことを聞かれたら訳も分からず「うん」と答えてしまうかもしれない。そうしたらモイラから読み聞かせを受けることは永遠にできなくなってしまう。だから焦ってしまったのだ。とにかく「文字が読めない」ことだけは強調しておかなくてはいけないと思った。

 ところがそんな言葉を聞かされたモイラの方がショックを受けて縮こまってしまった。「自分を無神経」だと言って謝ってきた彼女の姿はホッパーにとってショックだった。傷つけるつもりなんてなかったのに、あのときの彼女の表情はずっと心に引っかかっている。物々交換をした時の笑顔が薄まるほどにインパクトが強かった。いくら走っても疲れても頭の中から消えなかったのだ。

「…………ほんとはおれが悪い」

 素直に言えば良かったのだ。「読んで欲しくて買ってきた」のだと。勇気がなかった自分が悪い。ホッパーは胸が痛くなって、髪をかきむしった。もだもだと足をばたつかせたりしながら罪悪感の逃げ場を探していると、ポケットに入れていた宝箱が投げ出された。こつんと石にぶつかり蓋が開いて、琴の音色が漏れる。

 ポロンポロンと溢れる音色は、相変わらず柔らかい。しばらく聞いていると、ずっと聞いていたくなって、そのうち音色しか聞いていたくなくなって、ぼーっとした。疲れた安らいでいくような感覚を覚えながら、うとうとする。しかしびゅうと冬の風が駆け抜けて、ホッパーは飛び上がった。もう野宿は勘弁だ。

「……帰る」

 青かった空が朱くなって、山の向こうから夜が来ている。今から歩けばみんなが寝静まる頃には村に着けるから、早く帰らなければ。近所のお婆さんが寝てしまう前に、帰宅の挨拶もしないといけない。

 ホッパーは立ち上がり、籠やミトンを背負って通りに踏み出した。次にエストスに行くのは何時にしよう。冬が本格的にやってくる前にもう一度くらいは行っておきたいと思った。その時には笛吹き男の本の話を、モイラにしようと思った。

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