第133羽

 気を取り直した俺たちは、周囲から向けられる好奇の視線を避けるように一件目のスイーツショップへと駆け込んだ。

 ラーラとルイはスイーツさえ食べていれば大人しく、先ほどまで様子のおかしかったティアも今では落ち着いている。


「兄貴ー。またふられたっすー」


「お前も大人しくスイーツ食っとけや」


 性懲しょうこりもなく男連れのティアやラーラに声をかけてくる学都のナンパ男たちに触発されたのか、エンジは店内で女の子に声をかけては、すげない態度でそでにされていた。

 男連れの娘に声をかけてくるこの町のヤツらも大概ひどいが、自身が女連れなのによそ様の娘へ声をかけることに抵抗がないこのモジャ男も良い勝負であろう。


 そんなこんなで朝から学都のスイーツショップ巡りをすること数時間。昼食もとらずケーキやパフェなんかばっかり食ってるもんだから、いい加減胸焼けを感じ始めた頃のこと。


「おや?」


「どうしたラーラ?」


 次なる店へと向かう道中、突然立ち止まったラーラがポケットを探り始める。


「いえいえ、ちょっと……。はて……? おやおや?」


「だからなんだよ?」


「ふむ、どうやら先ほどのお店にハンカチを忘れてしまったようです」


 どうやら忘れ物をしてきたらしい。


「レビさんレビさん。私ちょっと戻って取ってきますので、少し待っていてください」


「まあ待てラーラ」


 すぐさまきびすを返そうとしていたラーラの腕を取って留める。


「忘れ物なら俺が取ってきてやるから、お前はティアたちと一緒に次の店へ行っておけ」


「おや、よろしいので?」


 よろしいも何も、お前をひとりで歩かせたら面倒事という名のナンパ師どもをホイホイ寄せ付けるだけの結果になりそうだからな。

 だったら頼りないとは言え一応男のエンジや、ある意味頼りがい抜群のティアと一緒にいてもらった方がよほど安心できる。


 ラーラとしてもさっさと次のお店へ行きたかったのだろう。さほど抵抗もなく俺の提案を受け容れ、さっさとティアたちを引き連れ次の店へと歩いて行った。


 俺はひとり、先ほどまで居たスイーツショップへ戻ると店員へ忘れ物がなかったか訊ねる。どうやら他の客が忘れ物を見つけてお店へあずけていてくれたらしい。さしたる苦労もなくラーラのハンカチを回収することができた。


「さっさとティアたちに追いつかなきゃな」


 次に行くお店も、その次に向かうお店も事前にラーラから聞いているため、俺はやや小走りで急ぎ後を追った。

 別にスイーツの食いっぱぐれをしたくないからではなく、あの連中を放っておくとろくなことにならないという気がしたからだ。


「えーと、次の通りを右に曲がったところだったっけ?」


 先ほどラーラに見せてもらった地図を思い出しながら、道順を頭に描く。

 朝から何度も見ていたため、ある程度は頭に入っているのだが、さすがに地元というわけでもないのだ。少し不安になった俺は新しい通りに出る度、いったん立ち止まって記憶を掘り起こしながら進んでいった。


 少し余分な時間をかけながらも、あともう少しでティアたちが向かったスイーツショップにたどりつくだろうと思われる――そんな時のことである。


「もし」


 唐突に若い女の声で呼び止められる。


 声のした方を振り向くと、ひとりの女性――というか女の子が立っていた。

 周囲を見渡してみる。どうやらこの道はあまり人通りが多い場所というわけでもないらしく、俺とその女の子以外は人影も見当たらない。俺を呼び止めたのは間違いなさそうだ。


「俺?」


「そうです。あなたです」


 自分の顔に人さし指を向けて確認する俺へ、その女の子はコクリと頷く。


「俺に何か用が?」


 その人物はゆったりとした紺色の衣と縁が大きく広がった頭巾で素肌を完全に隠していた。いわゆるシスター用の修道服というやつである。両手もすっぽりと白い手袋に包まれており、唯一あらわになった顔からは新緑色の瞳が俺に向けられていた。

 頭巾で隠れて髪色はわからないが、眉の色から推測するにおそらく薄い緑色をしているのだろう。身長はラーラより頭半分高いくらいだが、それでもかなり小柄の部類に入る方だった。


 えーと、多分会ったことはないよな……。


 もともと学都にはティアの遠縁であるダンディ様くらいしか知り合いなんて居ないし、声をかけられる理由がない。


 あ、いや。ちょっとまて。

 学都と書いてナンパの都と読むこの町のことだ。

 まさか異性へ積極的に声をかけるのは、男だけじゃなくて女の方もか?


 こ、これは噂に聞く逆ナンというヤツでは!


 だがシスター姿の少女が口にした言葉は、そんな俺の期待を一瞬にしてかき消してくれる。


「あナたはァー、神をォー、信じマすかァー?」


 ただの宗教勧誘かよ!

 しかもなんだよその『ちょっとまだ日本語不慣れなんでアクセントがおかしい外国人宣教師』みたいなしゃべり方はー!?

 っていうかさっき声かけてくるときは発音普通だっただろ!?


 心の中でツッコミに忙しい俺は、呆然と立ち尽くす。

 反応がないことにれたのか、シスターが再び口を開いた。


「信じマすかァー?」


「……」


 しかしよく考えてみると、こうやって道端で声をかけてくる宣教師とか、転生してこのかた初めて会ったな。


 え? あんた一度も会ったことがないの?

 まあ、俺だって実際に会ったことはないけどな。

 知り合いや友人が声をかけられたことがあるってくらいでさ。


 親世代だと、昔声をかけられたことがあるって人も結構多いみたいなんだけどな。

 やっぱあれかね。最近は宣教師の方も「あー。この国、脈ねーわ」って諦めモードに入っちゃったのかね?


 それも仕方ないかもな。

 宗教的な対立で排除されるわけでもなく、論争が起こるでもない。

 クリスマスもハロウィンも日本人の手にかかればただの商業イベントになって「楽しいねー」で片付けられちまうんだからさ。

 信心深い人にしてみれば「罰当たりな!」って思うかもしれないけど、おそらく大部分の人は「ホワイ?」って感じではてなマーク満載にしながらあっけにとられてるんじゃないか?


 おっと、話がそれちまったな。


 まじめな話すれば、日本と違いこの手の布教活動って意味がないんだよ。

 なんせこの世界じゃあ普通に神様が信じられているし、熱心かそうでないかの違いがあれどたいていの人はなにかしらの宗教を信じているからな。


 むしろ日本みたいに「神様? 何それ? よく知らないけど正月は毎年神社行ってるよ?」などという罰当たりなんだか信仰心あるんだかよくわかんない国と違って、無神論者はほとんど居ない。

 当然の帰結として「あなたは神様を信じますか?」などという愚問は話題に上ることもないのだ。ほとんど百パーセントの人が信じてるから。


 そういう意味じゃあ、このシスター。奇妙この上ない。


「あナたはァー、話をォー、聞いてマすかァー?」


 俺が胡散臭げな目を向けていると、口調はそのままにセリフを変えてシスターが問いかけてくる。


 なんだこいつは?


 頭巾から覗く顔立ちは整っているが、中身の方はちょっと危ない少女なんじゃないか?

 これは……、うん。関わり合いになら無い方が良いパターンだ。絶対にそうだ。


「ああー、すみません。うち実家が神社なんで。それじゃ」


 鉄板のお断りワードを口にして立ち去ろうとする俺へ、危ないシスターがなおも話しかける。


「あら、お久しぶりです」


「は?」


 意外なセリフに俺の足が止まる。


「えーと……。どっかで会ったことあるっけ?」


「そうなんですね。それは良かったです」


 答えにもなっていない反応に、俺の頭が混乱する。


「その……。何が良かったのかわかんねえけど、俺とお前は初対面だよな?」


「不思議なこともあるものですね」


「いや、別に不思議でもなんでもねえだろ? っていうか、お前俺の話聞いてるか?」


「ええ、元気ですよ」


「お前の体調なんて聞いてねえよ!」


 どうにも話がかみ合わねえな。


「お前の顔に見覚えないんだけどな……。誰かと間違えてねえか? 俺、学都に来たのはまだ二回目だし」


「それは面白い巡り合わせです」


「いや、巡り合わせとかそういう問題か?」


「そうですね。数日は学都にいるつもりですが」


「お前の予定とかどうでも良いから!」


「でしたら近いうちに三人で会いましょう」


「なんでそうなるんだよ!? 三人ってあとひとり誰だよ!?」


 だめだコイツ。会話がなりたたねえ。

 もしかしてとんだ電波女に引っかかったか?

 さっさと無視して立ち去った方が良いかもしれん。


 そう思い始めた俺に向かって、電波シスターが姿勢を正して口を開いた。


「あ、どうも初めまして。四代目苗床なえどこのクローディットと申します」


「今さら!?」


 やっぱ初めましてだったのかよ!

 今頃自己紹介とか、これまでの会話は一体なんだったんだよ!?

 というか自己紹介で自分の事を『苗床』とか呼ぶヤツ初めてだよ!

 しかも『四代目』って、またわけわかんねえ!


 なあ、キャッチボールしようぜ! 言葉のキャッチボール!

 こっちが投げたボールを軽快にスルーして新しいボール投げてくるんじゃねえよ!


 苗床シスターの自己紹介に俺の脳内は過負荷状態。

 ツッコミのオンパレード。投げ売り大バザール状態である。


「ですがレバルトたん。残念なことに、わたし仕事中ですので。あまり時間がないんです」


「知らねえよ! 俺関係ねえよ! 第一呼び止めたのお前だろうが! っていうか人の名前に『たん』付けんじゃねえよ!」


「とはいえ折角の巡り合わせです。ちょろっと簡単にお祈りだけさせてください。なーに、時間はかかりませんよ」


「誰も頼んでねえ! おまけに『ちょろっと簡単』にって、扱いが雑すぎんだろ!? 神様怒るぞ!?」


「ではまず『ピザ』と十回言ってください」


「人の話聞いてねえし!」


「さあ、『ピザ』と十回!」


「なんでだよ!?」


「さあさあ!」


 どこまでもマイペースに要求を押し通そうとする、会話のできないシスター。


「さーあ、どうぞ!」


「……」


 なんかもう相手するのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

 さっさと終わらせて立ち去ろう。


「ちっ、わかったよ。言えば良いんだろうが、言えば」


 というかピザとお祈りと何が関係あるんだよ。


「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ。はい、言ったぞ」


「ではここは?」


 投げやりにピザ十回を言い切った俺に向け、シスターが袖をまくってあらわにしたヒジを指さして訊く。


「………………」


「さあ、ここは?」


 いや、ちょっと……。

 ピザ十回って言われた時点でまさかとは思ったけど……。


 お前は! どこかの! 小学生かあああああああ!


 確かに俺も小学生の頃よくやってたけどさ!

 異世界転生してまで、こんなコッテコテの言葉遊びやらされるとは思わなかったよ!


「ここは?」


 瞬時に脳内が氷点下へ落ちそうな俺のどっちらけっぷりをよそに、あくまでも回答を求めてくるシスター。

 俺は片手で両目を覆い、現実逃避するかのように空を仰いだ。


 多分俺が答えない間、ずっとエンドレスに訊いてくるんだろうな。この女。

 なんか……、すっげえめんどくせえ。絶対彼女にしたくないタイプだ。


「ここですよ、ほらここ」


 とりあえずこの女から一刻も早く離れたくなった俺は、さっさと会話を切り上げるためにオーソドックスな答えを選択する。


「はいはい、ヒジだろ。本当はヒザって言わせたいんだろうけどさ」


 こっちの世界じゃ誰も知らないのかもしれないけど、日本での記憶がある俺にとっては難しくもなんともない。

 そんな俺をあざ笑うかのように、ぶっぶーという擬音がシスターの口からつむがれる。


「残念! ここは『皮膚ひふ』です!」


「そっちかよ!」


 くっそー! 最初から正解させるつもりねえな、こいつ!


「レバルトたん不正解のため獲得ポイントゼロです!」


「なんだよ獲得ポイントって!?」


「ですが今回に限り、初回特典サービスで特別に三ポイントプラスです!」


「初回特典サービスとか意味わかんねえよ!」


「それでは先を急ぎますので、これで」


 急ぐんだったら、声かけて絡んでくんな!


 俺のツッコミをことごとくスルーして、修道服の女はそそくさと姿を消した。


 いや、ホントあいつなんなの?

 突然現れて、意味不明なこと言って、わけのわからん引っかけクイズだして、おまけに人の名前へ勝手に『たん』付けして――あれ?


 俺、あいつに名乗ったっけ? 何であの女、俺の名前知ってたんだ?

 憶えてないだけで、以前会ったことがあるのか?


 ……わからん。


 それにクローディットって名前、どっかで耳にした気がするんだが……、どこだっけ?

 あと『苗床なえどこ』って……、どっかで聞いたフレーズなんだが。


 うーん、すっきりしねえな。

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