狩人は思い違いをしていた
数日後。
あまりに不躾なノックで目が覚めた。誰だ、まだ外は真っ暗だぞ。
渋々ドアの覗き穴を覗くと、そこには複数の男達が並んでいた。皆黒いスーツにインカムを付けている。ガタイもいい。その中央、何か大きな長い袋を背負った男がガンガンと扉を叩きながら、いるのは分かってる、とかさっさと出て来い、とか叫んでる。顔は一名を除き見た記憶がない。その一名とは、以前件の狸の指名手配書を見せて来たあいつだ。恐らく、全員街の外から来た連中なのだろう。
なんにしろ甚だご近所迷惑だ。絶対顔を合わせちゃ駄目なタイプ、面倒だから。しかしそれに反してノックの音はだんだんと過激になっていく。しまいには何かのエンジンが作動しチェーンが回るような音すら聞こえて来た。どうやら強行突破する気らしい。
「何事ですか?」
「丁度起こそうと思っていた。隠れるぞ、こっちこい」
「え?」
ロフトへの梯子を示し上がらせる。自分もそれに続いた後、なんてことない壁の一部に右の掌を当てた。
【認証。システムオールグリーン。
機械音声が告げると同時に壁に大人が通れる程の穴が開いた。そこに毛玉を抱えながら滑り込むと穴は消え去り、またただの壁がそこに現れた。
「ここは俺の同伴が無ければ入れない空間だ、安心しろ」
「これはどういう……」
「それはこっちの台詞だ。外にいた男共、多分お前狙って来たんだろ。事情を説明しろ」
広さは8畳、高さは2m程。LEDが床と天井に仕込んであるため明るさはある。その中で俺と真朱は向き合っていた。
「……十中八九化け物狩りの人達だと思います」
「狩りねえ。あんた、別に危険そうでもないのに」
「別に、彼らは化け物に危険を感じているから狩ろうとしているわけではありません」
そう言うと、毛玉はしゅんと一回り小さくなった。
「昔、とある映画を屋外上映会で見たんです。そのなかで、サルの妖怪がニンゲンを食べる事でニンゲンの知恵を得ようとするシーンがあって。……彼らは、それと似た事を……」
「……化け物を捕まえて食べて、化け物の力を得ようとしてるって言うのか?」
「その通り、です」
彼女は下を向く。悲しそうに、恐ろしそうに、その双眸が揺れる。
「馬鹿馬鹿しい!そんなの鳥を食ったら空を飛べるって言ってるようなものじゃないか!」
「ええ、ええ、そうです。その通りです。でも、いくら説明したって、分かってくれなくって。私の種族は勿論、他の種族達の身体も、大金で取引されるそうなんです。それもあって……」
理屈を丁寧に教えてやってもそれに聞く耳を持たず。自分の思い込みや偏見優先で動き、あまつさえ迷惑をかけるようなのは俺の一番嫌いな人種だ。
「ごめんなさい、私のせいでこんな。まさかこの街まで追ってくるとは思わなくって油断してしまってて」
「まさかずっとあんなのに追われているのか。今まではどうしてたんだ?」
「適当に撒いて逃げてました」
「戦わないのか?」
「私、化けたり化かすのは得意ですが戦闘はそこまでじゃないんです。一対一ならともかく複数に囲まれてはどうしようもなくて」
戦う気概自体はある様子だった。ただ、能力が追い付いていないのだろう。
「そっちの事情は大体理解した。じゃあ、次は俺の話だ。……くれぐれも内密にな」
先程の壁とは違う位置の壁に触れる。と、大量の顔写真がそこかしこに表示された。
「今週は非番だったが、これが俺の仕事。街に出入りする連中の
真朱は目をぱちぱちさせている。言葉を追うのにやっとらしい。
「あの、ええと、ブラック、リスト?」
「この街やそこにいる善良な一般市民の迷惑になる連中、もしくはなりそうな連中の顔写真付きデータ集。必要に応じてこれを現場担当の奴らに渡して都度対処して貰ってる」
手を壁に当てながら右にスライドさせると写真がスロットゲームのように切り替わり出した。お目当ての顔達がきたところで止める。
「やっぱり載ってたか。……これがさっきの奴らだよ。で、これが多分主犯格。……ああ、こいつがこの街のさる金持ちと何度もコンタクト取っていたって報告が入っているな。黒い噂の絶えない成金だ」
「もしかして、その……取引の準備、ですか?私の……」
「いい、皆迄言うな。ともかくこれは見過ごせない」
捕らぬ狸の皮算用という言葉が浮かんだが無論口には出さない。彼女があまりにも不安そうな表情になったため、反射的に毛並みを撫でてしまった。しかし嫌がる素振りも無かったためそのまま撫で続ける。そのおかげかは分からないが、彼女は少し落ち着きを取り戻したようだった。
「この件は現場の奴らに優先して連絡を入れる。……とりあえず男共は帰ったみたいだ、警備会社の社員が時間置かず来るはずだ。出るぞ」
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