第157羽

「日本なんだろ? アヤが育ったところっていうのは」


 俺の言葉にアヤがさらなる驚愕を顔へ浮かべる。


「まさか……、レバルト君も私と同じなの?」

「どう同じなのかはわからんが、俺の場合は転生だ。アヤはどっちだ? 転生か、転移か?」


 俺の場合、髪や目の色が明らかに日本人とは違うからすぐに転生とわかるだろう。だがアヤの場合は黒目黒髪で顔立ちも彫りの浅い日本人顔。ただ、控えめに言っても平凡なとは表現できないほどの美人だ。日本ならテレビ画面の向こうで活躍していてもおかしくはない。


「私は……」


 長い沈黙の後、観念したようにアヤが口を開く。


「転移よ。二十年ほど前にこちらへ来たわ」

「転移ってことはその顔やプロポーションはチートじゃなくて天然物ってことか? そりゃまた……、日本に居た頃はさぞモテただろうな」

「どうかしら? ほとんど学校には行けなかったし、病院じゃ周りは大人ばかりだったから同年代の男の子って友達居なかったのよね」


 おっと、どうも地雷の予感がする。

 俺は慌てて話を変えた。


「名字は?」

「タケダよ。タケダアヤ」


「植物の方の竹? それとも武田信玄の方?」

「あー、その反応。日本人っぽいわね」


 ちょっと嬉しそうな表情をするアヤ。


「信玄の方の武田よ。下の名前は彩りと書いてアヤ」


 武田彩か。なるほど。

 前世の名前が思い出せない俺と違って、転移の場合はしっかり憶えてるんだな。


「レバルト君の名前は? あ、日本での名前ね」

「それが憶えてないんだよ。出来事とか思い出の記憶はあるんだけど、自分のも含めて固有名詞が全然思い出せないんだ。えーと、なんてったっけ? イベント記憶……じゃなくて、ストーリー記憶でもなくて……」

「エピソード記憶?」


「そうそうそれ! エピソード記憶だけが残ってる感じ。前世を思い出したのは四歳の時なんだけどさ。過去のエピソードだけがぶわっと甦ったんだよ。家族の名前や住んでた町の名前は思い出せないのに」

「ふうん。そういうこともあるのね。転生と転移の違いなのかしら?」


 不思議そうにアヤが首を傾げた。


「でもまさか元日本人に会えるなんてね……。この世界は食事にしろ文化にしろ日本ゆかりのものは多いけど、やっぱりどこまで行っても日本じゃないもの」

「……転移ってことはやっぱ召喚されたりしたのか?」

「うーん、そうね……」


 少し言いよどんだ後でアヤが何とも言えない問いかけをしてくる。


「レバルト君、神様って会ったことある?」

「宗教の勧誘ならお断りだが」

「うふふ。その反応も日本人っぽいわね」


 まあ日本人なら大抵そういう反応になるだろ?

 確かにこの世界では普通に神様が信じられている。地球で言うなら十五世紀以前のヨーロッパでキリスト教が絶大な影響力を持っている時代の空気に近い。

 神様の存在を信じない人間というのは、迫害されるとまではいかなくても変わり者扱いされるような世界である。俺のような反応をする人間は珍しいだろう。


「私の場合は神様に呼ばれてやって来たの。トラックにかれたわけじゃないけどね」


 最後に冗談めかしてアヤが言う。

 どうやらアヤの場合はいわゆる『間違って殺しちゃった、てへぺろ』系ではなく、『神様自身による召喚』系の転移らしい。当然その時に神様とも面識があるという。


「そうなのか。でもアヤだって日本に家族が居ただろうに……。突然異世界に呼び出されて、その神様とやらを恨んではいないのか?」

「全然。どうせあのままベッドから出ることもできずに死んでただろうし、もともと家族からは厄介者扱いされてたしね」


 うわあ……、唐突に話が重くなったぞ。あんまり詳しく掘り下げない方が良いやつだよな、これ。


「神様はちゃんと私の意志を尊重してくれたし、私としては元気に動ける身体をもらえただけで幸せだもの。そりゃあ日本で元気に暮らせるのが一番だったけど、それは無理な願いだったからね。別に今の状態が不幸だと思ってるわけじゃないわ。さっきレバルト君が元日本人って聞いて嬉しかったのは同郷の人に会えた……望郷の気持ち? みたいなものよ」

「そうか……」


 まあ、本人が幸せならそれで良い。


「しかしやっぱり日本人だったかあ」

「気付いたのはいつなの?」


「いつもなにも、最初に会った時から日本人っぽいなーとは思ってたぞ。名前も日本人っぽいし」

「そうだったの? まあもともと隠すつもりはなかったけど」


 それから俺たちはしばらく日本の話に花を咲かせた。

 俺とアヤが生きていた時代はそう離れていなかったらしい。せいぜいスマホの性能が少し違うくらいのものだ。

 アヤも前世で結構サブカル系にはまっていたらしく、アニメやマンガの話が思いのほか盛り上がった。コミックス百巻を突破した超有名長寿マンガが連載終了したという話を聞いてアヤがショックを受けていたので、どうやら俺の方が少し後になって転生したっぽいが。


「ずいぶん話し込んじまったが、そもそも何の話だったっけ?」

「ああ、そうね。つい懐かしくて脱線しちゃったわ」


 長いこと話し込んでしまい、気が付けば結構な時間が経過していたので話を元に戻す。思い出話はいつでもできるだろう。


「最初は本格的に協力体制を取りたいってことと、それを受けてくれたら可能な限りの情報提供をしようと思ってたんだけど……。レバルト君が元日本人ということなら神様の話をしても問題なさそうね。日本人なら異世界の神様とか問題なく受け入れられるでしょう?」

「いや、そんな日本人全員ラノベ中毒者みたいにひとくくりで考えられるのは不本意なんだが」


「あら、レバルト君ってマンガは読んでもラノベは読まない派の人だったの?」

「むしろ大好物ですが何か?」


「だったら良いじゃない」

「否定はできないが、なんだか決めつけられるのは悔しい」


「面倒な性格してるのね。元からなの?」

「転生したところで本質が簡単に変わってたまるか。『馬鹿は死ななきゃ治らない』っていうのは、死ぬと記憶も環境もリセットされてまっさらの状態からリスタートするから説得力があるんだよ。記憶が残ったままなら環境が少々変わってもそうそう人間は変わらねえよ」


 環境が変わったくらいでやり直せるなら、引きこもりは転校するだけでみんながみんな立ち直れるはずじゃねえか。


「ふうん。そういう考え方もあるんでしょうね」


 アヤは曖昧な言葉で受け流す。確かに転移して人生が一変したらしいアヤからすれば、同意したくない考えだろうな。


「っと、また話が脱線してるわね。まあとりあえず大丈夫そうだから全部話しちゃうわ」


 居住いずまいを正したアヤが話を元に戻す。


「まず私たちの目的って知ってるわよね?」

「えーと、確かある人物の手助けをするため……って、あれは組織としてじゃなくて個人的な目的だったか?」

「そうね。組織としてはダンジョンの中核を処分して回ることや魔力異常の原因究明と防止、疑似中核ぎじちゅうかくを悪用する組織への対抗と言ったところだけど、結局それも最終的には個人的な目的と同じ理由なのよ」


 つまり個人的にだけではなく、アヤのいる組織自体がその『ある人物』を手伝うために存在する、ってことになるのかな。


「そこで出てきた『ある人物』というのが他ならぬ神様なの。私やクローディットは使徒として神様のお手伝いをしているというわけよ」


 またわけのわからん言葉が出てきたぞ。神様だけでも胡散うさん臭いのに、その上使徒しとと来た。


「使徒? 天使みたいなものか?」

「どうなのかしら? 私もそういうのって詳しくないからよくわからないけど、神様の代わりに地上へ降りて働く代行者なんだから、市役所の窓口に居る派遣職員みたいなものじゃないかしら?」


「おい。いきなり俗っぽさが全開になったぞ。あと例えとしても微妙な気がするのは俺だけか?」

「まあ細かいことは良いじゃない」


 気にするなとばかりにアヤが手をひらひらと振る。

 なんだろう。同郷とわかってから、アヤが妙に気安い態度を見せるようになった気がする。それだけこちらに気を許してくれているということなんだろうか?


「私の目的がダンジョン中核の破壊というのは本当だけど、その理由は神様からそれを頼まれたからなのよね。神様が私を召喚した理由も使徒となって依頼を受けてくれる存在を欲していたからなんだって。中核の存在は自然界のバランスを崩す異物なわけだし、神様としても放置しておけないみたい。もちろん以前、濃い魔力の影響で子供たちが魔力異常を身体に抱えたまま生まれてくるのを防ぎたいと言ったのも嘘じゃないわ。神様からの依頼をこなして、その上子供たちを救えるのなら私としては言うことないもの。神様に対しては恩返しの意味もあるし」


 なるほどねえ。要は転移させてもらった時に神様から受けたクエストをこなしているようなものか。


「クロ子の目的も同じなのか? っていうかもしかしてあいつも転生とか転移してきたクチか?」

「クローディットは私と違って生まれつきの使徒よ。あの子の目的は私と少し違っていて、世界を破滅に導きかねない存在に対する警戒といったところね。今回はたまたま私とクローディットの目的が『偽りの世界』という組織に重なっただけよ」


 クロ子とは以前から顔見知りだったが、もともとは別の目的を持ってそれぞれに行動していたため、今回顔をあわせたのはイレギュラーな出来事だとアヤは言った。


「はー、なるほど。つまりアヤやクロ子の人外の強さは使徒だからこそってことか」


 冗談みたいな強さも、魔力の暴走に影響されない特殊な体質も、フタを開けてみればアヤたちが神様からチートをもらっていたからという面白くもない結論に至るわけだ。


「ちょっと、人外とは失礼な言い方じゃない?」

「いや、だって実際使徒ってことは人間じゃないんだろ? 転移特典でそんなチート能力もらってるんだし、その上さっきサラっと二十年前とか言ってたよな? どう見てもその姿、二十歳前後なんだが……。もしかしなくても不老だったりするか?」

「ふふふ、良いでしょ~」


 人外と表現されて不快感をあらわにしていたアヤがあっという間にご機嫌な表情に変わる。


「永遠の若さってやつか? 女性にとってはのどから手が出るほど羨ましい能力だな。……あ、でもよく考えてみれば俺もそうだけど、日本での年齢とこっちでの年齢を合わせれば中身の方は結構な――」

「レバルトくーん? 女性の歳を詮索するなんて、どんな世界でも絶対に許されない暴挙だと知ってて言ってるんだよねー? ふーん、そういうこと言っちゃうんだー」

「ちょ、待て待て待て! 剣を抜くな! っていうかその剣どっから出てきた!?」


 つい口が滑った俺に向けて、いつの間にかアヤが抜いた剣を向けてきた。

 いやいや、さっきまで帯剣してなかっただろ?

 あれか? 空間魔法みたいなのでどっかから瞬時に取り出したのか?


「そ、それよりローザのことを聞かせてくれるか? 以前クロ子と来たときも詳しく聞けなかったけど、三人とも知り合いなんだろう? ということはローザも神様がらみってことなのか?」

「あら、露骨に話をそらしたわね」


 アヤが怖い笑みを浮かべながらも剣を収める。本気で剣を向けてくるつもりは無かったみたいだが、その目は「次はない」と言外に警告を発していた。


「まあいいわ。月明かりの一族はその名の通り夜の世界に属する――精霊のような存在よ。平たく言うと店長の代わりに店番をする深夜のコンビニ店員みたいなものね」

「またもずいぶんと俗っぽい例えになったな」


 おまけに意味もよくわからん。

 だがアヤは俺のつぶやきを無視してそのまま説明を続ける。


「神様の加護というのは普段太陽の光と共に地上へ降り注ぐの。でもそれだと夜の間、太陽が沈んでいる間は神様の加護が弱まってしまうでしょう? それを補い、世界のバランスをとる役目を負った者が月明かりの一族と呼ばれているわ。あなたがローザと呼んでいるのもそのひとりね。ひとりひとりの力は弱いけれど世界各地に結構な数がいるし、月が太陽の光を受けて輝くように神様の加護を夜の世界に送り込むという重要な役目を果たしているわ」


「神様の分身とか縮小版みたいな感じか?」

「う……、その例えに同意するのはちょっと抵抗があるわね。確かに神様の加護を一部代行していることを否定はできないけど……。お調子者だし、向こう見ずだし、無鉄砲だし、考えも浅はかだし……、神様の分身という表現には正直同意したくないわ」


 アヤはずいぶんと神様に心服しているようで、嫌そうな表情を隠そうともしなかった。


「あー、それは何となくわかる」


 俺としてもあのお調子者が神様の分身とか、自分で言っていても違和感がありすぎて微妙な気分になってしまう。


 そんな俺たちの間へ割り込むようにピロリンとメッセージの着信音が響いた。メッセージの送り主は当然のことながらローザだ。

 俺が首から下げている端末に目をやると、そこには真っ黒な画面に白い文字で《断固抗議します!》と表示されていた。

 続いてローザからの抗議内容がつづられていく。


《主様は月明かりの一族の力を侮りすぎですよ! 私だって代理くらいはこなせるんですからね! これでも何百年と夜の世界を見守ってきた実績があるんです!》


「初めて会った時、ボロボロの鬼瓦と一緒に消滅する寸前だったけどな」


《うっ……! い、いやそれに、つい先日の地下施設調査だって私すごく役に立ったでしょう!?》


「濃厚な魔力があるからと調子にのって暴走しまくってたけどな。俺が疑似中核使って魔力を消さなかったら、相手もろとも地下施設で生き埋めになってた気がするが?」


《そ、それは、その……! で、でも、今の主様よりは私の方がよっぽど強い魔法が使えるんですよ!》


「どうしてそこで俺を引き合いに出すんだよ。つーか、魔力ゼロの俺と比べれば誰だって魔法にけてるのは当たり前だろ。志が低すぎねえか?」


《わ、わ、わ、私だってやれば……できる子なんです!》


「俺の経験上、自分の事を『やればできる子』とか言うやつは残念な子であることが多いけどな」


《う、う……、うわぁぁぁん! わだじだっで、わだじだっでいっじょうげんめいがんばっでるのにぃぃぃ!》


 ローザが器用にも文字で泣き始めた。


 ……ちょっと言い過ぎただろうか? 

 少し罪悪感を覚えていると、それまで俺たちのやり取りを黙って眺めていたアヤがため息をつきながらたしなめるような視線を向けてきた。


「レバルト君、あんまりその子をいじめないでやってくれる」


 いやいや、最初にローザをこき下ろしたのはアヤの方だろうに。今さら俺だけ悪者にするのは卑怯じゃないか?






 秋都しゅうとの件で相談があるとアヤの仲間がやって来たため、俺はひとまずおいとますることにした。

 ひとり街中へもどると、家へ帰る道中でアヤとのやり取りを改めて振り返る。


 結局最後はローザのせいで話の矛先があらぬ方向へと飛んでいったが、『偽りの世界』がこの町で暗躍している可能性もあるためアヤからは警戒を怠らないよう忠告を受けた。

 その点については言われるまでもない。だがそれ以上に気がかりなのは教授のもたらした『秋都での魔力災害』についてだった。最近頻発しているものとは比べものにならない規模の災害であると同時に、その発生地点がフォルスの赴いた場所であるということも気にかかる。その二つがまったくの無関係ではないことを、俺の勘が口やかましいくらいに告げていた。


 ユリアちゃん行方不明事件の際に彼女が見た男の後ろ姿。魔力至上主義者たちの地下施設へ突然都合良く現れた時のこと。そして今回の秋都で起こった魔力災害。偶然として片付けるには不自然なほどフォルスの影がちらつくと思うのは、俺の気のせいだろうか?

 フォルスは一体何をしようとしているのか。いや、もしかすると本人の意志とは関係なくただ何かに巻き込まれているだけなのかもしれない。

 どちらにしても本人と会って一度しっかりと話をしなければならないだろう。友人が面倒事に巻き込まれているのなら、力を貸すのもやぶさかではない。


 だが、もしそうで無かったとしたら……。






 そんな俺の心配や不安など知ったことではないとばかりに時間だけがただ過ぎていく。

 日めくりカレンダーが二十枚分ほど薄くなったにもかかわらず、あれから一向にフォルスは帰って来ない。アヤたちも連絡を取ろうとしているが、音信不通で行く先もわからないという。


 嫌な流れを感じる。


 だがフォルスのことばかりを気にしてもいられない。

 実を言うと世の中は今それどころではなかった。これまでも頻発していた魔力暴走の発生件数が、ここに来てますます増加の一途をたどっていたからだ。





◇◇◇(終)第九章 秘密めいた男には知られざる顔があるらしい ―――― 第十章へ続く

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