第11話 栞
庭先に咲いている桃色の花があまりにも可愛くて、ずっと小瓶に活けていた。夏の終わりから秋にかけてテラスに飾られていたその花はベリルによって菜園に供養され、代わりにイチョウと呼ばれる黄色の葉っぱを受け取った。なんでも秋から冬にかけて色を変える樹木の葉なんだそうで、季節が不安定な今年は早とちりして色を変えてしまったらしい。
「冬を先取りしてみてはいかがでしょう? 本の合間に挟んで、栞にしても良いかと」
「栞ねぇ……」
モイラはイチョウの葉をくるくると回しながら、使い道を考えていた。栞と言われても、本の世界に没頭したモイラは滅多に途中で切り上げない。あまりピンとこなかった。
「まぁ……そのうち使うかもしれないし、貰っておくわ。かわいいし」
活ける物を失った小瓶に茎を差し込むと、それなりに可愛い置物に変わった。小瓶にうっすら水色の塗料が入っていることも手伝い、水面から尾ひれを出した魚のようにも見える。本に挟んだらもっと可愛いかもしれない。活字の海から顔を出す鯨の尾ひれのような。
本の中を泳ぐ黄色い鯨……に、例えられなくもないかな。ちょっと表現が下手すぎ?
中々、本の世界のように美しい表現は思いつかないけれど、自分が楽しむために読書はあると信じてみれば、拙い表現でも構わない。なにより黄色い葉が挟まっていること自体が可愛いのではないか。
「おや、ずいぶんご機嫌になりましたね」
菜園に卵の殻を撒いていたベリルにおもむろに指摘され、初めて自分の顔がにやけていることに気づいた。モイラは慌てて両手で顔を隠したが、「えへへ」と笑いを零してしまった。
新しいものを貰ったり、始めようとするとき、わくわくする。こんなに変化がないスローライフでも、小さな楽しみがある。
自給自足生活の極意その8 小さいことにわくわくする!
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