第1話 衝撃

 高校三年生の冬。

 私たちは受験勉強に毎日の大半の時間をかけていた。


 小学校の頃からずっと大樹と登下校をしていたけど、受験が近づくにつれて、お互いに違う補習を受けていたこともあって、一緒に帰る回数がめっきり減ってしまっていた。

 

 それに、受験は私が思っていたよりもずっとシビアなもので、自分がどこに行きたいなんて、そんなことを口にする生徒はほとんどいなかった。

 

 だから、私がどこの大学を受けるか、逆に大樹がどこの大学に行きたいかとか、そういった話はまったくしてこなかった。


 そんな日々を繰り返しているうちに、気がつくと厳しい冬も和らぎ、季節は春へ移り変わろうとしていた。


 そんなある日、昇降口で偶然大樹と会った。

 

 「大樹! 久しぶりだね!」


 同じ学校にいるのに、ここ最近は滅多に顔を合わせないから、会えたことがすごく嬉しかった。だから、ついつい上機嫌になって話しかけた。


 「ねえ、大樹。一緒に帰ろうよ」


 「う、うん……」


 私たちは数ヶ月ぶりに一緒に帰ることになった。

 私は大樹と帰れることが本当に嬉しくて嬉しくて。

 歩いている間、ずっと口を開いていたかもしれない。

 

 でも、大樹は嫌な顔一つせずに、私の長話を聞いていてくれた。

 そして、気がつくと、私たちの家の前に着いた。

 

 「あっ、私ずっと喋りっぱなしだったね……あはは」


 「別に構わないさ。陽菜が楽しそうでよかったよ。久しぶりに一緒に帰れて楽しかった」


 そう言う大樹の顔は、言葉の割に、なせが少し寂しげだった。


 「……大樹? どうかした?」


 大樹はちょっと俯くと、口をへの字にして言葉を絞り出す。


 「――陽菜」


 さっきまでの表情はどこへやら。夕日に照らされて顔が暗がりになっているのが、余計に気になってしまう。

 そして次の瞬間、大樹は、私たちの関係を変えてしまう、決定的な言葉を口にする。


 「――陽菜……俺、東京の大学に行くことになった」

 

 「えっ……?」


 大樹、今なんて……? 

 東京の大学……?

 

 私は今、何かの聞き間違いをしたのかな?

 もう一度大樹を見る。


 「俺、東京の大学に受かったんだ。だからこの春から上京する」


 「………………」


 私は何も言えなかった。

 突然すぎて、何を言ったらいいのか、頭の中がめちゃくちゃになってしまって全然わからない。


 「黙ってるつもりはなかったんだ。ただ、伝えるタイミングがなかっただけで……。ごめん」


 「そんな、そんな……」


 これから先も同じ道を歩んでいく。二人で同じ道を……。

 気づいたら、鼻の奥がツンとして、私の中から何か熱いものがこみあげてくる。そして、視界がぐにゃりと歪み、大粒の涙が溢れ出してきた。


 「は、陽菜!?」


 「――来ないでっ!!」


 大樹は慌ててこちらに駆け寄ってくるけど、私は右手で彼を制止させる。


 私ってこんな大声が出せたんだ、と言うくらいの声量だったから、大樹は身体をビクッとさせてその場に立ち尽くしてしまった。


 「陽菜、ごめん……」


 「今日はもういい。じゃあ……」


 私は俯きながら、自分の涙に濡れてぐちゃぐちゃになった顔を見られないように、大樹の横をすっと通り抜けて家の中に入る。


 玄関のドアに背中を預けて、その場に座り込む。

 まだ、床は冬の冷たさを残していたけど、今のほてった身体を冷やすにはちょうどいいくらいで、逆に心地いいと感じるほどだった。


 「はぁ……私、何やってるんだろう」


 本当は、「合格おめでとう」、「東京でも頑張って」って言うべきだったのに。こんなことを言いたいんじゃなかったのに。

 びっくりしすぎて、思わずあんなことを大樹にぶつけてしまった。


 生まれてはじめての喧嘩だったかもしれない。ずっと仲良くしてきたのに……。

 もしかしたらこれで大樹との関係が終わってしまうかもしれない。


 そう思うと、胸がギュッと締め付けられて、溜まっていた涙がどんどん溢れてくる。頬から滴り落ちた雫が、制服のスカートにしみを作っていく。

 

 私は涙が枯れるまで静かに泣いた。部屋に戻っても。お風呂に入っても。ベッドに入っても。文字通り、一晩中泣き続けた。

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