第134羽
クローディットと名乗る妙な少女からようやく解放された俺は、合流したティアたちと一緒に学都のスイーツ巡りを続けた。
学問の都とはいえ、さすがにこれだけ大きな町だと、甘味を提供しているお店もかなりの数があるもんだな。
そんな感想をつぶやく俺に呆れた口調で講釈を
「当たり前です。学問の都ということは、学生の数も他に比べて桁違いに多いのです。学生――つまり女の子が増えれば、それだけスイーツの需要が増えるのもわかりきったことでしょう」
なるほど。言われてみれば確かにそうかもしれない。もしかしてこの町でやたらとナンパが多いのも、学生が多いからなのだろうか?
まあだからといって、考えが理解しがたいのは変わらないが……。
それからは特に問題もなく、俺たちは一日中ラーラのスイーツ巡りに付き合い、やがて夕暮れを背にしながらシュレイダー宅へと戻った。
「ほうほう、そうか。学都のスイーツショップ巡りか。なるほど、それは面白い着眼点かもしれんな」
晩餐の席でホスト役を務めるシュレイダーが笑う。
今日はどこかの会合から帰ってきたところらしく、服はカジュアルな物に着替えていたが、キッチリとセットされた髪型はそのままだった。
「さすがは学都。クレープの生地も生クリームの舌触りもすばらしい品質でした」
昨日とは打って変わって上機嫌で会話に参加するラーラ。自分が興味のある話題なら積極的に話へ参加してくる。現金なやつめ。
「それは良かった。明日も甘味のお店をはしごするのかね?」
「当然です! まだまだ行ってないお店がたくさんありますからね! モフモフ巡りは明後日からです!」
明日もスイーツ巡りするのかよ……。
「だったら明日行く予定のお店を後で使用人に伝えておいてくれるかね?」
「それはまた、どうしてですか?」
俺の疑問に対する答えは、ごく平凡なものだった。
「食事の時に出すデザートとかぶらないよう、料理人に伝えておいた方がいいだろう?」
確かにスイーツ巡りで食べた物を、夕食のデザートでもう一度食べるのは避けたいな。
それにしても明日はまたスイーツ巡り、そして明後日はモフモフショップ巡り……。俺に古本屋巡りをする時間は果たして残されるのだろうか?
昨日とは違いやたら饒舌な空色ツインテールのおかげで、晩餐の席は終始
やがてスイーツ巡りの話が一段落した頃、シュレイダーという名のマッチョなおっさんは別の話を切り出す。
「ところで、ラーラ君もエンジ君も『アヤ』という人物にダンジョン内で直接会っているんだろう?」
昨日に引き続き、またもアヤの話題らしい。
どうもこのチョビ髭は、俺が書いた本へ出てくるアヤにご執心のようだ。
あれかね? 俺がアヤの容姿を事細かに描写して賛美しちゃったもんだから、ミステリアスな雰囲気も加わって熱狂的なファンにでもなったのかね?
純日本的な黒髪美人であるアヤの容姿は、ティアとまた違った美しさがある。元日本人の俺から見るとティアよりもずっと親しみのある顔立ちのため、それだけ描写に熱がこもったのは否定できない。
「君らから見て、彼女はどんな人物だったかね?」
「アヤさんですか?」
問われたラーラが天井を見上げる。
「なんと言うか……。私の実力では測りきれないすごい人、でしょうか?」
ダンジョンの中でも非常識なほどの実力を見せつけたアヤである。見たことも聞いたこともない攻撃魔法を目にして、ラーラが唖然とした表情を見せていたことを俺も思い出した。
「エンジ君はどうかね?」
「あの人は神っすね! 背中にも目がついてるんじゃないかってくらい
こいつはなんでも『神』をつければ良いと思っているんじゃないだろうか?
まあ、実際アヤの強さは神がかっていると表現しても過言ではない。アヤに限って言うなら、エンジの言葉も大げさとは言えないだろう。
「私たちでは戦いにすらなりませんでしたから。まともに戦えていたのはティアさんくらいじゃないですか?」
フィールズの準決勝を思い出して、ラーラがティアへ話をふる。
あんた、憶えてるか?
夏に妹の頼みでフィールズの大会へ出場したとき、準決勝で戦った相手がアヤたちだったろう?
そうそう。名ばかりの補欠登録だったはずが、妹のせいで俺たち全員出場するハメになってしまったあの大会だ。
ラーラは一瞬にして後ろへ回り込まれバッサリ、忍び寄ったエンジは動きを先読みされて自分から剣に突っ込む始末。アヤが相手では仕方ないとは言え、まともに戦えていたのはティアひとりだった。
「ほう、お嬢さんも戦ったことがあるのかね?」
空色ツインテ娘の言葉を聞き、シュレイダーがティアに向かって問いかける。
「はい。フィールズの試合で一度だけ」
「ではアヤという人物について、お嬢さんの意見はどうかな?」
本の著者である俺、そして登場人物であるラーラとエンジ、ルイたちは招待された客であるが、ティアはあくまでも俺の付き添いだ。招待されていたわけじゃない。
そういう事情もあって、基本的にティアは積極的に会話へ参加していない。もちろん話を振られればいつものように外向きの絶品スマイルで対応している。さすが良いところのお嬢様。社交的な対応は完璧だ。
「私もそれなりに戦える自信があるのですが、あの方相手だと
真性のチート娘に『人外』と言わせるのだ。いかにアヤが常識から逸脱した力を持っているか分かるというものだろう。ティアに勝てる気がしないと言わせるアヤの強さは、一度彼女の戦う姿を見れば誰もが納得するはずだ。
それでも『今は』と限定しているあたり、いずれは追いつけると見越しているのだろうな。やっぱりこの娘も恐ろしい。
「一応念のため言っておきますが、決して危険な人物ではありませんよ。性格も穏やかですし、何よりダンジョンで絶体絶命だった俺たちを救ってくれたのは、他でもないアヤですから」
このままだとアヤがとんでもない化け物のように聞こえるので、軽くフォローしておく。
「そうですね。むやみやたらと力をふるうような人ではないと思います。ただ、少々悪ふざけが過ぎるところはあるみたいですけど……」
ティアもそれに同意してくれた。なんか最後ボソリと不満を口にしているが。
「レバルト君は戦ってないのかね?」
「え? 俺ですか?」
どんな無茶ぶりだよ。こっちは単に記憶を持っているだけの転生日本人、あっちは正統派転生チート人だ。きっと勝負にもならないだろう。
「直接戦ってはいないですね。チームとしては敵味方になったこともありますが、それも遠目に見ているだけだったので」
俺が真正面から戦って勝てるのは、魔力発現前の子供だけですがな。アヤみたいなチートと戦ったら
「ふむ、聞けば聞くほど興味が湧くな。是非とも一度会ってみたいものだ」
その後もアヤの経歴や出身地などシュレイダーの興味は尽きず、夕食の間中質問攻めにあった。
とはいえ俺たちもアヤとは数ヶ月前に知り合ったばかりだ。それほど長い付き合いじゃないから、あまりシュレイダーの期待に応えられないのが正直なところである。
まあ、出身地はたぶん異世界の日本なんだろうけどな。
翌日、俺たちはまたも四人そろってスイーツ巡りである。
何が悲しくて、わざわざ学都までやって来たのにパイやアイスばっかり食べ歩いてるんだろうな、俺たちは。
「さあ、レビさん! 今日は残り半分のスイーツを全て制覇しなくてはなりまんよ! 明日からは『満足度百五十パーセント! 魅惑のモフモフ三昧プラン』が今か今かと出番を待っているのです!」
「ンー!」
…………。
今日も元気いっぱい、俺たち全員を振り回す気満々の空色ツインテールである。
まあ良いけどな。
ラーラの作ったプランのルートは、なんだかんだと言って学都の至るところをカバーしている。結果的に観光名所をそれなりに見て回ることができているのだから、悪くないと言えば悪くない。
何気にティアやエンジも楽しんでいるようだし、ルイに至っては言うまでもなかった。
そんな感じで学都二日目も、俺たちはラーラの決めたルートに従って
昨日と違いお店に忘れ物をするようなこともなく、順調にスイーツショップを全コンプリートしそうな昼下がりの街中。
トラブルはシスター服をまとって歩道のど真ん中に倒れ伏していた。
「なんすか、あれ?」
最初に気が付いたのはエンジだ。
馬車用の通路脇に並行して続く歩道を歩いていると、進行方向に小柄な人間がひとりうつぶせで倒れていた。
道行く人々は奇妙な視線を向けながらも、誰ひとりとして声をかけようとしない。
そりゃそうだろう。どう考えても厄介事の気配しかしないもんな。
「行き倒れ……でしょうか?」
「こんな街中で、ですか?」
推測を口にしたティアへ、ラーラが疑問で返す。
「先生、どうします?」
「どうするったってなあ……」
放っておくのも後味が悪いけど、どうにもあの服装が引っかかる。
あれ、昨日俺に絡んできた会話のできない電波シスターじゃないのか?
なんか、いやーな予感がする。
判断しかねているうちに、とうとう俺たちとシスターの間に横たわる距離がゼロになった。その時――。
「おい、なぜズボンの裾をつかむ?」
町の住人たちと同じようにそしらぬ顔で通り過ぎようとした俺のズボンへ、シスターの手が伸びた。修道服から飛び出した小さな手が、予想以上の力強さでズボンの裾をガッチリとホールドする。
見かけによらず握力あるんだな、こいつ。
軽く足を動かしてふりほどこうとするが、ズボンをつかんだシスターの手はピクリとも動かない。
どうしたものかと困っていると、シスターが顔をこちらに向けてきた。新緑色の瞳が真っ直ぐに俺の目に向けられる。
やっぱり昨日会ったシスターだ。確かクローディットとかいう名前だったか? できればあまり関わり合いになりたくない相手である。
「あ、あの……」
「……なんだ?」
昨日とは打って変わって弱々しい声のクローディット。あまり相手にしたくはないところだが、さすがに弱った人間を振り払って立ち去るのは
しかし続いてシスターの口から出てきた言葉に、俺は自分の耳を疑った。
「か、甘味を……。甘味をください」
「……甘味? 食べ物じゃなくてか?」
普通は腹が減って行き倒れとか、そういう話じゃねえの?
「甘味だったらなんでも良いので……、私に甘味をプリーズ。できれば有名スイーツショップのおいしい看板メニューだとなお嬉しいです」
何で甘味限定なんだ?
「腹が減って動けねえとか、そういうわけじゃないのか?」
「甘味が足りなくて動けないんです。ご親切なお方、私に是非極上の甘味を……」
やべえ、ふりほどいた上で蹴りを入れたくなった。
やっぱりこいつ、関わり合いになるべきじゃないな。
「空腹ってんならともかく、スイーツが食いたいってだけのやつにかける慈悲はねえ。さっさと離せ、こら」
「逃がしません、逃がしませんとも! 甘味を口に入れるまではスッポンの如く食いついて離しませんからね!」
「ちょ、離せよおい!」
力一杯足を左右に動かしてふりほどこうとするのだが、クローディットの腕はビクともしない。この小さな体からどうやったらこんな力が出てくるのだろう。
「仕方ありませんね。どうやら甘味を強くご
見かねたラーラが手持ちのお菓子袋から取りだしたお菓子をひとつつまんで、クローディットの口へと近づける。すぐさまパクリとクローディットがそれに食いつく。それはまるで、水面に浮かぶエサへ反射的に食いつく金魚を思わせた。
モグモグと口に入れたお菓子を
だがラーラよ。その選択肢は正直どうかと思うぞ?
ドライフルーツは甘みを凝縮した甘味の一種だ。その考えで言えば、確かにそれもお菓子だろう。しかしスイーツを求める相手に食べさせる物としては、チョイスミスではなかろうか。
よく確かめもせずに、すぐさま食いついたクローディットにも問題はあるが……。
「あまーい……」
最初こそ表面の甘みに頬を緩ませていたクローディットだったが、すぐさま表情を一変させて叫びはじめる。
「あ、甘……酸っぱっ! なにこれ酸っぱああああ!」
ラーラが提供したお菓子。それは表面が甘いパウダーと蜜でコーティングされた、ティーン島産のはちみつ干し梅だった。
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