第140羽
「へ? グレイウルフ?」
間抜けな声が自分の口から出てきた。
だってそうだろう?
俺の知ってるグレイウルフは『ペットにしたいモンスターランキング』常連のモフモフわんこであって、こんなバカでかい口を開く巨体の生物ではない。
あんた覚えてるかな? 俺がフォルス、ラーラ、エンジと四人でダンジョンに潜った時のこと。
あの時、ダンジョンの第四階層で出てきたモンスターがグレイウルフだ。
甘噛みしてくる見た目にも愛らしい灰色毛玉のわんこなんだが、今目の前にいる生物とは似ても似つかない。
そりゃ確かに四つ足のイヌ科で毛も同じ灰色だが、逆に言えばそれ以外に共通点はないと言って良いだろう。
「愛玩化する前のグレイウルフです。一般的にペットとして知られているのは二百年以上前に変異した後の姿ですから」
平然とした顔で自称アシスタントの銀髪少女が言い放った。
「え? そうなのか?」
「はい。実物がまだ残っているとは私も思いませんでしたが、以前書物で読んだことがあります。挿絵に描かれた姿そのままですね」
「や、やはり……」
ティアの説明に誰よりも早く反応したのはハーレイだった。
ひと目見て『まさか』とつぶやいたことからもわかるように、彼も愛玩化前のグレイウルフを知っていたのだろう。
「うへえ……。なんか……めちゃくちゃ強そうっすね」
「強いという話ですよ。グラスウルフ等の小物とは比べものにならないくらい」
グレイウルフの巨体に圧倒されて怖じ気づくエンジへ、淡々とティアが知識を披露する。
魔力さえ封じられていなければこのチート娘が無双して終わりなのだが、さすがのティアも魔法なしでは荷が重いかもしれない。
「アトラはその娘を! ミトラは銀髪の女をやれ!」
呼び出した二体のグレイウルフへシュレイダーが指示を出した。どうやらクローディットとティアにそれぞれをぶつける気のようだ。
「トーレたちは裏切り者を始末して残りのザコを捕らえろ!」
残っていたシュレイダーの手下がハーレイと俺たちに向かってくる。
これはまずいな。
いくらハーレイが二級戦闘資格保有者とはいえ多勢に無勢だ。魔力の封じられている今、ラーラはまったく戦力にならない。ハーレイとエンジだけが頼りの綱となる。……前者はともかくとして後者は不安すぎる綱だな。
こうなるとわかっていたら、少々面倒な手続きをしてでもユキを連れてくるべきだった。
俺? 魔力があろうがなかろうが役立たないことに変わりはないだろう?
……いや、よく考えてみればそうでもないのか?
魔力が使えないのは敵も一緒だ。むしろ魔力による運動能力の底上げが無い分、この状況は本来の身体能力だけが物を言う。それだけハンデが小さくなるということだが……。
いやいや、そうはいっても相手は戦い慣れしてそうな男たち、一方の俺やエンジはせいぜいお遊びでダンジョンに潜る程度の一般市民だ。戦闘資格を持ったハーレイならともかく……、でも相手がトーレじゃあ、さすがのハーレイでも分が悪いか。
ん?
トーレって強いのか?
あれ? トーレって知ってるやつだったっけ? 初対面のはずだが。
なんでそんな情報が思い浮かぶんだ? わからねえ。
「兄貴! 目の前!」
おっと、危ね!
エンジの警告で我に返った俺は、とっさに武器を構える。目の前には盾を前面に突進してくるシュレイダーの配下が迫っていた。
グレイウルフに対峙しているクローディットとティアを除くと、向かって来ている敵は三人。こっちの人数も俺を入れて三人だ。
ハーレイとエンジはともかく、普段なら対人戦で役に立つことはないであろう俺。
だが向かってくる敵の動きを見て、ふと思った。
あれ? 何とかなりそう?
盾を前にして突っ込んでくる敵の動きは思った以上に鈍い。
俺は余裕をもって身をかわすと、すれ違いざまに拾った剣で背中に斬りつける。
さすがにこの一撃は避けられてしまったが、なんか相手もかなり焦ってるぞ?
続けざまに俺は相手の盾へ向かって力一杯剣を振るう。
鈍い金属音が響くと同時に相手の身体がよろめいた。
もしかして、普通に戦える?
敵の動きが明らかに遅かった。普段ティアやフォルスみたいなチート人の動きを見慣れているせいか、相手の動きがスローモーションに見える。
いや、本来はこれが素のスピードなんだろう。ハンデさえなければもともとは俺だって運動音痴というわけじゃあない。魔力による運動能力の底上げがあるからこそ、魔力ゼロの俺には対処できなくなるのだから。
加えて相手もそこまで戦闘になれているというわけではなさそうだった。ハーレイのような戦闘のプロじゃないように見える。素人の俺が何とか渡り合えているというのが、何よりの証拠だった。
「くそお! ちょこまかと避けやがって!」
相手の男が苛立ちの言葉をぶつけてくる。
怒りで動きがいっそう単純になっているおかげで、こちらから幾度か反撃することさえ出来た。
もしかして、魔力のない状態だったら俺って結構戦える?
いやいや過信は禁物だ。いくら魔力がないからといっても、ティアやフォルスに俺が勝てるとはとても思えない。
事実、この状況でも決め手に欠ける俺はかろうじて均衡を保っていられるという程度だ。相手を制圧して無力化するにはやはり技量が足りないのだろう。
どうせダンジョンへ行った時にくらいしか使わないんだからと、戦闘技術の習得をおろそかにしていたツケがこんなところで回ってくるとは……。
それからさらに十回以上、敵と剣を打ち合わせていくも勝負はなかなかつかない。
互いに息を切らせて距離を取る。肩を荒く上下させ、息を整えた敵が突っ込んで来たその時、突然の『珍入者』により状況の変化がもたらされた。
「今です、ルイ!」
「ンー!」
左右から聞き慣れた声がした。
何が、と思う間もなく俺に向かって突っ込んで来ていた敵が豪快にすっころんだ。
足もとを見ると、高さ二十センチほどのところへ横一直線にヒモが張られていた。その両端をたどれば一方にはラーラが、そしてもう一方には希少種ゴブリンのルイがいてヒモを手に持っている。
いつの間に? というかそのヒモはどこからもってきた?
内心困惑する俺だったが、今が千載一遇のチャンスであることに変わりはない。目の前で転んでいる敵めがけて全力で近寄って足を後ろに振り上げた。
体育会系兄直伝の落ちないドライブシュートを食らいやがれ!
勢いよく叩きつけられた俺の右足が敵の頭を激しく揺らす。勢いよく跳ね上がった敵の頭部がそのまま床にたたきつけられて動かなくなった。
「レビさんレビさん、どうでしたか? 私とルイによる愛の共同作業。効果抜群だったでしょう?」
「ンー!」
ヒモを放り出して近寄ってきた空色ツインテールが無い胸を張り、それを真似してルイも得意げな表情を見せる。
「愛の共同作業? えーと……うん。よくわからんが助かった。とりあえずまた後でな」
突っ込みたいところは少々あるものの、今はそんな余裕もない。ひとまず敵がひとり片付いたことは確かだが、まだ安心できる状態じゃないだろう。
俺はすぐさまそばで戦っているエンジの援護に向かう。
「エンジ、待たせたな! 加勢に来たぞ!」
いっぺん言って見たかったんだよな、こういうセリフ。
え? 黙って不意打ちすれば良かったのにって?
………………ソウデスネ。
「マジっすか兄貴!? ナイス神援護っす!」
「げっ」
驚きと共に喜びを見せるエンジと、困惑と共に苦々しい表情を浮かべる敵が対照的であった。
この敵も見たところ大した力量を持っているわけじゃなさそうだ。普段魔力で運動能力を底上げしているエンジと同じくらいの強さと見た。
当然エンジも魔力を使えない以上、双方共に力を失っているため力量差が変わるわけではない。一方で元々魔力に頼らない俺と彼らの力量差は相対的に縮まっている。
「となれば、二対一の戦いであっさりと決着がつくのは当然だな」
実際、俺とエンジのふたりに挟まれた敵の男はあっさりと制圧された。どこから持ってきたのかわからないヒモでいそいそとその身体を拘束するラーラとエンジを置いて、俺はハーレイの元へ向かう。
本心ではティアたちの援護に行きたいが、いくら魔力によるハンデがなくなったとは言え、さすがにあの巨大な狼相手で俺の力が役立つとは思えない。だったらハーレイが自由に動けるよう、さっさとトーレを無力化した方がいいだろう。
今度は不意打ちで――と思ったが、これは無理だ。
俺やエンジが相手にしていた男たちと違い、トーレの動きは明らかに戦い慣れた印象を受ける。魔力による強化がなくても、元々俺が太刀打ち出来るような相手じゃない。
一方のハーレイもさすが二級戦闘資格保有者だ。一般人でしかない俺の目では、その動きを追うだけでも大変だった。
こりゃ、下手に手を出せねえな。
ハーレイとトーレの戦いは熟練者同士による技の競り合いだ。見ていてほれぼれするような剣撃の応酬を繰り出して、どうにか相手をねじ伏せようと様々な手を用いている。一瞬にして攻防が逆転する戦いは片時も目を離せない。
しかし互角に思われるふたりの技量も、トーレの方がやや上だったらしい。次第にハーレイの押される場面が増えてきた。
まずいな。
「うわっ、これはちょい無理っすね……」
先ほどの相手をヒモで拘束し終えたのだろう。合流してきたエンジがハーレイたちの戦いを見るなり顔を歪ませた。
放っておいたらハーレイは押される一方だ。かといって俺やエンジの技量ではあの戦いに手を出すのは厳しい。それくらいレベルの違う戦いが繰り広げられていた。
フォルスやティアなら魔力が無くても問題無く戦えるんだろうが、フォルスはこの場にいないしティアはグレイウルフを相手にするので手一杯だろう。
どうしたもんかね。
ハーレイよりもトーレの方が技量に優れているのは確かだろうが、圧倒的というほどの差ではない。何かしらの要因さえあればハーレイにも勝ち目が十分あるだろう。
何かないだろうか。トーレの弱点とか……。
弱点……、弱点……。
そういえば、あいつは若い頃に負った傷が原因で左腕が肩から上がらない。
積み重ねてきた経験と生来の器用さでそれを相手に悟られないよう上手くごまかしているが、左上からの攻撃には思うように対応できないはずだ。そこを狙えばハーレイも有利に戦えるんじゃないだろうか?
「ハーレイ! トーレは左腕が上がらない! そこを狙え!」
叫んだ俺にふたりは異なった表情を見せる。
ハーレイのそれは困惑。なぜいきなりそんな事を俺が言い出したのか理解できないと共に、俺の言葉が本当なのか判断つかないといった顔だ。
反対にトーレの表情は驚愕。どうして初対面の俺がそれを知っているのかという純粋な驚きだ。
「ど、どうしてお前がそれを知ってる!?」
五歩ほど下がって俺の顔を一瞥したトーレがたまらず問いかけてきた。
なんで知ってるかって? そんなの知らねえよ。
わかんねえけどわかるんだからしょうがねえだろ。
聞かれたところで答えようのない問いかけだ。俺はいつものようにお手軽な答えを叩きつけるように返す。
「勘だ!」
「今日も兄貴の
となりで追従するモジャモジャ頭のノッポは何の疑問も抱かないらしい。幸せなヤツである。
納得できないといった表情のトーレだったが、それ以上追求する暇は与えられなかった。
トーレの反応に、俺の言葉があながち間違いではないと思ったのだろう。ハーレイがたたみかけるように打ち込みはじめた。
「くそっ!」
吐き捨てるようなトーレの言葉がその心境をよく表していた。
打ち合いの中でときおり狙ってくる程度ならばこれまでもごまかせていたのだろう。だが執拗なまでに左上からの攻撃へ重点をおきはじめたハーレイの剣へ、トーレの対応が遅れはじめる。
俺とエンジがいつ手を出してくるかわからないという状況も集中力を欠く原因になったはずだ。
次第にトーレは追い込まれ、ハーレイの剣撃をまともに食らって倒れ伏すまでそれほど長い時間はかからなかった。
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