第2話 葛藤
結局一睡もできずに朝を迎えた。
昨晩、大樹から「大丈夫?」とか「明日一緒に学校行こう」とか、何件もメッセージが届いていたけど、私はそれを全部無視してしまった。
見たくなかった。
大樹との思い出が、有限であることを嫌でも痛感してしまうから。
だから、私はいつもより早めに支度をして、一人で学校に行った。今は一人でいたい。
私はそうして大樹から避けて過ごすようになった。
大樹も、そんな私の気持ちを察してくれたのかはわからないけど、あれ以来、学校でも、帰り道でも、話しかけてくることはなかった。
――それからあっという間に数週間が過ぎ、私たちは卒業式を迎えた。
その日は、私と大樹の両親が「二人の新しい門出だから」と言って、ツーショットを撮ろうと言ってきた。
最初は遠慮していたけど、あまりの押しの強さに、私と大樹は根負けしてしまい、結局二人並んで撮ることになった。
「もっと笑顔笑顔!」と言われ、笑顔を作ったけど、それは表面上の笑みで、決して心底のものではない。
きっと後で見返したらすごくぎこちなくて、物理的な距離は近くても、気持ちの距離は離れている、そんな風に映っているだろう。
二人の間の妙な雰囲気は、私と大樹しか知らなかった。
お互いの両親とも、離れていてもずっと仲良くするだろうと、勝手に思っているみたい。
まあ、あのときのことは私も大樹も両親には言ってないみたいだから、知らないのは当然だけど。
その帰り際、私たちは久しぶりに一緒に学校からの帰り道を歩いた。
前には私たちの両親が歩いていて、なんだか楽しそうにおしゃべりをしている。
そんな楽しげな会話を横目に、私は俯き、道に伸びる影を見つめていた。
もちろん、大樹も私に話してくることはなく、ただただ私と同じペースで歩いていた。
家の前に着くと、大樹がおもむろに口を開く。
「……それじゃあ、また」
「う、うん……」
急に大樹の声がしてびっくりしたけど、私は最低限の言葉で返して、そのまま家の中に入っていった。
後ろで大樹の見つめる視線が痛いほど伝わってきた。でも、今の私にはどうすることもできない。内心は申し訳ないと思っているけど、それ以外の方法が思いつかないの。
私、どうすればいいのかな………。
卒業後は、高校の友達と街まで出かけて遊んだりした。
友達も大体は近くの大学とか、家の農家を継いだりとか、そんなに離れ離れにならないから、それほど「お別れ」を意識することはなかった。
だからだろうか。ふとしたときに感じる「大樹とのお別れ」という現実は、その日が近づくにつれて、友達とのそれとは比べ物にならないくらい強く私に降りかかってくる。
そして、大樹が上京する前日。といっても、あれから全く口を聞いていないから、もしかしたら、大樹は何も言わずに静かに行ってしまうかもしれない。
結局、私は大樹に自分の想いを伝えることができなかったな……。
――私の気持ちは必ず大樹には届いている。
そう思っていたのは、大樹が私のことを好きじゃなかったら、という可能性をかき消すための自己保身で、傲慢で、浅はかな考えだったからなのかもしれない。
それを大樹に押し付けていた自分が惨めで情けない。
私は一日中自分の部屋で、そんなことをずっと考えていた。
気がつくともう窓の外は夕闇に包まれて、心なしか、底冷えした冷気が全身を包んでいるようだった。
うぅ、寒い……。
もしかしたら窓を開けっぱなしにしていたのかもしれない。
そう思って窓に近づいたときだった。
――カツン。
窓に何かが当たる音がした。
「…………?」
何だろう……。
私は閉めようと思っていた窓を開けると、そこには――
「大樹!?」
なんと、大樹が自分の部屋からこっちに向かって何かを投げていたのだった。
私の部屋と大樹の部屋は数メートルしか離れていないから、はしごか何かをかければお互いの部屋を行き来することもできるくらいに近い距離にある。
「よかった、気づいてくれて」
「ど、どうしたの、こんな時間に…………」
「陽菜。俺、明日には東京行くんだ」
「それくらい……知ってる」
「そっか……」
「それで……?」
私はちょっと意地悪だったかもしれない。せっかく大樹が話しかけてくれたのに。こんな塩対応みたいのって……。
「いや、これだけ言いたかった。じゃあ……」
それだけ言うと、大樹は自分の部屋の窓とカーテンを閉めてしまった。
振り返り際の大樹は、何か言いたげなことを必死で堪えているような、そんな表情をしていた。
私はベッドに横たわる。さっきの大樹の表情が妙に脳裏に焼き付いている。
――このまま終わっちゃっていいの?
――私はどうしたい……?
色々な感情が、大樹への想いが、頭の中で飛び交う。
今まで伝えていなかった想いを、大樹に伝わってほしいと思っていた想いを、私の中で完結したとして。
私はそれでいいの……?
考えに考えて――私は決めた。
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