第18話 微睡み

 

「あ――…………寒いっ!」

 十重二十重と続く山の稜線を朝陽が撫でる頃、モイラは布団を頭から被って丸まった。季節が暦通りにならない今年、気長に滞在すると思われた秋が急に去っていったように寒い朝だった。

「寒いよ~~……朝が辛いとか結構萎えちゃうなぁ……」

 モイラは布団の中から手を伸ばし、ベットの柵に掛けてあったストールを引き寄せた。それを肩にかけてようやく少しだけ暖かくなったので、のそのそと布団から出てセーターやタイツなどの防寒に優れた着替えを済ませると、リビングに降りて暖炉に火をつけた。暖炉の傍のロッキングチェアではサー・ゴールデンがいびきを掻いて寝ている。もふもふの毛皮のおかげで寒くはないらしく、盛大にひっくり返っていた。モイラはチンチラの腹毛を一通り撫でた後、寝づらそうに唸るチンチラを余所に土瓶に水を汲んで火にかけた。

「寒くなったら、ブランチも朝読書も外でするのは厳しいなぁ……。なんか考えないと……」

 リビングの大窓を開け、冷たい空気に再び身を震わせた。季節はどんどん冬に向かい、外で優雅な一時を過ごすには寒すぎてしまう。そうなると次は、暖かいところに場所を移すのが得策というところで、

「リビングで読むしかないかなぁ……」

 暖かいし、飲み物の補充もできるし、ご長男譲りのロッキングチェアもあるし。通りを見渡すことができるから、来客が来ても気づけるのも良い。とはいえ問題は、お邪魔虫がたくさんいることだ。例えば、いびきがうるさいチンチラ。大御所は、小うるさい鏡。

「なぁんかここに来て、不穏なフラグを回収してきてる感じしない? 皆で一緒にいる間に読書できるかなぁ……?」

 一縷の不安がないわけではないが、なるようにしかならないという諦めも早い。蒸気を噴き上げて沸騰を知らせる土瓶に呼ばれ、モイラはキッチンへと戻っていった。


「そういえばモイラ様、薪をお作りにならなくて良いのですか?」

「へ?」

 モイラは勝手口に備えたニワトリ小屋の掃除の手を止めた。先日、ベリルが調達してきた野生のニワトリは、早くも我が物顔で塔の周りを闊歩している。

「今朝、とても寒かったと思いませんか? 秋がそろそろ旅支度を始めていますから、本格的に冬に備えないとなりません」

 ベリルは竹箒を持って塔の周りの落ち葉を整えながら、冬支度について教えてくれた。この辺りは雪も降ること、薪を割ること、畑のこと……、露天商のロッジも雪が降ったらここまではこられないと言うことで、保存の利くものはたくさん仕入れてくれていた。これまでみたいに悠々自適にやっていられる季節ではなさそうだ。

「一番の力仕事は薪だよねぇ……重いもの持てるかなぁ」

「良質な樹木の場所ならお教えできますが、切って割ってとなると、男手が必要になりますね」

 ベリルは顎に手を添えて「男手かぁ……」と当てを探すように天を仰いでいた。モイラはその姿の白々しさにねめつけるような視線を送った。

「ベリルが手伝ってくれても良いのよ?」

「ひ! 滅相もございません! わたくしは信仰と共に生きる精霊族っ! 樹に傷を付けるなどあってはならないのです! 命の為に使われるからこそ、木々もご納得されるのに!」

 予想はしていたけれど、やはり種族の問題を持ち出して断られてしまった。こうなると頭の中に浮かぶ男手は、ロッジかホッパーしかいない。若くて力があるホッパーが、やはり有望である。

「じゃぁ、ホッパーがいつ通るかも分からないから、アタシはお庭で本の虫干しをしようかな……」

 モイラは大きなため息と共に立ち上がり、ニワトリ小屋の掃除も早々に切り上げて庭へと向かった。モイラの背中に哀愁のようなものを見たのか、ベリルは申し訳なさそうに「良さそうな枯れ木があれば、お持ちしますね!」と付言した。


 家の角を曲がって庭に踏み込むと、木の下に栗鼠がいた。落ちていたドングリを頬袋にたらふく詰め込んでいたらしく、モイラに気づいて振り返ったその顔は三倍にも膨れていた。

「ぶふ、」

 思わず吹き出したモイラの声を合図に、栗鼠は一目散に木に登っていった。栗鼠は冬眠するというから、彼も冬支度に忙しいのだろう。

「山に一人で住むって、そういうことだよね」

 生き物全体が慌ただしく冬に備える季節の中に、モイラもいるというだけのこと。生きやすいように変化をすることも、大切なのだろう。


 自給自足生活の極意その10 冬支度は思いっきりやる!

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